幼少期編 第二十七話

 和歌山城へと戻る道すがら、黒川殿のいる加茂村で一泊した。途中どこかで宿を借りるくらいならと思い、状況報告も兼ねて少し遠回りしたのだ。


 連れ立った皆の初顔合わせでは、寅は相変わらずの口調で挨拶したものだから、黒川師にとんでもなく叱られていた。

 曰く爺さん呼ばわりするんじゃないとか、口の利き方がなってないとか、ちゃんと敬称を付けろとか……しゃべり方に対してばかりだな。


 もちろん羊之助は、全く問題なく話が弾んだようだ。初対面でも物腰柔らかに話ができるのが良いところだと思う。


 寅も初対面で距離感を感じさせずに会話できるのは、良さだと思うが黒川殿には相性が悪かったようだ。

 でも、黒川殿は元来優しい方だから、叱りつつも、ちゃんと話をしてくれていた。


 俺や水野と話すときの黒川殿は身分を念頭に置いているから丁寧な感じになる。だから寅を叱り飛ばしている様を見ると、近所の頑固爺みたいだなと思ってしまったことは秘密にしておこう。


 黒川殿は屋敷に人が多くいる賑やかさが嬉しいようだ。代官という役職上、こんなに若い人が集まるのも珍しいのだろう。それに家族を亡くされてから親戚付き合いも無いようだから、尚更なんだろうな。


 当初、俺たちが初めて訪れたとき、優しく対応してくれたのも、そういう過去があったからかもしれない。

 何より黒川殿が生き生きとしていたのが嬉しかった。こちらに泊まって良かった。




「寅、羊之助、お前たちの長はどんな人なんだ?」

 その翌日、和歌山城下への道を歩きながら質問した。


「あん? もう会っただろ。あんな感じだよ」

「ちょっと! 新之助様は、人となりとか長としてどうかって事を聞いているんだよ」


「あんだよ。ならそう聞けよ」

「おい寅、若様はお優しいから許されているがその言葉遣い無礼だぞ。城にも近づく。若を見知ったものがいたら無礼打ちされても知らんからな」


「大丈夫だよ、水野。そうなったらなったで止めるさ。それよりどうなんだ?」

「ほぇー。お前思ったより偉いんか。長は魚取るのがうまくてな! 昔は船乗りとして博多や江戸まで行ったこともあるんだぜ!」


 寅は長に憧れているのだろうことはよくわかった。しかしあまり内容がない。どうにかして長がすごいと伝えたい熱意だけは充分だ。

 羊之助に聞けばわかりやすいんだが、彼の場合、意図的に悪い話は隠そうとするだろう。


 その点、寅は裏表の無いやつだから事実確認したいときには重宝する。最初から聞きたい内容が出てくることは、ほぼ無いが。


「俺が偉いわけではないさ。羊之助から見た長はどうだ?」


「長はあんな感じですけど義理人情に厚い方です。食い物が少なくても戦力にならないおら達にも飯を分けてくれます。一度、面倒を見ると決めたから最後まで面倒見るんだと言ってました。過去は船乗りだったらしいですが、航海中、五年前の野分の影響を受けたそうです。その時の荒波に揉まれた際に、縁に肩を強打して骨を折ってしまったとの事です。それ以来、腕が上がらず船乗りを続けることができなくなったのが陸に上がった理由だと話してくれました」


「そうか。悪い人物ではなさそうだと思っていたが」

「あったりめえだろ! 長が悪い奴なら、俺らはとっくに売り払われてらぁ。南蛮人どもは俺らみてえな奴を奴隷として買ってくらしいからな※」


 総じて彼らにとっては、良い長だという事だな。俺自身、長は寅をひどくしたような人だなとは思っていたが悪人ではないと考えている。


 人として悪い人物ではないなら、徳利爺も受け入れてくれる可能性は高いはずだ。あとは人数が多いのが懸念だが、こればかりは当たってみるしかないな。


 段々と和歌山城が大きく見えてくるようになると、それまで他愛のない事をペチャクチャ喋っていた寅が静かになりだした。城下町のような大きな街に来るのは初めてなのだろう。緊張しているようだ。


 羊之助は大丈夫なのかと思い見てみると真っ青な顔をしている。羊之助は考えすぎだな。おそらく悪い想定を考え対策などを検討しているのだろう。

 取って食うようなことはしないから安心してほしいものだ。


 しかし、落ち着かせるためにも、いったん休憩をとってから向かうのが良さそうだな。


 俺は足を止め、振り返るとできる限り笑顔で言った。


「いったんここで休憩にするか。これから会う徳利爺について話しておこう」

「おう!」

「「承知しました」」


 皆同意をしてくれたが、顔を見ると二手に分かれる、寅と羊之助は、寿命が延びたような安心顔、水野は、それを見て俺の意図を察したような顔。


 返事だけは威勢の良い寅は、そそくさと座り込んで水筒の水を飲んでいる。

 ある意味変わらない寅が微笑ましい。


「さて、徳利爺について話すには、まず俺の生い立ちを話さなきゃならん。ちょっと長くなるし、大して面白い話でもないが聞いてくれ。確かに俺は武士の生まれで間違いないが父親が高齢なこともあり、迷信の類で捨て子に出された。拾った親は、部下の武士で捨てた親とその辺りを打ち合わせ済だった。何とか言うか、捨てたという体裁を整えて放り出されたって訳さ。そういう話は隠せないもんで結構小さいうちにそういう話を聞いてしまったよ。周りは敢えて聞かせたように思えるがな」


 寅たちは遠い世界すぎて理解が及ばないようだ。まあ、俺でも捨てた経緯は理解できないしな。そういう反応なのも仕方ない。


 あの時は本当にしんどかった。何がしんどいかって、その状況を打破するのにどうしたら良いか全くわからないことだ。

 

 俺自身が幼すぎたのもあるが自分ではどうにもできない状況を打破できず、かといって受け入れることも出来ず、日々鬱屈していたもんだ。


「そんな生い立ちだから、育ての親の側にも居たくなくて家を飛び出していた。まるで浮浪者の子供のようだった。似たような奴らとつるんで商家で小遣いせびったり、かっぱらいしたりしてたが、たかが知れてる。腹が減って仕方なくなって、それでも意地を張って屋敷には帰らなくて。そういう時に河原者のやつらと出会ったのさ」



 ※寅の話は長が船乗り時代に聞いた、南蛮人の行為の話でした。聞き齧った断片的な知識で今でもしているかのように話しています。現実は鎖国状態で大っぴらには、そのような事は起きていません。

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