第三十二話
既に夏模様の様相を呈した日差しが照り付けている。
武家屋敷街から歩き通してくると少し汗ばんだ。日葵殿を探して目抜通りも一通り歩き倒したので、結構な距離になった。
これから向かうのは、一本裏通りに入った団子屋。裏通りとは言え和歌山城下一の目抜通りの裏手である。相応の賑わいだ。
その通りには、そこだけ時間の止まったような茶店がポツンと埋もれるように存在している。今、目指して向かっている場所である。
その茶店は、初めて日葵殿に知り合った時に行った店でもあり、さくら殿と初めて会った店でもある。思い返してみれば、いつも転機となる店なんだな。
そうやって考えてみると、ここで日葵殿に会えれば、忍者探しの旅も成功するんじゃないかって思えてくる。日葵殿がいてくれますように。
いないか……残念だ。遠目に見える茶店の席には座っている客は誰一人いなかった。武家屋敷からここまで、目抜通りも往復したのに出会えなかったな。
さすがに喉が渇いた。茶でも飲んで帰ろうか。
おや。痕跡を見つけだぞ。
席に大皿が置いてある。紀州広しとはいえ、団子屋で大皿を頼むのは、そういない。しかも朗報だ。皿には団子が数本残っている。もし彼女であれば、食い残すことなどありえない。ここで張っていれば、そのうち戻ってくるだろう。
「おやじ、茶をくれ」
茶でも飲みながら獲物がかかるのを待つとするか。
「おやおや? 頼方様じゃないですか。どうしたんです?こんなところに。もしかして、このお団子のファンになっちゃいましたか? いや~、わかる人にはわかっちゃうんですかね~! このお団子の味に。美味しいお団子って罪ですよね」
このお店の団子が罪を犯してしまわれているらしい。相変わらず自由な子だな。こっちの話を聞かず、どんどん話が進んでいってしまう。このままでは埒があかない。
「珍しいじゃないか。団子を残して席を立つだなんて」
「実は……お団子の奉納が終盤に差し掛かってきたので精神統一をしていたのです。そしたら目の前を三毛猫の可愛い子が通ったんですよ! これはご挨拶するしかないと思って追っかけてきたのです。それより知ってますか? 三毛猫の雄を見つけると幸せになれるそうですよ! 雄は滅多にいないらしいのです。三毛猫だけ雄が珍しいなんて不思議ですね~」
奉納って……。日葵殿のお腹へ納めるって事だよな。それ、敬愛するお団子より
自分の方が偉くなってないか? いやいや彼女の不思議な言動を真面目に考えてはいかん。
彼女は彼女で納得していれば良いではないか。あれでも彼女は真面目に言っているのだから。
……でも精神統一しているのに猫に気を取られるのもどうなんだろうか。精神を統一できてないんじゃ……やめよう。沼に嵌る。
「それは確かに不思議だな。雄が少なければ三毛猫は絶滅してしまうんじゃないか」
日葵殿は何を言っているんだ?という顔をしながら断言する。
「それはないですよ。現に今も三毛猫は沢山いるじゃないですか」
ぐうの音もでないほどの正論が返ってきた。不思議な世界観を持つのに現実的な視点も持っているというのか。
なんだ、その笑みは。辞めてくれ。阿呆を見るような顔をしないでくれ。
その微笑みは何を考えているのだ。勝ち誇っているのか、ただの被害妄想なのか。俺が一つ不思議な事を言っただけでこの対応。普段不思議な世界を振りまいているのは君だろう。何か釈然としない。
いかん、どうにも調子が狂う。このままでは埒があかないぞ。
「そうそう。今日は話があってな。日葵殿を探していたんだ」
そう切り出すと、彼女は急にびっくりしたというような顔をして、彼女らしい切り返しをしてきた。
「そういうのちょっと心の準備が! それに私はそういうの、まだよくわかんないので……」
きっと勘違いをしている。間違いない。
「おそらくだが、想像している話ではないぞ。仕事の話だ。ここだけの話だが、葛野藩でお抱えの忍びを雇いたいんだ。それで忍び探しの旅に出てもらいたい」
「そうですよね! 頼方様には、さくらちゃんがいますもんね。びっくりしたな~、もう! 紛らわしい事言わないでくださいよ!!」
「それは、すまなかった」
今の俺が悪いのか?つい勢いに負けて謝ってしまう。一応これでも藩主なんだけど。扱い雑じゃないか。俺自身、そういうの嫌いじゃないんだが。なんか幼馴染と話しているみたいだ。これも彼女の人徳なのだろうか。
それにしても、彼女から見ても俺とさくら殿は良い関係に見えるのだろうか。
「俺の事、さくら殿は何か言ってたか?」
「? 何かって何ですか? それにしても忍者探しとはウキウキしますね! 是非やらせてください! もし忍者さんが見つかれば、私も修業をつけてもらって……近いうちに、きっと日葵流印地打ちは更なる発展をする事でしょう! 印地打ちの枠を超えて日葵流忍術となれば、私も忍者ですか……悪くないですね」
俺はさくら殿の話をもっと聞きたかったのだが、些事のように流されてしまった。いいさ、彼女はそういう子なんだ。今日改めて実感したよ。
そして、つい先日起こした印地打ちの流派 日葵流印地打ちは忍術も取り込み更なる発展が見込めるそうだ。……やる気があって何よりです。
日葵殿の意識が先の方へ行ってしまったので、現実に引き戻し、任務の条件などを話すことにする。でないと終わらない。
「忍び探しは、先ほども言ったが内密な任務だ。さくら殿の兄上である政信と共に行ってもらいたい。詳しくは道行きで政信に聞いてくれ。今は、ざっと触りを話す」
「了解しました! お任せください!」
まだ詳しい話をしてないのだが快諾してくれた。良いのだろうか。いや、良くない。しっかり言い聞かせねば。
「今回、紀州の山奥に忍びの技術を持った人物がいないか調査することが第一目標だ。可能であれば、技術を指導できるような熟練の忍びを招聘したい。さくら殿の推測では楠木正成所縁の者が隠れ住んでいるのではと見ている。実際、縁者でなくても信用出来て技術があればそれで良い」
「さくらちゃん太平記好きですからね! わっかりました~」
さっきから話を早く切り上げようとするな。ちゃんと、わかってくれたのだろうか。最悪、今理解してなくても政信がしっかり伝えてくれるからいいのだろうけど、さすがに女子に旅をさせる以上、しっかり話をしておかなければなるまい。
気が急く原因は食べ残していた団子だろう。確かに乾燥してしまうとうまくないからな。残りの話は簡潔にして早めに終わらせてあげよう。今の状態では、話をしたところで耳を素通りしてしまいそうだ。
「それと、旅の費えは、こちらで負担する。もちろん日当も支給する。忍びが見つからなくても、それに変わりはない」
「助かります。お家へ入れるお金の心配がなくなって心置きなく行けます」
そこの心配してたか?と思わぬでもなかった。忍者探しの旅に思いを馳せていただけにも思えたのだが。まあいいさ。予想通り快諾してくれた。後は託すのみだ。
……俺も一緒に行けないだろうか。
「では、頼む。後は政信と打ち合わせてくれ。食事中に済まなかったな。ゆっくり団子を楽しんでくれ」
「もっちろんです!」
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