第三十五話

◇◇◇宮地日葵


 頼方様とお会いして忍者探しのお話を承った時、どれほど嬉しかったでしょう。だってあの忍者ですよ! 戦国時代には伊賀や甲賀、各大名に雇われた独自の忍び。鉢屋衆とか黒脛巾組とか風魔とかとか。有名どころを挙げればキリがありません。


 もし忍者が見つけられれば、私も修業に明け暮れ、日葵流忍術を起こしてもいいかもしれません。夢が広がります。


 こうしてはいれませんよ。夕飯時まではまだ時間があります。暇人の政信さんなら在宅されているでしょう。ここは、すぐ山波屋敷に行くべきですね。兵は拙速を貴ぶです。



「ごめんください。宮地日葵です」

「はぁーい。あら、ひまりちゃんいらっしゃい! こんな時間にどうしたの?」

「さくらちゃん、ご無礼は承知なれど、極秘の任務でござるゆえご容赦願いたい。政信さんに会いたいでござる」


「なあに? そのござるって。ひまりちゃん、また何かハマってるの?」

「ぬふふ。内緒でござる。忍者は密命を明かさないのでござる。では失礼」


 普段ならもうちょっと、さくらちゃんと立ち話をするのですが、今日ばかりはそんなことしていられません。一刻も早く政信さんと打ち合わせをして出立しなくては。


 玄関で挨拶した後、私は一度外に出て屋敷の裏手に回ります。政信さんの引きこもり小屋は母屋から行けないのです。いつもは気にしませんが、この距離、億劫ですね。

 つい、あんな小屋に引きこもらないで母屋にいてくれれば楽だったのにと思ってしまいました。



 良くわからない『ござる言葉』で話す幼馴染の日葵を見て、またいつもの事かと呆れた様子で、さくらは気合の入った友人の背中に言葉を投げかけた。

「今日のひまりちゃんは、いつも以上に変ね」


 見えてきました。政信さんの引きこもり小屋。速足で歩くと着物の裾が絡んでもどかしいです。さすがに山へ行く時のように端折るわけにはいきませんから。

 政信さんといえど、殿方ですからね。はしたない真似はできません。

 しかし、くノ一とはそういう事も技として利用すると言います。私には色恋沙汰というのが全く分かりませんからどうしましょうか。うん、日葵流忍術ではそういう事、禁止としましょう。


 さあ、着きましたよ!

「頼もう! 政信さん忍者探しの旅の打ち合わせをしましょう!」

「そんな大きな声を出さずとも聞こえていますよ。お入りなさい」


 小屋を除くと政信さんが、のんびりと座っています。そんな事ではいつまで経っても旅に出られないというのに。政信さん、しっかり者なんですが、浮世離れしているところがありますからね。こうなっては、私が引っ張っていってあげないといけません。なんせ私は一角の流派の総帥なのですから。


「失礼します。それでいつ行きますか?」

「打ち合わせる気あります? 旅支度がありますから、どんなに早くても明後日以降ですね」


 そんなのんびりせず、私は明日でもいいんですよ? まあ、門下生を伸ばすには叱るだけではいけないと聞きます。受け入れて本人の気づきを待つのも師範としての役目。いいでしょう。明後日に出立しましょう。

 日取りさえ決まれば、ここでやることは無いですね。待ち合わせ場所だけ決めて帰る事とします。


 今日の夕餉なんだろうなぁ。揚げ出し豆腐とか出ないかなぁ。


「わかりました! では明後日の早朝こちらに参ります」

「私は明後日以降といったんですけどね。まあいいでしょう。殿も早く結果を知りたいでしょうし。しかし藩内とはいえ、しっかり旅支度をして……って、もういないですね。しかし彼女は嵐のような子です。やはり私とは合わないですね。……それよりも戸を閉めていってくれると助かるのですが」



 松平頼方様から任務を拝命してから三日目。ついに忍者探しの旅の出立の日です。楽しみ過ぎて昨晩は全然寝れませんでした。でもへこたれてなんていれません。頑張ります。


 手早く朝の身支度をして、朝食を掻っ込むと、前日に用意していた風呂敷を背負って準備完成です。いざ出陣でござる!


 政信さんは、お屋敷の門前で待ってくださってました。なんだかんだ皮肉屋でも真面目なところがあるんですよね。そういうところが生真面目な兄上と気が合うんじゃないかなって思います。


「おはようございます」

「日葵殿、おはようございます。しっかり旅支度できていますね。私もずいぶん早めに朝の準備を終えましたが、日葵殿も早いですね」

「あったりまえじゃないですか! 私、拙速ですから!」

「確かに貴方は拙速(拙いけど速い)ですね……まあ良いでしょう。打ち合わせが出来なかったので、歩きながら話しましょう。まずは高野山へ向かいます」

「了解です!」


 政信さんと和歌山城を背に紀ノ川を上流に向かって進みます。高野山自体は山深いのですが、距離的にはそう遠くありません。政信さん曰く十三里ほどとのこと。

 政信さんも庭番の家の人間として山まで竹を取りに行くような方ですから、私と同じくらいの速さで移動できます。人目を気にしなければ、二刻はかからないでしょう。

 今回は調査ですし、走らず歩きながら情報収集をしながら進むことになりました。それでも明るいうちに高野山に辿り着けるでしょう。


「高野山の方では有名なお団子ってありますか?」

「さすがに私でも団子については詳しくないですよ。あちらは生臭物を食べませんから、お麩料理が有名ですね。その中で、お麩饅頭というのがあったはずです」

「おー! お饅頭ですか。それも悪くないですね。お団子は峠の茶店で食べるとして、今日も最終目的地は、お麩饅頭にしましょう!」

「いやいや、最終目的は忍者探しですよ」


 むう。こういうのは流れを大切にしないと! 私が忍者探しを忘れるわけないじゃないですか。こういうところ素直に乗ってくれてもいいと思うんです。さくらちゃんなら優しく微笑んで頷いてくれるのに。たまに困った顔させちゃうけど。


「それも忘れてませんよ。ところで何で頼方様は忍者探しを依頼されたのですか?」

「そうですね。そこのところを話していませんでしたね。事の発端は、頼方様の藩運営をどのようにして円滑に進めるかというところから始まりました。頼方様は……」


 マズいです。政信さんの薀蓄話が始まってしまいました。こうなると長いんですよね。普段は端的に話してくれるのですが、自分の好きな事とかになると、途端に話がくどくなり、面倒くさくなるのです。こういうところが無ければ、さくらちゃんの良いお兄さんって風に思えるんですけど。

 こうなってしまった以上、いつものように適当に相槌を打って最後だけ聞いておくとしましょう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る