第五話

「ここです! ここです!」

 彼女はとても元気に団子屋へ案内してくれる。初対面の人を連れて嬉しそうに歩いているが、もう少し警戒したほうがいいのではなかろうか。絶対団子を食う事しか考えていないな、これは。


 さっきいた一等地の通りの裏道、生活感のある店が並ぶ通りに連れてこられると、見えてきたのは、こじんまりとした茶屋といった風情。


 俺らは少女のおすすめの茶屋に三人並んでで腰を掛けた。


「おや、日葵ひまりちゃんじゃねえの。また団子食いに来たのかい?」


 人の良さそうな爺様店主は孫が来たかのように相好を崩して彼女に話しかける。

 日葵というのか。また碌に挨拶もしていなかったな。


「日葵殿というのか。俺は松平頼方。こっちは水野智成だ。さっきは突然すまんな」

「いえ! こちらこそお花を買っていただきありがとうございます。それにお団子まで。……ちなみにお団子は何本まで頼んで良いのでしょうか?」


 この子はブレないな。よくよく見るとかなり幼く見える。話しぶりからするに十歳くらいに思えるのだが、見た目はもう少し下のようだ。少し丸顔でキラキラと光る目は表情豊かで、猫の目のよう。愛らしくて利発さはよく分かるのだが興味がある事に夢中になってしまう感じがする。主に団子。


「好きなだけ頼むと良い」

「良いのですか?! では焼き団子四本とみたらし、餡団子を二本ずつくださいな」


 思ったより数が多いぞ。土産にでもするのだろうか。そういえばこの子はこんな年齢で花売りをしている。家計が苦しいのだろうか。


「結構食うな。土産の分か? 安い焼き団子が多くて良いのか?」

「お侍様。団子に限らず、食べ物をおいしく食べるコツは甘いのとしょっぱいのを交互に食べる事なんです。だから焼き団子が多いのは必然です。値段ではないのです」


 しっかり全部食べる気だった。とりあえず深くは追及せずにおこう。むしろ少し説教のような、弟に諭すような口調で説明されてしまった。


「……そうか。では団子が来たら食いながら話そう」

「いえ! 話ながらなど団子に失礼です。団子を食べるなら真剣に味わわねばなりません」


 すみません。もう彼女に団子について話すまい。きっと俺の常識は通用しないだろう。


「……そうか。おやじ、悪いが団子は話の後で頼む。先に茶だけもらおうか」


 しかし、自分のこだわりにブレない感じは嫌いじゃないな。悪意があるわけでもなく純粋にそう信じているだけのようだ。早く団子を食わせてあげるためにも、ちゃっちゃと話を聞いてしまおう。


「日葵殿は武家の子女と思われるが、お家はどのような役目についていらっしゃるのか?」

「父と兄は、お城で庭番として働いております」

「庭番か。暮らしぶりはどうかな?」


「苦しいです。私も花売りをせねば食うにも困っております。でも山へ花を取りに行く時に鹿でも捕れれば、お肉沢山食べれます! 山菜も川魚も取り放題ですよ」


 大変そうだが食材は豊かなようだな。食うに困ると言っていたが米の話か。団子のことではないよな。

 そういや山って言ったが近くにあったかな。一番近い山でも、大人の足で一刻はかかるはずだぞ。

 こんな小さい女の子が山まで花を摘みに行くっていうのか。鹿を捕まえるとも言ってなかったか。情報が多すぎる。


「山って城の東に一刻ほど行くとある鷹山かな? お兄さんと行くのかい?」

「兄はお役目がありますから、今は一人ですね。走れば半刻で着きますよ」


 半刻だって。確かに走れば早く着くが二里くらいあるはず(8㎞程度)。山に向かう道なんて街道のように整備されていないし真っすぐでもない、山裾に着くという意味ではないはずだから、もう少し距離は長く道も悪くなるだろう。恐ろしく足が達者だ。半刻走り続けるという意味でも十分凄い。


「君みたいな幼い子が走って半刻で?」

「これでも十一歳ですから、小さくありません! 私たち庭番の家の者なら誰でも半刻もかかりません。女の子でできるのは私くらいですけど」


 なぜ君だけできるのかとても気になるが藪蛇になりそうな気がする。


「それは凄いな」

「お役目で庭木や花を取りに行かねばなりませんから。近くの山になければもっと遠くまで。でも翌日には登城しなければなりませんから、必然早く移動できるようになるのです。私は家の事より外で動き回ってる方が好きなので」


 確かにお役目があると毎日出勤せねばなるまい。朝出勤せねば出奔として扱われ厳しい処分が待っている。お家のお役目が無くなるだけならまだしも親戚にまで迷惑をかけることになるだろう。

 しかし、お役目で山まで植栽を探して動き回り、無ければ奥へと分け入る。必ずあるとわかっていれば予定も立てられるだろうが、自然の物ではそうも言えないだろう。

 そうなると現地で探す時間を多く取るためには、移動の速度を速める必要があるという事か。

 庭番の職務とは離れている気がするが特殊な能力を有している武士といえるだろう。

 そんな能力を持つ武士達が粗末な着物を着なければならない生活を強いられているのは何か違う気がする。


「大変なお役目だな」

「お役目を頂けるだけマシですよ。それにお役目は何かしら大変な事が有ると思いますし」


 幼いようだが、考えはしっかりしているようだ。

 苦労をすると大人びるのかもしれない。


「そういえば鹿と捕るとか言ってたが、そんな細腕でどうやって捕るんだ?」

「これですよ! 印地打ち。私がシュシュっと腕を振れば鹿くらいは一撃必中ですよ!」


 女子で印地打ちとは珍しい。俺が小さい頃も河原で中州争いをしていた時には対岸同士で印地打ち(石投げ)をしていた。それはあくまで威嚇の意味合いで遠くの的に当てられるような技術はなかった。

 かつて武田信玄公の軍団は専門の投石部隊がいてかなりの戦果を挙げていたそうだが、それとも違うのだろう。

 野生動物に石を投げて当てるというのは相当な技術を要するはずだ。しかも獲物を昏倒させる威力を伴わせるとなれば尚更だ。射程距離まで動物に気付かれずに近づくだけでも大したもんだ。


「印地打ちなんてどこで学んだんだ?」

「庭番は家々で色々な技術を持っているんです。山には獣や山賊も多いですから。自衛として一般的な武士の嗜みだけでは太刀打ちできなかったそうです。そのうち各家で独自の技術が発展していったみたいです。うちは印地打ちとか手裏剣術ですかね。私は手裏剣や鉄球を持たせてもらえないので、石ばかりです。せめて鉄球が使えれば猪辺りも狙えるんですけどね~。石じゃ大して効かなくて」


 いやいや。十一歳の女子が猪を捕まえるという発想はどうなんだ。仮に捕らえたらどうやって持って帰るのだろうか。さすがに自分の体より大きな猪を担いで武家屋敷まで歩いてくるのは無理があるだろう。いや、庭番なら何とかなるのか。ならんよな。

 何かしら協力しあって運んだりするのだろう。半刻出戻れるのであれば協力を仰ぐのもそこまで無理もなかろう。


 それにしても、うちの庭番凄いな。紀州藩の不合理な仕事の割り振りが彼らを特殊技能集団に仕立てたというのは、何という皮肉だろうか。

 こういった技術集団に目を付けている重臣はいないだろう。いれば彼らの待遇はもっと違ったものになるはず。となると、この有用性に俺だけが気が付いている? 本格的に彼らとの付き合いを検討してもいいのかもしれない。

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