第七話
葛野藩の名簿漁りから数日後、俺は定期的に日葵殿がいないか城下町をぶらついたのだが、中々会うことができなかった。
今日こそはと思うのだが、いてくれるのやら。
いた! キビキビと通りかかる人々に声をかける様は、まるで小動物のよう。あの性格と相まって愛らしく思える。
「やあ、日葵殿。また花をまとめて買わせてもらえませんか」
「頼方様! 先日はお団子ありがとうございました」
「いえいえ。母上も日葵殿の花、喜んでいました」
「お母さまにだったのですか。奥方様へは?」
「まだ妻はいないのですよ。プラプラしているからですかね」
「そうなんですか~。お金持ちそうだし人気あると思いますよ!」
日葵殿の無邪気な笑顔。セリフと相まって俺に気があるのではと思ってしまうのは仕方ないだろう。それにしても俺は人気あるのだろうか。城でも煙たがられている印象しかないので、そんな空気を感じたことはないのだが。
「だといいんだけどね。それとちょっとまた話を聞きたいん……」
「待ってました!! じゃあじゃあお友達も読んできますね! すぐ来ますから前のお団子屋さんで待っててください!」
日葵殿はダっと駆け出す。あっという間に見えなくなる。着物を着ているのによくあの速度で走れるなと感心してしまう。彼女だけ、やけに移動速度が速くて浮いているように進む。凄い違和感である。我らと何が違うのだろうか。今度機会があったら聞いてみよう。
あの速度で走れるのは日ごろの訓練のおかげなのか、団子のおかげなのか。やめておこう、藪蛇だな。
「親父さん、日葵殿と待ち合わせなんだがここに座っていていいかな?」
「へえ。ひまりちゃんですかい。ごゆっくりどうぞ」
前もそうだったが日葵殿の事となると孫の様に相好を崩して接客してくれる。少し彼女について聞いてみるか。
「日葵殿はどんな子だい?」
「ひまりちゃんは明るくてね。おれっちのしがない団子を、そりゃあもう美味そうに食ってくれるのよ。あの笑顔で美味い美味いって言ってくれるとたまんねえのよ」
「そうか。ずいぶん熱心に団子に執着していたが、実際ココのがうまいのだろう。後で我らも貰うとするよ。彼女は武家の子女だろう? いつから来てるんだ」
「そうですねぇ。四年ほど前くらいから小遣いだか小銭を握りしめてくるようになりやした。そうそう、最初は兄君が連れてきたような気がします」
「たしか庭番の?」
「おれっちには詳しい事はわかりませんが、お城のお役目に付かれたばかりの頃だったと思いやす。なんでも熊の毛皮が高く売れたとかで妹にご馳走するとかなんとか」
兄貴はその年で熊を捕れるのか。当時で今の俺と同じ年ごろなんだが俺は熊を捕れる気がしない。水野なら楽に熊とも戦える気はするが。
「助かった。あとで日葵殿が来たら注文を頼む。先に二人分の茶をくれ」
「水野、日葵殿の兄上は、なかなかの武芸達者のようだな。今の俺と同じ年で熊を捕るとは」
「野生の動物を狩るのは、相応の高い技術と精神力が必要でしょう。珍しい人物のようですな」
「日葵殿との話次第だが会ってみたいな」
水野も同意というように頷く。四半刻くらいになるが、そろそろ来るだろうか。茶でも飲みながらのんびりと待つ。
タッタッタ。
行きと違い小走りで来たようだ。
まるっきり息が上がっていない日葵殿と対照的に、彼女が連れてきたもう一人の少女は、手を引かれ息も絶え絶えという状況。結構しんどそうだけど大丈夫か。団子を食うどころではないくらい辛そうだ。
「おっ待たせしました~!」
相変わらず日葵殿は元気だな。その元気をもう一人の子に分けてあげたいよ。まだ肩で息をしているぞ。日葵殿はその事に気が付いていないのかな。
「ひ、ひまりちゃん、いきなりちょっと来てなんてどうしたの?」
説明もせずに連れだしてきたようだ。
「このお侍様達がお団子食べさせてくれるんだよ! ここのお団子美味しいんだから!」
何の説明にもなってない気がするのは俺だけではないだろう。彼女も何故、俺たちから団子を食わせてもらえるのかわからないといった顔をしている。
流石にこのままではと思い自分で説明しようと考えた。
「私は松平頼方と申す。こっちは水野智成。我らは日葵殿に城下や暮らしぶりの話を聞かせてもらっている次第。そのお礼に団子をご馳走しているのです」
「これはご丁寧に。お初にお目にかかります。山波彦五郎が一子、山波さくらと申します」
「あ! 私、
「さくら殿というのか。日葵殿は宮地という姓なのだな。どちらもお家は庭番の家系なのかな?」
「そうです! ご近所さんの幼馴染なんですよ。さくらちゃんの方が二つくらいお姉さんなんですけど」
「はい、私の方が年上なんですけど、いつもひまりちゃんには引っ張ってもらってます」
さっきみたいに物理的にという意味ではないよな。
日葵殿は行動的で元気いっぱいだ。興味のある事にまっしぐらといった感じ。
対してさくら殿は落ち着きがあって、歳の割に自立した女性といった印象。しかし日葵殿に振り回されている感もあるから日頃は大人しいのかもしれない。
「さくらちゃんには手習いを教えてもらってるの! 私と二つしか違わないのに、頭が良いの。私は馬鹿だから全然覚えられないんだけど、いつも優しく教えてくれるから好き!」
「ほう、その歳で手習いの師匠か。落ち着きのある雰囲気はそこから来ているのかな」
「そんな。近所の子達に教えているだけですから。庭番の様な下士の子では藩校に行けなかったり、町人でも寺小屋の費用が払えない子がいたりして私のような者にでも習いたいと言ってくれる子達がいるのです」
「藩校に入れない子息がいるのか。水野知っておったか?」
「はて、私が通っていた頃、確かに下士の家柄の者は少なかったように思えますが。言われてみれば、家柄の良い者ばかりだった様に思えます」
「藩校にも通えない藩士がいるとは。家柄だけで順序を決めては、みすみす優秀な者を逃しているかもしれんのに」
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