第六話

「それでも女だてらに特技があるのは凄い事じゃないか。普通、石を投げて鹿ですら捕れないぞ。それにしても武士なのに庭番の家は不思議な発展をしているのだな」

「生きるためですよ。走りもそうですが、気配を消したり水の手を探したりする生存術、弓や手槍、鉄砲などの武術、他には犬を育てたり、薬草から薬を作ったりとか色々です。庭番みんなで助け合って生きています」


 そうか。生きるためか。生きるため、皆で協力し合う。それは日本人らしさでもある気がするな。俺はこの年まで生きてきて飯の不安はなかった。親との関係はうまくなかったが、食ってこれたことはそれだけで幸せだったのではなかろうか。


「うちの藩の武士がそんな暮らしぶりだなんて知らなかったよ。そんな大変な暮らしをしてるのだな」

「言うほど悪くありませんよ。お花が売れれば、たまにお団子も食べられますし。十分とは言えないですけど、毎年毎年、俸給でお米がいただけるのですから町人よりマシです。それに知ってますか? お侍様。あのお団子もお米から出来るのですよ! お米は偉大なのです」


 団子には触れないようにしていたのだがな。どうしてそうなった。


「……勝手に大変だなんて決めつけは良くないな。何か困っていることはないか?」

「そうですね~。もう少し着る物に余裕があると嬉しいです」

「やはり女子おなごだな。なんだかんだ言って食い気より色気か」

「ゆっくり味わいながら、みたらし団子を食べると、みたらしがこぼれて着物に染みができちゃうんです。そうすると次の日着る物がなくて」


 やはり変わらんか。もしやその膝の継ぎ当て、穴が空いたからではなくて染み隠しではあるまいな。


「色々と話を聞かせてくれてありがとう。あとはゆっくり団子でも食べていってくれ。俺らはこれで失礼する」


 思ったより長く話し込んでしまった。面白い話が聞けたし、団子を食う側にいると何が起こるか予想がつかない。早めに離れるのが得策だろう。


「お団子食べていかれないのですか? ここのお団子美味しいんですよ?」

「俺らは仕事があるのでな。代金は払っておくからゆっくり食ってくれ。また話を聞かせてもらうかもしれん。その時は頼む」

「そうですか……。ありがとうございます。またお花買ってくださいね。今度はお友達も呼んでいいですか? さくらちゃんにもお団子食べさせたいので!」


 話を聞くと団子は必須なのだな。さも当然のように。

 団子を食うほどゆっくり話すかは確定ではないのだが、期待を裏切るのもかわいそうだ。


「ああ、いいぞ。それじゃあまたな」



「水野、庭番の話どう思う?」

「不遇ゆえ特殊な技能を持つに至ったですか。安穏とした他の武士に見習わせたいものですな」

「確かにな。俺に何とかできないだろうか」

「難しくありませぬか。みな、大殿の家臣ですから。それなら葛野藩の中で庭番のような者なのがいないか確認してみては」


 我が葛野藩士の中にいるのであれば、一応、俺に裁量権があるのだが、実際、面談した二十名の中にいなかったはず。庭番みたいな職務の人間を派遣する方がおかしいか。

 他の藩士は、葛野藩所属という名ばかりの幽霊藩士だから、俺が何か差配するのは厳しいのかもしれない。あいつら日ごろは紀州藩士として暮らしているからな。


「そうだな。確かにいてもおかしくない。しかし面談した中にはいなかったから残りの藩士だと、俺が何かできるとは思えんが」

「友誼を結ぶだけでもよいではありませんか。伊澤殿のように相談ができる方は多ければ多いほど良いと思います」

「それもそうだな。探してみるか」



 一旦、城へと戻ってきた俺は私室にて葛野藩の藩士名簿を漁る。

 藩士名簿は前に面談した藩士だけでなく、全員の名前と紀州藩での役職と葛野藩で担当する役職が記載されている。というわけで庭番の家系の者がいないか探してみているのだが……いない。

 名簿には紀州藩での役職が記載されていないものがほとんどで、親の役職が書かれている奴らばかりだった。ざっと見てもそれなりの家柄から、かなり上の方の家柄が目立つな。つまり親がそれなりの地位にいる部屋住みが押し付けられたわけだ。

 だから、庭番のような下士の子供なんているはずもなかった。


 名簿をよくよく見ればこいつらは何ができるのだろうか。もらった時は自分で選べスラ出来ないのかという事で頭がいっぱいで名簿を碌に見ていなかった。

 しかし、今回の件で名簿をじっくり見ると何の経験も持ち合わせない若者達が藩士として取り立てられているという事以外の情報がない。部屋住みなんてまともな教育を受けていないし、家系の仕事を教わることもない。出身の家柄くらいしか誇る事のない者たちが葛野藩士として俸給を得ることになっている。しかも仕事もせずに。

 このような理不尽が罷り通り、苦労している下士達は自分たちで道を切り開く。

 どちらが優遇されるべきかは推して図るべきだ。


 うーん、だんだん腹が立ってきた。やつらは葛野藩士なんていってるが、それは幕府への建前に過ぎず、紀州藩士で葛野藩の担当という認識らしいのだ。仕事もしないくせに金だけもらっておいてその言い草。余計に腹が立つ。何の役にも立たず、こちらの意向も汲まない家臣なんぞいらんというのに。


 我が藩士には、期待しないことにする! それが俺の心の平穏のために一番だ。少しずつでも自分の信用できる家臣を探して領地運営を行おう。そのためには紀州藩内においての発言力も高めねばなるまい。今のままでは国家老の久野の言いなりになってしまう。


 まずは日葵殿にまた会いに行って庭番の兄上を紹介してもらおうか。

 あとは藩内で不遇を囲っているものたちを探してみるのもありだな。

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