幼少期編 第二十八話

 どこまで話したっけな。そうそう河原者の集団の所へ初めて行った時のことだ。


「だんだんと街で悪さしてると、屋敷みたいに段々居心地が悪くなってな。今思えば当然というえば当然なんだが。野菜をかっぱらって、店主に追われて逃げ回っていたら、徳利爺の集団の縄張りに入っていたんだ。さすがに店主も浮浪者がゾロゾロ出てきたのを見て諦めて帰ってったよ。俺は、ここなら屋敷からの追手も来ないし、大人が沢山いれば頼りになるんじゃないかって思って、混ぜてもらえるよう長へお願いしに行ったんだ」


 こんな話だけどみんなの反応が気になるな。水野にも、ここまで深く話してなかったし。


 どんな状況でも水野は俺の味方でいてくれるだろうが、好感度が下がってしまうのは嫌だな。


 みんな気まずいのか視線を下に向けているから、表情が読めない。こんな俺をどう思ったのか不安だが、ここで話を止めるわけにもいかないし続けよう。


「初めて会った徳利爺は、その名の通り徳利を抱えた爺さんだったよ。酔っ払って気持ち良さそうに船を漕いでた。何度も何度も声をかけても起きてくれなくてな、周りを見ても他の河原者は、遠巻きに見てるだけで手伝ってくれそうになかった。諦めずに呼びかけているとやっと起きてくれて、お願いしたんだ。俺を仲間にしてくださいって」


「徳利爺さんは、もしかして、ずっと起きてたんじゃないですか?」

「かもな。後で思い返した時、俺もそう思ったよ」


 あの時、単に逃げるために仲間になりたいと願ったのでは無いかと疑われたんだと思う。簡単に仲間になるやつは簡単に裏切る。


 それに俺は今より幼かったから子供の気まぐれじゃないかと思われたのかもしれない。

 とにかく、いつ諦めるか本気度を確かめるために様子を見られていたんだろうと推測している。


 しかし一緒の時を過ごしていると本気で寝ているだけの時もあって、少し自信がない。

 おそらくあの時は違ったはずだ。多分。


「それで徳利爺さんはなんて言ったんです?」

「そうか。ってそれだけ。はっきりと言わなかったけど、周りの雰囲気が変わったから、受け入れてもらったんだと理解したよ。それ以来、屋敷を抜け出すと徳利爺の所に顔を出して飯を食わせてもらったりしてたんだ」


「そうだったんですか。お侍様も大変なんですね」


 実際、その後馴染むまでの方が大変だったんだがな。それは余計な話だからみんなに話すのは、やめておこう。


 所作か言葉遣いで武士の子だと分かると集団のみんなは俺と距離を取るようになってしまった。ここでも結構な疎外感を感じたが、屋敷や街の人のような嫌悪ではなく、恐れのような感じだったから時間はかかったけど少しずつ打ち解けられた。


 徳利爺が良く声をかくてくれたり構ってくれているうちに、他の仲間とも話せるようになったんだ。


 徳利爺は起きている時の方が珍しいくらいなのだが、それでも俺を構ってくれていた記憶があるから、随分気にかけてくれたのだろう。

 その時は、いつも寝ている徳利爺がなぜ長なのか不思議に思ったものだった。


「というわけで城下町側の徳利爺の集団なら話は通せると思う。その点は安心してくれ」

「なんでぇ、そんな爺さんが長の集団なら大した事なさそうだな。うちの集団は数こそ少ねえが、長が率いてくれりゃあ乗っ取ってやるぜ」


「ちょっと! そういう考え良くないよ! そういう考えを持っていると相手にも伝わってしまうもんなのさ。ダメになって俺らが痛めつけられるのはいいけど、新之助様の顔に泥を塗るのは寅でも許せないよ!」


 確かにそういう邪な考えって何と無く分かるな。

 羊之助は、人の機微がわかる性質のようだ。体も大きくないし、河原者の集団の中で色々思うところがあったのだろう。人間関係で苦労しないと、そういう風に人を観察するようになる事は少ない。


 それと寅には先に伝えといてやらねばならない。


「そうそう、集団で仲良くなった仲間に忠告されたんだが、徳利爺を怒らすなって」

 俺も段々と慣れて、徳利爺を少し軽く見てしまっていたのかもしれない。ある時、そんな風に真剣に忠告されたことがあった。


「寝ぼけた爺さんを怒らすと徳利でも投げつけられるのかい?」

 ニタニタと笑いながら寅が茶化してくる。

 こいつは、ある意味話が早くて助かる。思った通り舐めてかかっている。


「俺が入った少し後の入った新人がいたんだけどね、炊き出しの配膳薬をやってる時にそいつがこっそり盗み食いしたんだよ。その後、止せば良いのにまた食ってみんなにバレたんだ。そしたら徳利爺はものすごい形相で怒って、そいつを簀巻きにして川に投げ捨てさせちゃったんだ。皆で助け合いが出来ないなら、どっかへ行っちまえって」


「うへぇ、流石にやりすぎじゃねえか? どっか行けってゆうか、死んじまうだろ、それ」


「それだけじゃなく、その時の徳利爺の顔ときたら、鬼のようなって例えが可愛いくらい凄かったよ。あれは絶対カタギの顔じゃなかった。俺は絶対逆らっちゃいけないなって子供ながらに思ったもんさ」


「絶対怒らせないよう、おら達、気をつけるよ……」

「おう……」


 ちょっと脅しが効きすぎたか。話を盛った訳ではないから事実ではあるんだが。


 せっかく二人の緊張をほぐすために一旦休憩したのにな。羊之助も顔がもっと青ざめた気がするが、気が付かなかった事にしよう。


 水野は相も変わらず澄まし顔。俺の身の上話にガッカリした様子もなくて何よりだ。

 さあ、久しぶりに徳利爺に会いに行くか。

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