第三十一話

 いつもの達観した様子から打って変わって、ウジウジとして文句を言っている。政信がこんな風になるのは珍しいな。まるで純情な少年が告白できずに関係ない話を繰り返しているかのよう。

 もちろん政信に恋愛感情がないのは、見なくてもわかる。あくまで態度の話だ。


「やはり彼女と二人旅というのは……もちろん幼き頃より見知っていますから関係が悪い訳ではないのです。なんといいますか、彼女と私は相性が良くないと思うのです。きっと彼女に振り回されるに違いありません。それなら城から小者でも借りられませんか?」


 普段の思考のキレはどうした? 城の人間を使うなどできぬ事なぞ少し考えればわかるだろうに。


「諦めよ、政信。こんな話を城の者に話せるわけがなかろう。それはお前が一番分かっているだろ。旅路の二人連れは安全のために必須だ。しかし、ここにきて友人が少ない事が悪く出たな。適任なのが彼女なのだから仕方ないじゃないか」


 とは言ったものの、例え友人が多くとも昼間から動ける武士なんて、そうそういない。ましてや何日も家を空けてしまう旅ができる人物なんて稀有だろう。


「ひまりちゃん、お花売りもあるし大丈夫でしょうか?」


 未だ諦めきれない表情をしている政信を置いて、さくら殿も既定路線のように話をつなげる。いつものように兄には当たりが厳しいな。


 しかし表情は不安げだ。自分で出した空想ともいえる案が通り具体的に進むのが不安なのかもしれない。しっかり擁護しておかねば。


「旅の費えはこちらが出す。日当もな。食う物、寝る場所に不自由なければ、冒険のような忍び探しの旅、彼女なら二つ返事さ」

「頼方様はひまりちゃんの事よくご存知のようですね」


 何となく不機嫌そうに呟く。まずい。政信に対して俺とさくら殿で二対一の優位に話を進めていたのに三つ巴の様相を呈してきた。返す言葉を探していると、さくら殿は言葉を重ねてきた。


「私だって手習がなければ、頼方様のお手伝いをしたいです」

「手習だって立派な仕事じゃないか。それをその歳で師範として働いているさくら殿も立派だぞ」

「そう言ってもらえるのは悪い気はしないですけど……」


 良し、だいぶ形勢を立て直せたな。ここは一気に寄り切って味方に引き戻そう。


「さくら殿でなければならない頼み事も出てくるだろう。頼りにしているよ。今回は適材適所というだけだ」

「……わかりました! うだうだ言っている兄はお任せください。それとひまりちゃんにはよろしく言っておいてくださいね。面倒な兄のお世話のお任せしますと」

「わかった。ではここは任せるとしよう。政信、出立の日取りは二人で決めよ。悩んでも無駄だぞ。これは命令だ」


 ガックリと項垂れるまさのぶを残して席を立つ。

 案外、ああいうこの子の方が運が良かったりするもんさ。思わぬ収穫が得られるかもしれないんだ。そんな肩を落とすなよ。



 日葵殿の自宅、宮地屋敷は先程までいた山波屋敷からは近いが、この時間は居ないはず。まだ日が上りきる前だ。きっと目抜通りで花を売っている事だろう。もしくは団子屋だ。


 一応、屋敷に立ち寄って言付けだけ頼んでおくか。

 あの子はいつも予想外の動きをする。普段は単純で分かりやすいのだが、油断すると想いもよらない動きをする。

 心当たりにいなければ、またここに戻ってくる事になる。二度足踏むよりは良いだろう。


 武家屋敷街から商人街に向かう。目抜通りは城から真っ直ぐ伸びた和歌山城下一の繁華街だ。ここで揃わない物は無いというくらい賑わっている。そして彼女の仕事場でもあるのだ。

 彼女こと宮地日葵は、生活費の足しに山まで花を摘みに行き、目抜通りで道売りをしている。その売り上げの一部が自分の小遣いとなるらしい。


 彼女の家も紀州藩士だから俸給を得ているのだが、それだけでは暮らせないほど貧しいので家族それぞれが副業を行っているという訳だ。

 聞けば家族でその俸給で厳しいだろうという程度しかもらえていない。それでも彼女は屈託のない明るさで日々楽しんで暮らしているようだ。


 ちなみに彼女が花を取りに行く山は大人の足で一刻ほど。それを駆け足で走り抜け、半刻ほどで到着できるらしい。とんでもない健脚だ。

 なぜそのような健脚になったかというと庭番の男たちとともに山に分け入り、野山を駆け回っていたから。

 そう聞くと野生児のようだが、ほんわかした見た目とは程遠い。大らかなのだが、興味を持つと一直線。周りが見えなくなるほど熱中する。まるで猫のような彼女には驚かされてばかりだ。


 それだけでなく、大人に混ざり山々に分け入っていると庭番の家々が有する特殊な技能まで修得してしまったそうだ。幼い彼女であるにもかかわらず。間違いなく天才だろう。宮地家が得意とするのは、印地・手裏剣などの投擲術。彼女はそれを習得した。女子という事と歳の事もあり、手裏剣は使わせてもらえず、石を使用している。それなのにただの石で鹿を仕留めるらしい。体つきと投げる石の威力が見合わない気もするのだが謎だ。


 先日のとある事件では、彼女の印地打ちで俺の命を救ってくれた。石を投げて敵を仕留めたのだ。

 それは良かったのだが、得意げな彼女は調子に乗って自分の流派を起こしてしまった。日葵流印地術だそうだ。

 年若い女子が石を投げて敵を倒す。冗談にしか思えない。


 と、不思議な少女の事を考えて歩いていたが、目抜通りの端まで来てしまった。今日はここにはいないようだ。

 色んな意味で規格外の彼女の行動を読むのは難しい。以前会った時より少し時間が遅かったので、団子屋へ行ってしまったのかもしれない。


 俺が知っている行動範囲は、団子屋くらいしか知らない。これで見つけられなければお手上げだな。宮地屋敷には言伝を頼んでおいたから、駄目なら明日仕切り直せばよいか。

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