第三十四話

◇◇◇ 宮地日葵


 いや~。あの三毛猫ちゃん、良いモフモフでした。なかなかやりますな。追いかけた甲斐がありました。

 しかし思わず追いかけてしまったので、お団子を置いてきてしまいました。誰かに食べられてないと良いのですが。急いで店に戻りましょう。


 おっと! 私が座っていた席に隣に男性が腰を掛けています。もしや団子泥棒さんでしょうか。

 ちょっと身構えてしまいました。


 よくよく見れば、さくらちゃんの思い人、松平頼方様じゃないですか。松平様は紀州藩主のお血筋で、葛野藩という藩の藩主でもあらせられます。とても高貴な方なのですが、気さくで優しいです。きっと、さくらちゃんも、そういうところに惹かれているんじゃないかなって思います。


 歳も近いので、なんか従兄弟のお兄ちゃんって感じがして私も好きです。恋愛って意味じゃないんですけど。そういうの私にはまだ早いです。


 松平様ならお団子を盗むようなことはありませんね。むしろ追加のお団子をご馳走してくれるかもしれません。しかし、さすがに大皿のお団子を食べた後では……うん、いけますね。父上、母上、私は成長期のようです。

 それにしても松平様とは良くお団子屋で会いますね~。もしや、このお団子屋の魅力に憑りつかれてしまったのではないでしょうか。


「おやおや? 頼方様じゃないですか。どうしたんです?こんなところに。もしかして、このお団子のファンになっちゃいましたか? いや~、わかる人にはわかっちゃうんですかね~! このお団子の味に。美味しいお団子って罪ですよね」


「珍しいじゃないか。団子を残して席を立つだなんて」


 よく分かっていらっしゃいます。お殿様なのにお団子の作法にも詳しいとは。

 しかし猫ちゃんの誘惑に負けてしまいました。モフモフは正義です。それに三毛猫ちゃんだったものですから。

 もし雄だったら幸せになれると言われています。つい猫を追っかけてしまったなんて子供みたいでした。ちょっと恥ずかしいので、それは内緒にしておきましょう。

 ここは勢いで押し切るしかないですね。


「実は……お団子の奉納が終盤に差し掛かってきたので精神統一をしていたのです。そしたら目の前を三毛猫の可愛い子が通ったんですよ! これはご挨拶するしかないと思って追っかけてきたのです。それより知ってますか? 三毛猫の雄を見つけると幸せになれるそうですよ! 雄は滅多にいないらしいのです。三毛猫だけ雄が珍しいなんて不思議ですね~」


「それは確かに不思議だな。雄が少なければ三毛猫は絶滅してしまうんじゃないか」


 頼方様は考えが顔に出やすいです。驚いたり呆れたりしていたのはお顔を見てればわかりました。でも、そういうのを受け止めて、優しく相手をしてくれるところは素敵だと思います。

 お優しいのは良いんですけど、お顔に考えが出過ぎるのは藩主様としてはどうなのでしょう。真面目で堅物な兄上のように何を考えているのかわからないよりは良いのですが。


 それにしてもご本人はそういう癖をご存じないのかしら?

 いけない。いつも余計なことばかり考えてしまうのは悪い癖です。

 質問に答えず考え込んでしまいました。よりかた様は、他の大人のように、顔色を見て勝手に解釈せず、ちゃんと話をするのを待ってくれます。だから、こっちもちゃんと答えなければなりません。

 男の方ならニコニコしているだけで勝手に良い方に解釈してくれて楽なんですけどね。

 え〜と、雄が少ないと絶滅しちゃうでしたか。頼方様って不思議な感性してます。これもご本人は気がついていらっしゃらないのではないでしょうか。


 昔から三毛猫の雄が少ないから見つけると幸せになると言われているのです。つまり昔から三毛猫の雄は少なかったという事。それでも今も三毛猫が存在しているのですから、絶滅なんて有り得ないでしょう。


