幼少期編 第二十四話

 加茂村の代官屋敷にて独白された黒川殿の過去の話は、とても重たい話であった。

 

 しかし、話を自らの決意で締め括ってくれたおかげで、何とも言えない雰囲気から今後どうするかを検討する建設的な雰囲気に変わった。


 さて水害について考えるとしても、どうしたもんかな。全く取っ掛かりがつかめないぞ。


 水害が起きないでくれるのが一番良い事だというのはすぐにわかる。領主としても税収に直結するから程度の差こそあれ、治水に取り組んでいるだろう。

 しかし現実に水害は起きてしまっている。


 となると、今の治水では解決できないという結論になってしまう。


 むむむ……、視点を変えてみて、川が決壊する時というのはどういう状況なのだろうか。イメージすると大雨で川水が増水して溢れるというものか。

 となるならば、川幅を広げておくか、川底を深く掘り余裕を持たせるのが良いのではないか。とは思うのだが……


「皆は、水害の起こる原因は何だと思う?」

「真っ先に思いつくのは大雨で増水することでしょうか」

「そうですな。経験的な話になるが実際あった事象では、上流で土砂崩れがあり流木が橋桁に引っかかる事で流れが滞ってしまったことや、水量が増えて流れが急になることで堤が崩れてしまったことなどがありましたな」


 単に水が多くなって椀から水が溢れるようなイメージだけではないようだ。思いついた想定だと川幅を広げ、堤を強化し、流木などが流れを妨げないようにすることが対策として必要そうだ。


「対策としては川幅の拡張、堤の強化などが考えられるか」

「それが順当かと思いまする」

「……だが、おそらくこの辺りは既に行っているのではありませんか?黒川殿」


「さよう。某もそういった治水対策の普請を見てまいった」

「となれば、これでは抜本的な解決にはならぬという事ですね。さてどうしたものか」


「若、頭で考えて出ぬ時は体を動かすのです。氾濫した場所場所を巡れば、きっと知らぬ事や想像もしなかったような事がゴロゴロしているはずです」

「そうだな。頭で考えてばかりの弊害は実感したばかりだった。川に沿って歩き、実際に水害が起きた地点を検分するとともに近隣住民へ聞き込みをしてみよう」

「承知しました」


 いつものように頭の中で解決しようとする悪癖が出たところで、水野が道を指示してくれた。

 指摘された通り、まずは現地を見て見なければ何も解決すまいな。

 そうと決まれば、ジッとはしていられぬ。早速向かうとしよう。


「黒川殿! 行って参ります!」

「新之助殿、良い発見ができること祈っておりますぞ」



 考えてわからないなら見に行ってみる。言われてみれば至極当然だが、頭でこねくり回す性質のある俺には出ない発想だった。俺とは違う視点を持つ水野にいつも助けられているのだな。


 そんなこんなで俺と水野は和歌山湾に流れ込む川の河口から上流に向けて歩みを進めている。河口付近は流れが穏やかで川幅も広い。この辺りは問題なさそうだ。


 そろそろ高木山の麓に差し掛かろうかというあたりになると川の蛇行が大きくなりだした。蛇がうねうねしているように頻繁に曲がりながら流れている。


 川幅が狭いところは大きく蛇行して流れが速い。川岸に体当たりするかのようにぶつかって方向を変えていく。ここは川幅自体は狭いが、岸はやけに広い。もしかしたら以前は、近くの別のところを流れていたのではないかと思った。


「水野、ここは今まで見てきたところと明らかに違うな」

「確かに。ここらは河原の石が遠くまで広がっていて不自然ですね。元々もっと水量が多かったのか向こうの方を流れていたのか。どちらにせよ何か起きたのは確かでしょう」


「よし。それであれば、近くの村を探し事情を知っているものを探してみよう」


 俺は村を探すにあたって川のどちら側に向かうか考えた。おそらく被害を受けたのは今の流れの方だから、無事だったのは反対側の水が流れていた形跡のある方だな。


 そう結論付けると、少し高台になっている丘に登り、近くに村がないか眺める。あった。少し川から遠いが、これくらいなら当時のこともよく知っているだろう。


 その村は川の側にも拘らず、畑が多い村だった。


「失礼いたす。この村はなんという名の村でしょうか?」


 村の近くの畑に居た村民らしき人に声をかける。


「ここは中村いうんよ。お侍様方こんな場所になんか用け?」

「私たちは川の水害について調べているのです。名主の方はどちらにいらっしゃいますか?」


「名主さんなら、あっちで稲を見ちゃるで」


 指さす方を眺めると遠くの方に上等な服装をした男が見えた。教えてくれた農民に軽く礼を言うとそちらに向かった。

 その男は稲の様子を心配そうに見ていた。賀茂村で見た稲より育ちが悪そうに見える。


「名主殿、私は郡代の徳川新之助と申す。少しお話よろしいか?」

「これはこれはお役人様。私は宗次郎と申します。このような小さな村に何の御用でしょうか?」


「実は水害についての調査をしておってな。そこの川の様子がおかしかったので、何かあったのではと思い、事情を知っている者を探していたのだ」

「左様でございましたか。確かにあの川は五年ほど前の野分(台風)のせいで様子が変わってしましました」


 野分か。川の流れが変わるほどなら大きな野分だったのだろう。


「増水で流れが変わったのですか?」

「増水で変わったには変わりないのですが、その後、ここから少し上がった上流でも決壊し、川が二股に分かれてしまったのです。そのため側の川の水量が減ってしまい水が不足するようになってしまいました」


「それで稲の生育が悪いのですか?」

「さようでございます。それだけでなく水が足らぬので畑に切り替えた場所も多くございます」


 どうりで山間ではないのに畑多いわけだ。水が少なければ湿田を維持できまい。水害の影響で仕方なしに畑作へ切り替えていたのだな。


「代官へ溜め池や用水路の地上などはされたのですか?」

「それはもちろん! しかし今のところ梨の礫で」


「さようでしたか。それは申し訳ござらぬ」

「いえ! 滅相もない! 和歌山の殿様は治水工事も熱心に行ってくださいます。此度は運が悪かったのです」


「お役に立てるか確約できませぬが、こちらでも調べておきます。上流の決壊した場所はここからどのくらいですか?」

「だいたい一刻ほどでしょうか」


「お話お聞かせいただき助かりました。上流の方も見てこようと思います」

「お役に立てて何よりでございます。あの辺りは無宿人がうろついておりますのでお気を付けくだされ」


俺と水野は名主の宗次郎に別れを告げ、さらに上流へと向かうのだった。

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