第十二話

「さくらは私の妹です。私に似て賢い子なんですよ」


 さらっと自分の自慢も入ったが、今までの煽るような雰囲気は霧散して良いお兄さんという顔になった。


「先日、日葵殿に連れられて、一緒に団子を食ったよ。あの歳で既に手習いの師匠なんだってな。優秀だな」


「ええ、ええ、そうなんですよ! あの子は本当に賢くて美しくて優しくて賢いんです。私は次男坊で時間だけはありましたからね。なんやかんやと面倒をみて、色々教えてきたのです」


 先ほどまで理路整然とした話しぶりから阿保みたいは話し方になっていないか。賢いを二回言っているぞ。あれだな、妹好きなタイプか。そしたらここから攻めるのが吉だな。


「確かにその通りだ。今の藩士の職務に対する問題を聞いたら、問題点の指摘どころか具体的な改善案まで話してくれたよ。とても良い着眼点だった。さくら殿が男であれば是非側近になってほしいと、つくづく思っていたところだ」


「さくらは、あげませんからね!」


 いやいや。男だったらと言ったからな。それに嫁にもらうのような流れになっているがそんなことは一言も言ってない。こいつは妹が絡むと面倒臭いな。

 しかし、さくら殿の養育は政信殿が行ったのか。となれば師である政信殿も優秀なのだろう。


「政信。いい加減にしろ。松平様が困っているじゃないか。松平様は、さくら殿が男でないのが惜しいほど優秀だと褒めてくださっているのだぞ」

「! そうか。さくらの優秀さを見抜くとは、ご慧眼をお持ちで! さくらに比べれば私など月とスッポン。いや、それでは足らんな。太陽と蟻のごときものにて……」

「何を言っているのだ。確かにさくら殿は優秀だが、お主は庭番の家に収まり切れない才覚と知識を有しているではないか。だから松平様にご推挙しようと、この場を準備したのだぞ」


 山波殿のさくら殿への評価が異常なくらい高い。宮地殿が言うほどの才格の持ち主がなぜこれほど妹関連に阿保になれるのか謎だ。

 妹が絡まなければ優秀なのだろう。政策関連の話は落ち着いてからが良さそうだな。水野も良かれと思って話を変えたことを申し訳なさそうにしている。あいつは悪くないのに。確かに話は弾んだが、どこかへ飛んで行ってしまった。

 一旦、話を本題に引き戻して落ち着かせよう。


「そろそろいい時間だし、蕎麦と酒を頼まんか。そして本題の話を先に済ませてしまおう」

「そうですね。某が頼んでまいります。先日と同じでよろしいですか?」


 皆が同意したのを確認した宮地殿はさっと立ち上がり店主へ注文しにいった。この腰の軽さと気づかいが彼を表しているように感じる。山波殿は我関せずと座っているのに。


「宮地殿とは仲が良いのか?」

「そうですね。小さいころからなので長い付き合いです。私は、このような性格なものですから、友と呼べるものは少ないのですが、あやつとは馬が合うようです」


「彼はどのような人物かな?」

「あやつは賢くはないですし器用でもありません。しかし人が良く生真面目でやるべきことを必ずやり遂げます。手習いの宿題が解けなくても私に聞いたりせず随分時間をかけてやっていました」


 前半は、ぼろくそに言っていたが、認めているようだな。山波殿は頭が良いから利用されたりするのが嫌なんだろう。最初の方の会話でそんな感じが出ていた。

 宮地殿は彼を便利に使うのではなく、純粋な友として接してくれるから彼も友として付き合っていられるのだと思った。


 そうこうするうちに宮地殿が注文を終えたようで戻ってきた。

 本題に入ると途中で蕎麦が来てしまうので取り留めの無い話をして待つ。

 昔話が多いのだが、やはりというか何というか山波殿がやらかした話が多かった。最初はとっつきにくい印象だったが、宮地殿のお蔭でだいぶ砕けた関係になれた気がする。


「さあ、蕎麦が来たな。まずは食おう」


 俺の掛け声で皆が箸を取る。めいめいに蕎麦と酒を楽しんで腹がくちくなると本題を切り出した。


「宮地殿には話したがな、俺には信頼できる部下がいないんだ。葛野藩士は国家老派の子弟で占められていて俺の命令は聞かないし、九割方も藩士は顔すら知らん。向こうもこっちの顔も知らんだろう。それだけならまだしも奴らは、紀州藩士だと思ってやがるらしい。俸給は葛野藩から支払うってのに」


「それはまた恩知らずな奴らですね」

「そうなんだよ。それが当たり前と思ってるから救いようがない。だから、信用できて自由に身動きの取れる部下を探しているんだ」


「そういう事でしたか。確かにそういう奴らがのさばるのは癪に触りますが私はそれほど体を動かす事に才はありませんよ。中々鉄砲を用いる御用も少ないでしょうし」

「当初はそういう人材をと考えていたが、政策などを一緒に考えてくれる参謀も必要なんだ。もし良ければそういう方面で手助けしてくれないか?」


「そういう内容でしたら、ご協力しますよ。されど狙撃の暗殺などもあればお任せを」


 ねえよ! こいつ沈着冷静な雰囲気を醸しておいて物騒だな。


「流石に狙撃するような事はないだろう。しかし知恵袋が味方についたのはありがたい。これからよろしく頼む」

「かしこまりました。これからは殿とお呼びしましょうか?」


 うーん、呼び名か。水野は俺付きの家臣のような位置付けだから殿と呼ぶが、政信殿は、あくまで紀州藩士の家の人間。父上を差し置いて殿と呼ばせては外聞がまずい。


「流石に殿はまずいだろうな。俺らの間柄は大ぴらには葛野藩主と紀州藩士だ。呼び方は任せる。面倒なら名前でいいさ」

「では松平様と。それとこれからの話し合いの場所ですが拙宅でもよろしいか?」


「それは構わんが、良いのか? 部屋住みの肩身の狭さは分かるぞ。屋敷に人を呼ぶなど難しかろう」

「大丈夫です。私の部屋は離れですから。それに宮地家ほど裕福ではありませんので、毎度外食はキツイのです。会合の度にさくらに小遣いをもらうのもちょっと」


 いやいや、妹に小遣いもらっているのはどうなんだ。さくら殿なら手習いの師匠だからいくらか自由に使えるお金があるとはいえ、それこそちょっとどうなんだ。


 しかし日葵殿の団子ネタのように人には触れてはいけない部分があるだろう。庭番の特殊性には慣れてきたぞ。政信には妹ネタは厳禁だ。小遣いのくだりはスルーが正解だな。


「わかった。今後は屋敷に伺うとしよう。これからよろしく頼む」

「こちらこそお願い申し上げる」

「政信は藩でも随一の優秀な男です。性格はアレですがお役に立てるはずです。何卒よろしくお願い申し上げます」


 本人より宮地殿の方が丁寧なお願いだな。政信は当たり前な事言うなとでも言いたげな顔をしているが、ここまで骨を折ってくれる友など滅多におらんからな。山波が部下となる以上、俺からしっかりと言い聞かせよう。

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