「それはないですよ。現に今も三毛猫は沢山いるじゃないですか」


 まさに図星! って感じのお顔ですね。分かりやすくて面白いです。普通なら女子に指摘されれば、怒り出す男性が多い中、よりかた様は素直に聞き入れてくださいます。こういう素直な心根な方であればこそ、心の綺麗なさくらちゃんとお似合いです。


 頼方様は、恥ずかしそうに、話を切り出されました。


「そうそう。今日は話があってな。日葵殿を探していたんだ」


 え〜!! その切り出し方は告白ってやつですか! さくらちゃんがいるのに……。

 でもお殿様なら側室が何人いてもおかしくないと聞きました。働かずに、さくらちゃんとお団子を食べる日々も悪くないですね。もちろんお団子だけ食べていられるわけじゃないのは分かってますよ。


 でも! でも! 好きかどうかはよくわかんないや。今までそういうの考えた事も無かったし。分かんないのを考えるの難しいな。……考えるのや〜めた。


「そういうのちょっと心の準備が! それに私はそういうの、まだよくわかんないので……」


「おそらくだが、想像している話ではないぞ。仕事の話だ。ここだけの話だが、葛野藩でお抱えの忍びを雇いたいんだ。それで忍び探しの旅に出てもらいたい」


 ボッと顔の熱が上がるのを感じました。どうやらお妾さん話は勘違いだったようです。良くやっちゃうんですよねぇ。こういう勘違い。

 あー恥ずかしい。顔赤くなってないかな。

 それよりお仕事ならそう言ってくれれば良かったのに。ちょっと夢見ちゃったじゃないですか。


「そうですよね! 頼方様には、さくらちゃんがいますもんね。びっくりしたな~、もう! 紛らわしい事言わないでくださいよ!!」


「それは、すまなかった。俺の事、さくら殿は何か言ってたか?」


 おっといけない。狼狽してしまい余計なことを口走ってしまったようです。さくらちゃんはそういう風に言われるの嫌でしょう。ここは惚けるのが最善の道です。

 それにしても忍者探しとは。夢が広がります! ひまり流印地術の開祖に留まらず、忍術まで極めた美しいくノ一。悪くないです。この間、命を助けたご褒美でしょうか。


「? 何かって何ですか? それにしても忍者探しとはウキウキしますね! 是非やらせてください! もし忍者さんが見つかれば、私も修業をつけてもらって……近いうちに、きっと日葵流印地打ちは更なる発展をする事でしょう! 印地打ちの枠を超えて日葵流忍術となれば、私も忍者ですか……悪くないですね」


「忍び探しは、先ほども言ったが内密な任務だ。さくら殿の兄上である政信と共に行ってもらいたい。詳しくは道行きで政信に聞いてくれ。今は、ざっと触りを話す」


 こうなれば、じっとしていられません。一刻も早くまさのぶさんにお会いして出発しないと。


「了解しました! お任せください!


「今回、紀州の山奥に忍びの技術を持った人物がいないか調査することが第一目標だ。可能であれば、技術を指導できるような熟練の忍びを招聘したい。さくら殿の推測では楠木正成所縁の者が隠れ住んでいるのではと見ている。実際、縁者でなくても信用出来て技術があればそれで良い」


 そういうの大丈夫ですから!どうせ忘れちゃうし。それより何より早く忍者探し行きたいです。あまり話も耳に入ってきません。適当に相槌打っておきましょう。


「さくらちゃん太平記好きですからね! わっかりました~」


「それと、旅の費えは、こちらで負担する。もちろん日当も支給する。忍びが見つからなくても、それに変わりはない」


 何ですと! 至れり尽せりじゃないですか。私のために忍者を探して、探索費用も日当もだなんて。いつも少ないけど花の売上金を家に入れています。旅の間はそれもできないけど、日当が出るなら問題ないです。


「助かります。お家へ入れるお金の心配がなくなって心置きなく行けます」

「では、頼む。後は政信と打ち合わせてくれ。食事中に済まなかったな。ゆっくり団子を楽しんでくれ」

「もっちろんです!」

 ウキウキとお団子の作法は別物ですから。

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