第三十三話

◇◇◇宮地みやじ 日葵ひまり


 ふと、気配の揺らぎを感じて意識が覚醒する。まだ部屋の戸の隙間から光が差していない。いつもの事である。隣で眠っていた母が起きたみたい。うちの家系は皆、朝が早い。生真面目な兄上や父上もすでに起きている事だろうな。私も起きなきゃ。

 そろそろ夏の匂いがしだす時期でも早朝はまだ肌寒い。戸を開けると、夜特有のひんやりした空気が入ってきた。

 と言ってみたところで、着物は洗い替えの他は一枚くらいしか持っていないから着る物で調整なんてできないのだけれど。


 綺麗な着物が欲しいなぁと思わないでもないんだけど、どうしても着る物より食べる物にお金を使っちゃうんだよなぁ。前にもう一着買ってほしいと言ってみたけど、山に入って花を摘むから、すぐ破いちゃうから駄目だって。


 それに当主である兄上が優先しないとって言われて駄目だった。そりゃあ、お城に継ぎ当ての着物で行くわけにはいかないのはわかるんだけどね。やっぱり欲しいじゃない。女の子だし。でもなぁ、今日も団子の誘惑に勝てない気がするんだよなぁ。


 まだ薄暗い空を見ながら、ボーとしていると近所の家々からも生活の音がし始める。

 いけない。水汲みをして朝餉のお手伝いをしなきゃ。私はゆっくりしているつもりはないのに、いっつも早くしろって言われるの。



「それでは行って参ります」


 いつものように母上に声をかけ、山へと向かう。人が動き出す時間には城下の目抜通りで花を売るので、山へ向かうのは朝餉を済ませて、すぐだ。


 通いなれた道を小走りで抜ける。半刻ほどの道のり。もっと早く行けるのだけど、城下で脛丸出しで走るわけにはいかない。足首すら殿方に見せるのは、はしたないとされている。これでも武家の子女だし、お家の迷惑になるわけにもいかないし。


 でも人の少ない農地は気にしない。思いっきり駆け抜ける。ときおり農家の人とすれ違うけど、仕方ない。少しでも売る時間を多く取るには、早く行って帰る必要があるのだから。何かを得るには何かを失うのだ。



「ふふふ、今日の売上も上々でした。これは自分へのご褒美を上げても良いんじゃないでしょうか!」


 今日は、出だしから好調で昼前には完売してしまったのです。なかなか懐具合が暖まった日ですね。日ごろの行いが良いおかげでしょうかね。これは、団子の宴をしなさいという仏様の思し召しでしょうか。そうですね。いつもの団子屋さんで大皿いっちゃいましょう。


 私の年齢では家のご飯だけでは足らないのです。朝と夜しか食べられませんし、朝餉なんて山に着いた頃には消化しちゃいます。決して私が大食いなわけじゃないんです。たしかに、さくらちゃん達近所のお友達に比べれば食べる方ですけど、彼女たちは運動してないですから!


 と誰に言うでもなく自己弁護をしながら団子屋へと足を向ける。



「おっちゃん! おっちゃん! いつものくださいな!」

「おや、日葵ちゃんじゃねえの。いつものやつだな。今日も商売上手くいったみてえじゃねえか」


 そう。私は『いつもの』で通じるのです。ふらっと店に立ち寄り、いつものって頼む大人なのです。



 彼女には、団子を楽しむためのマイルールがあり、頼んだ本数も食べる順番も全て決まっている。そしてよっぽど花が売れない限り、毎日の如くこの団子屋に通っている。

 その結果、『いつもの』で伝わる大皿の団子が出てくるという仕組みだ。


 よっぽど花が売れなかった時は、一本だけ餡団子を買って帰るのだ。家で空腹に耐えきれなくなったら串から一つずつ頬張り、夕餉まで持たせる。そんな過ごし方をしたくないから熱心に花を売るし、山へ摘みにいくのも時間短縮のため駆け通すのだ。



「そうなんです~。ここのお団子のために頑張りました!」

「嬉しい事言ってくれるねぇ。一本オマケしといてやらあ。焼きとみたらしどっちだ?」

「ええ~、本当ですか? ありがとうございます! 今日は、みたらしで!」


 ふふふ。これも計算通りなのです。おっちゃんは、褒めると照れ隠しでオマケしてくれるのです。だから頼むお団子は、いつも偶数。オマケの一本が来ることによって奇数になります。

 奇数になる事は大事なのです。その日の気分で甘い団子で始まり甘い団子で終えるか、しょっぱい団子で始めてしょっぱい団子で終わるか。これが自分の気持ち次第で差配できるのです。


 偶数でも順番変えればできるだろって? いけません。そうなると甘い・しょっぱいの流れが変わり、どこかで甘い・甘いのように交互にならないんですよ。

 一本たりとも完璧なる団子の作法に背くわけにはいかないのです。ここのお団子は、甘いとしょっぱいを交互に食べることで、美味しさを最大限に引き出せる。日葵の見つけ出した真理なのです。



「おまちどうさん」

「おぉ~。良い景色です」


 大皿に盛られたお団子たち。素晴らしい景色です。そしておっちゃんの盛り付け技術。頼んだ団子の味が混在しても、各々タレが触れたり味が混ざったりしないのです。素晴らしいです。お団子愛を感じます。


 さあ、いただきましょう。挨拶で声を出すのは無粋です。心の中で誠心誠意感謝します。雑念を取り払い、お団子に集中しましょう。

 いつものように両手を合わせて祈ります。今日の素晴らしき出会いに。


「…………」


 いつの間にやら、お団子が少なくなってしまいました。確かにお腹が膨れているので、私が食べたのでしょう。途中の記憶が曖昧なのが残念なところですね。仕方ありません。集中して食べるというのはこういう事なんです。


 さあ、最後の二本。無心で食べても順序を間違うなんて素人染みたことはしません。ちゃんと、しょっぱい焼き団子とオマケのみたらし団子が残っている。精神統一をして最後の一口まで美味しくいただきましょう。


 気合を入れ、手を合わせるとスッと視界を横切るものがありました。なんと三毛猫ちゃんじゃありませんか。どこに行くのでしょう。気になります。ちょっとご挨拶しにいかねばなりません。


 私は、スクっと立ち上がり駆け出したのでした。

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