第三十八話
◇◇◇宮地日葵
朝早く宿坊の裏方に回ると、妙齢の女性お二人がこちらにやってくるところでした。これから朝餉の準備のために自宅からこちらに来たところでしょう。お仕事前にお時間を取らせるのは申し訳ないのですが、少しだけお付き合いしていただくべくお声がけします。
「おはようございます。お姉さま方、ちょっとお話してもよろしいですか?」
「おんやぁ、ちっこい娘さんが何の用だい? それにしてもお姉さまだなんて」
「本当だよぅ。かか様と
ちっこいとは失礼な!これでも一人前の女性です! 母上に連れられてきたのではなく、お殿様からのお役目なんですからね! と強く抗議したいところですが、こんな所でお役目の内容を打ち明ける訳にはいきません。
ここは愛想笑い一択です。
「お忙しいところすみません。実は、この辺りは初めてなもので、近くにお住まいの方がどんな生活をされているのか、お聞きして回っているのです」
「どんな生活ってたってねえ……」
困ったように、もう一人の女性に目を向ける。その女性も困り顔だ。やはり漠然とした質問では、何と答えていいか悩ませてしまったようです。もう少し具体的に質問してみる事にしましょう。
「何でも良いのです! 何か変わった習慣とか言い伝えとかありませんか?」
「変わったと言われても、あたいらは、いつも通りの生活をしてるだけだで、よその事は知らんからさ」
「そうさね。言い伝えってんならこの辺りは腐るほどあるよ。平家の落ち武者やら公方様のご落胤やら。ここらに集まってくる無宿人なんて大抵そんなこと言ってるよ。まともに聞いてりゃキリないね。男なんて見栄っ張りばかりさ。女にはバレてるなんて知りもしないで馬鹿だね」
「…………」
何かよくわからない話が始まってしまいましたね。止める機を逸しました。
「そういうのが可愛いんじゃねえか」
「そんなん若いうちだけだで。おっさんになったら面倒くさくてかなわん」
「ほんなら捨てて若え子を探しゃあいいだで」
「ほうなったらお前さんもおばさんだがね。若え子の方が逃げ出すさね」
「違いねえ!」
止めどなく続く話は、掛け合い漫才の様相を呈し、終いには二人してガハガハ笑い出す始末。言葉もだんだん汚くなるし、楽しそうにしているのは二人だけ。何より私は空気だし。
このまま終わるのを待つのは苦痛です。このお二人がご存じないようなら他の方を探さなければならないことを考えると、ここで時間を食っている場合ではありません。
「では、不思議な暮らしをしている集落とかはご存じないですか? あまり他の集落とかかわらないようにしている所とか」
「不思議ねぇ。あれっ? あそこはどうだい?」
「あー、あそこかい。確かにあそこは変わっているさね」
「なんであそこは、あんな暮らししてんだろか」
「あそこはもう集落とも呼べねえが。あの偏屈爺さん、もう集落のみんなが出て行っちまったのに、まだ一人で暮らしているみてえだで」
あそこってどこですか! 全然わかんないんですけど! そろそろ私の愛想笑いも消えてしまいそうです。
「その集落について教えてください! どこにあって、何て言う名前ですか?」
「こっからだと、北に二里ほど行った谷間だで」
「名前は天狗村さね」
「天狗村?! 珍しい名前の村ですね。何か天狗に由来があるのですか?」
「確か、その村を切り開いたのが天狗で、その集落に住むのは天狗の末裔だって話なんだってさ」
天狗村と聞いて私は思わず風魔忍者の事を思い浮かべてしまいました。後北条を支えた乱破衆 風魔は、非常に有名です。何が有名かというと頭首の風魔小太郎さんの外見にあります。身の
以前、聞いた政信さんの話では、有力な忍者の頭首の見た目がこれほど有名になるとは考え難く、畏怖させる目的で噂を広げたのではとの事でした。
そういうのを含めてわざわざ天狗なんて物騒な名前を付けるのは、何か期待してしまってもおかしくないと思うんです。
「ほぇ~。天狗様の末裔ですか。面白そうですね。場所を詳しく教えてください」
「今は偏屈爺しかおらんで。天狗の末裔なんて話も眉唾だで」
「旅の思い出話には良いがね。村への道は、この道を下って…………」
お姉さん方にお礼を言って離れました。お二方は、信じていませんが私は何となく期待しています。いつもこういう直感が私を救ってくれるのです。
政信さんに報告できそうな事が見つかって良かったです。さあ、夕刻まで時間はたっぷりありますから、天狗村へ行ってみますか! 決して興味本位ではありませんよ。政信さんをご案内するのに道に不慣れではご迷惑をおかけしてしまうので……
「時間切れです~」
大体の道順は聞いたのですが、天狗村周辺らしき辺りに来ると、途端に道が途切れてしまい、村までたどり着けませんでした。これ以上探し回っていると夕刻までに戻れなくなってしまいそうです。
政信さんとの報告会に遅れでもしたら、理由を問い質され、単独行動がバレてしまう事でしょう。そうなれば、またお小言の危機が再来です。昨日の夕餉だって、刻限ギリギリになってしまい食べ損ねるところでしたから。政信さん恨んでますよ。
昨日の可愛らしい誤魔化し程度でアレでしたから、今回は確実にご飯抜きになりそうです。なんせ今回の忍者探しの旅は、政信さん単独で行きたがったのを、頼方様が単独行動の危険性を説いて私を同行することにしたのです。という訳で私が単独行動で一人で天狗村に行ったと知れた日には政信さんの雷が落ちるでしょう。
それにしても政信さん、こんな面白そうな旅を独り占めしようとするとは。許せません。危うく私が参加できないところでした。
閑話休題。飯抜きというこの世の悲劇を回避するためには、余裕をもって女人堂まで戻る必要があります。もうちょっとで見つけられそうだったのですが残念ですが諦めましょう。成長期の女の子には、ご飯は大事です。
「……なんじゃ、あの小娘は。外周部とはいえ、村の結界の中に入り込みよって。偶然か……それとも……。どちらにせよ暇つぶしにはなったな。なんとも面白そうな女子じゃったわい」
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