幼少期編 第二十五話

 先ほどの村名主である宗次郎に教えられた上流の決壊場所を探し歩き、ちょうど一刻ほど歩いたところで川の分岐点に辿り着いた。


 今いるところは、川へ突き出るように半分中洲のようになっている石の多い河原だ。元々一つの川だったのがよくわかる。分岐した川はどちらもそこそこの水量しかない。


 また増水したら、今いる中洲も飲み込まれ、流れが変わってしまうのではないかといった印象だ。


 周囲を検分していると、ガツッと足元の石が爆ぜた。


「俺らの土地に何の用だ!」

「やめようよ、寅。お侍様だよ」

「うっせえ。羊之助。じゃますんな。あんなガキんちょ何とでもならぁ!」


 あそこにいる子供たちが俺に石を投げたようだ。子供とはいえ俺からすれは五つくらい上だろう。


 寅という男児は背が高く引き締まった体格をしていた。髪はボサボサ、元の色がわからぬような単衣を着ていた。全体に垢じみている。

 羊之助は争いごとを好まぬようでおとなしい印象を受ける。寅よりだいぶマシな格好だが、全体として薄汚い。小作人の農民ですら、もっとまともな格好をしているだろう。


 彼らは、俺らが来た分流とは別の分流の方から来たようだ。


「若!」


 刀の柄に手を掛けながら、水野が俺の前に出た。


「大丈夫だ。ここは俺に任せてくれ」


 河原者は世の仕組みに虐げられた者たちが、その仕組みの埒外に飛び出した集団だ。必然、排他的になり仲間内の連帯意識が強くなる。

 だから、ここは身分を笠に着て応対すると話すら聞けないだろう。


「おい! なんだって、こんな辺鄙なとこでうろついてやがる。聞いてんのか?」

「ちょっと寅!言葉遣い!」


「羊之助といったか。言葉遣いは気にすんな。俺は新之助だ。確かにこんな格好をしちゃいるが屋敷でも爪弾き者でな。紀ノ川の河原連中とは仲良くさせてもらってる。こっちは知成、似たような境遇だよ」


「知成とやらはまだしも、新之助とかいうガキんちょは生意気そうな顔をしてるぜ。おおかた、お偉いさんに嫌われて飛ばされたんじゃねえのか!がはははっ」


 寅とかいうやつ。思ったより鋭い……生意気云々のところは違っているが、これまでの経緯を的確に察してやがる。


 ……生意気は関係ないよな。俺って生意気な顔をしているのか。後で水野に聞いてみよう。


「寅!お前こそこんなとこで何してんだ?」

「ああん、俺らの縄張りに役人が来て、こそこそ嗅ぎまわってるって聞いたから追っ払いに来たのさ。まあ、こんなガキんちょの役人じゃ大した事ねえだろうから見逃してやるよ」

「申し訳ございません。お役人様。おら達は、この辺りで寝起きしている河原者で羊之助です。おら達は乱暴狼藉など悪さはしてませんからお見逃しください!」


 ほう、乱暴狼藉とは。羊之助も寅と同じ年頃に見えるから十歳そこそこだろう。話し方といい、寅とは雲泥の差だな。単なる逃散農民の倅ではないのかもしれない。


「羊之助、俺らは取り締まりに来たんじゃねえ。心配すんな。実はこの辺りの水害について調べていてな。それでこの辺りをうろうろしてたって事よ。それより寅とは、ずいぶん違うのに仲がよさそうだな」


「あったりまえだろう! 羊之助と俺は兄弟だかんな! それにこいつは武士の子だ。頭の出来が違うのよ」

「兄弟という事は、お前も武士の生まれか?」


「ちょっと。寅! お侍様はおらに話しかけてるの! なんで寅が答えるんだよ。話がややこしくなるから黙ってて!」

「おおぅ。すまん」


「すみません、お役人様。おら達は実の兄弟ではありません。同じ日に河原者の集団に拾われたんです。それ以来、兄弟のように育ってきました。それに武士の生まれかどうかもよくわからないんです。名字の書かれた書付を持っていたようなんですが、物心つく頃には、すでに無くしていました」


「新之助でいいぞ、羊之助。そういう事なら寅の言う通り、お前は地頭が良いのだろう。さっきも言ったが五年ほど前に起きた水害について調べている。お前たちの集団に連れて行ってもらえないか?」

「いいぜ。長に会わせてやる。こいよ」


 寅は、打って変わって機嫌がよさそうにしている。俺が羊之助を褒めたから嬉しいのに違いない。思ったより良い奴なのかもしれないな。

 そんな風に思いながら水野とともに寅たちの後について歩く。


 寅たちが来た分流の川を少し下り、先ほどの半分中洲のようになっている所の内部へ草むら方へ草をかき分け進むと、人の手で切り払われた空き地に出た。


 ここの河原者は二十名ほどの集団のようだ。その空き地が、この集団の敷地のすべてであり、村でもあり、寝床であった。広場に枯れ草を敷き詰めて、皆で雑魚寝して寝起きしているように思える。


 広場の中央には煮炊きするためか、石で竈が作られ、それを中心に河原者は思い思いに過ごしているようだ。


 小屋のようなものもない。集団としては成熟していないのかもしれない。何より場所も悪い。町の近くではないから人も少ないし、近隣の農村は貧しい。


 必然、ここにいる者らは、その貧しい農村の村人より貧しい暮らしを強いられる。ここで暮らすのは限界が近いのではないかと感じた。和歌山城下近くに住み着く紀ノ川の連中とは雲泥の差だ。あいつらは貧しくても喰っていくことはできていた。

 

 ここでは、その日の食糧にも困る有様だろう。食料の得にくい冬はどうするのであろうか。羊之助は略奪などしていないと言っていたから、なお苦しいはずだ。


 寅は俺らが奇異の目で見られているのを機にせず、ずんずんと奥へ進む。羊之助は申し訳なさそうだ。本当に似てない兄弟だな。

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