第八話

「それで、さくら殿から見て、今の暮らしぶりはどうかな?」


 本当は日葵殿に庭番のお兄さんを紹介してほしかったのだが、さくら殿を連れてきた手前、ほったらかす訳にもいかず、話を振ってみた。


「皆、苦しいながらも協力し合い幸せに暮らしていると思います」


 思っていた反応と違ったな。少し意地悪かもしれないが突っ込んで聞いてみよう。


「そうなのか。では今の生活に満足しているという事かな?」

「満足はしていません。無い無いだらけで私たち若い人たちは、えも言われぬ閉塞感に不安や諦めを感じてしまっております」


 今度はしっかりとした意見を述べてくる。日葵殿より二つ上との事だが、精神年齢はもっと上かもしれない。それとも仕事柄そういう風に考える癖がついたのかも。

 ちょっとした、いたずら心だったが、具体的に何が問題と思っているのか聞いてみたいな。


「根本的に何が問題だと思う?」

「将来への期待が持てないことだと思います」


「その心は?」

「今の制度は下士は下士。家柄のお役目を継ぐのがせいぜいで、不手際があれば失職するだけです。真面目に働いても出世など期待できません。下士は苦しい生活から抜け出す方法がないのです」


 なるほど。確かに今の身分制度では仕方がない部分ではあるな。士農工商は厳格に定められているし、伊澤殿のように農民身分から侍身分に出世するなど数えるくらい珍しい話だ。

 侍身分においても、よっぽど優秀な者でない限り、もしくは優秀さを発揮できる環境にある場合でなければ、家柄を越えて出世することもない。


 家老の子は、生まれながらにして家老になるし、庭番の子は庭番にしかなれない。

 何より戦のない平和な世では武功を上げ、成り上がるなんて事はあり得ない。身分に関係なく手柄を立てる機会がないのだから身分制度の枠や家柄を抜け出すのは至難の業だ。


 それが今の幕府の制度においては揺るぎない事実である。そして暴力で権力を奪われないようにするため平和のいしづえともなっている。悪い面ばかりではないのだ。多分に支配者層、つまり徳川家にも都合の良い制度であることは否定はできないが。


「それで山で獣を取ったりと危険を承知で他のことをせねばならんと」

「そうですね。武士たるべくなんて望むだけ、夢のようなものです。生きるため武士らしくないことをせねばならぬ状況で五年先、十年先もそれは変わることがなければ生きる希望は持てません。だから才があれば、努力が実れば、認められて出世できると思えねば人は希望を持てません」


「それはとても貴重な意見だと思う。大変参考になる。日葵殿はどう思う?」

「はい! 私もそう思います!」


 ちなみに静かにしていた日葵殿はというと、しっかりこちらの顔を見て話を聞いているようだが、全く内容を理解していないかのようにキラキラした目をしている。

 これはあれだな。犬がエサを待つ顔と同じだ。

 団子のゴーサインを待っているのだろう。良し!といえば飛びつかんばかりに食いだすに違いない。


 しかし、今はかなり重要な話をしているからゴーサインを出すわけにはいかない。

 第一印象のさくら殿と比べて相当しっかり考えている女子なのだなと考えを改める。

 日葵殿とさくら殿、歳の違いのせいなのか、生い立ちのせいなのか全く似ていない友達だ。当初は日葵殿のお兄さんを紹介してほしかっただけなのだが、さくら殿との出会いは思いのほか拾いものだったかもしれん。

 ただ、思うのはこの後の事まで考えているかどうか。大半の人々は不満を感じても深く考えたりはしない。残った少数の者は、その不満の原因を考える。そして優秀なものは、その不満の原因をどうしたら解消できるか、まで検討する。

 さくら殿はどうなのだろうか。


「ではどうしたら良いと思う?」

「権現様(江戸幕府の開祖 徳川家康)のお決めになった身分制度に意見を申すのは差し出がましいのですが、考えていることはあります。家柄は別にして、能力や技能に見合った職制に付けるようにする事と、その職制に応じた俸給を支払われるようにすることだと思います」


「なるほど。そうすると身分制度を変えなくても能力に見合った職制に付けるし柔軟に対応できるな。本人の能力で評価して、一代限りの役職というわけか」

「はい。色々考えて現実的にはそれが上策ではないかと思っています。理想では世襲制を止めて、すべての役人は試験などで評価採用されるのが一番だと思います。古くは唐の国にある科挙のようなイメージです」


 うん。確かにさくら殿の言う通りだ。理想論は俺も実施できればそれが良いと思う。

 しかし今の制度を変える難しさはもう何年も感じている事だから、彼女の言う現実的な案が妥当であるとよくわかる。

 彼女は極一部の優秀な人間なようだ。男であれば、側近にしたいくらいに。今の俺に不足している人材であることに間違いない。女子であることが実に惜しい。


「ふむ。そこまでよく考えこまれているな。誰かに話したりしたのか?」

「父上や兄上には話しておりますが、父上は目を付けられぬよう外では話すなと言われております」

「今、話してしまっているがいいのか?」

「はい。頼方様は現状にご不満な様子で打開策を探しておられるように感じましたから。それに、ひまりちゃんが懐いている人は大丈夫です。あの子は人の善悪を感覚で感じ取れるので」


 日葵殿、さくら殿の評価が意外と高いのだな。それにしても感覚で善悪がつかめるとは野生動物のような子だ。特別好かれるような事はしてないと思うのだが、どうして懐かれたのだろうか。

 思いたる節と言えば、花を大人買いしているからか、団子を奢っているからか。結構誰にでも当てはまるような気がする。いや、日葵殿の感覚を理屈で考えるのはやめよう。いつまでたっても結論が出ない気がする。


 日葵殿の目の輝きが、若干失われつつあるように感じる。そろそろ日葵殿が限界のようだ。

小難しい話は一旦終わりにして、団子を頼む事としよう。

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