第九話

 日葵殿の溌溂はつらつさが目に見えて失われている。どうやら待ての時間が長すぎたようだ。思いの外、さくら殿との話が弾んでしまい随分待たせてしまった。

 さくら殿との出会いは存外の出会いだ。こんなに優秀な人間に出会えるとは幸先が良い。さくら殿が男でない事が、つくづく残念に思う。


「随分待たせてしまって済まない。団子を頼もうか。日葵殿、お勧めの物を皆の分、頼んでもらえないか」

「おっ任せください! 団子屋の親父さん、焼き団子、大皿に乗るだけ! みたらしも! 餡団子はシメにするから後で頼むね!」


 団子って発注単位に大皿なんてあるのか。いったい何本乗るのだろうか。そもそも大皿での発注なんて宴会のような頼み方、日葵殿はいつ覚えたのだろうか。


「おまたせしやした。焼きとみたらし、ご賞味下せぇ」


 で、でかい。大皿に乗った団子なぞ人生で初めて見た。何本あるのだろうか。下段が八本、その上は六本か。さらに四本、二本、一本。計二十一本が綺麗に山のように積み上げられている。

 二皿で四十一本、我らは四人だから一人頭十本。食えるか。俺らなら食えるだろうが、朝飯も近かったので結構きついだろう。頼んだ日葵殿ならまだしも、さくら殿は厳しいのではないだろうか。


「美味しそうですね~。では冷めないうちにいただきましょうか。食べきれなければ私が頂くので無理に食べなくていいですからね。シメの餡団子も美味しく食べれるくらいの食事配分がおすすめですよ!」


 忘れてた。餡団子もあるんだった。


 我らが団子奉行の掛け声で食べ始める。以前の教訓を基に、団子を食う時は、余計はおしゃべりはしない。さくら殿もすでに承知のようで静かに食べている。きっと以前一緒に食べて団子奉行に指導されたのだろう。

 その団子奉行はというと、天国にいるかのような表情で団子を頬張っている。いつの間にやら、焼き団子とみたらし団子の大皿の間に座り左右の手でそれぞれの団子を持っている。一口ごとに手を変え、味を変えて味わう作戦のようだ。


 静かに団子を食う、のどかな時間。なにやら視線を感じ、周りを見てみるが誰もいない。

 水野とさくら殿は、相変わらず静かに団子を食している。水野が気が付かないのだから敵意のあるものではないのだろう。

 奉行の彼女は団子に囲まれて幸せな表情を浮かべているのだが……時折、獲物を狙うような目をして、俺らの食べ具合と大皿の団子の残りを確認している。先ほど感じた視線は、これか。

 きっとあまり食い過ぎるなよという俺の直感なのだろう。素直に従うことにする。もしかしたら、わざと余らせて家へのお土産にするのかもしれないし。これ前の時も考えたが日葵殿、全部食うって言ってたな。


 そろそろやめておこうか。ある程度、皆の食べる動きが落ち着いてきたので手を止める。約一名を除き。

 水野と俺は、四本ずつ。思っていたより団子がうまくて、ついつい食べ進めてしまった。視線を感じる頻度が上がったので、一人当たりの割り振りである十本に至る前にやめた。これ以上は危険を感じたのだ。水野も同様なようだ。

 さくら殿は二本ずつ。これでも結構食べているだろう。


 一方、我らが団子奉行は、我らの態度にご満足な様子で焼き、みたらし、焼き、みたらしと、甘いしょっぱいを繰り返せばいくらでも食えるという持論を実践して食い進める。あの小さい体のどこに入るのだろうか。

 予想通り、然して速度を変えることなく残りの団子は奉行様のお腹へ納められた。全部で二十一本だ。


「やっぱり親父さんの団子は美味しいですね~。さあ! シメの餡団子いきましょう! 皆さんまだ食べられますか?」


「いや、結構食べてしまったから、そんなに食えそうにないよ」

 皆、同意といった感じで頷く。

「駄目じゃないですか。食べる配分が大事って言いましたよ! シメは大事なんですから! その日の団子の思い出を素晴らしきものにするために大切な儀式なんです」

「そうか。それは申し訳ないから二本くらい頂こうか。水野たちもそれでいいかな」

「「はい」」


「そうですね。無理して食べてもお団子に失礼ですから、そのくらいが良いでしょう。私もいつも一人で食べるのと違い、どれくらい残るかわかりませんでしたし、順序があべこべになってしまいました。甘い団子だけでは、それほど食べられませんから、ここは十二本だけにしておきましょう」


 その計算、それでも俺らの三倍は食うぞ。先ほども二十一本も食っているのに。ここ何日か飯を食えてなかったのかと疑いたくなる。

 余計なことをつらつら考えていると、思っていたより早く餡団子が出てきた。

 親父さん、うちの奉行の習わしを知っているのか予め焼いていたに違いない。

 それにしても、俺らだけで、日ごろの売上を超えるくらい食っているのではないだろうか。大量の団子を前にしてそんな下らないことを考えてしまう。


「わあ~、来ましたよ! 餡団子!」


 無邪気なお奉行様だ。

 最後の餡団子二本きついな。餡団子が来るまで、いったん落ち着いてしまったのがいけなかったのかもしれない。厳しいお奉行様の前で辛そうに団子を食うなんてできない。全身全霊で、美味そうに食っているように見えるよう表現せねば。


「ふう~。ずいぶん食ったな。うまい団子だったから食い過ぎてしまったようだ」

「そうですね。沢山頂いてしまいました」


 水野は特に発言しなかったが、腹がいっぱいなようで、座りながら体を曲げ伸ばし、胃の具合を整えているようだ。


「やっぱり親父さんのお団子美味しいですね~。幸せな時間でした」

「幸せな気分なところ悪いが、少し話をしたいのだが、いいかな?」


 日葵殿がいい気分のところ申し訳ないのだが、本題の話ができていないうえ、団子を食い過ぎてこの陽気では眠たくなってしまいそうだったので、早めに話を切り出したのだった。

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