幼少期編 第三話

 ふむ、話を聞いてみて改めて思う、予想通り碌でもない話だった。

 そもそも今更、城からの話が来たところで良い話なはずがなかったんだ。出来る事であれば、昨日のうちか、せめて今朝のうちに家出をしてどこぞの商家か河原者の集団に潜り込めばよかった。

 いや、それでは、すぐに見つかってしまうだろう。堺か京にでも上って人ごみに紛れれば見つかることもないだろう。

 なんて現実逃避をしてしまう程の最低な話だ。今更、俺がまともな武士になれるはずもないだろう。加納屋敷で過ごした時間より町家で過ごした時間の方が長いんだぞ。


 俺は、生まれてすぐ松の木の側に捨てられ、養父である加納政直かのう まさなおに拾われ育てられて早5年が経つ。

 本来であれば、家老の嫡子として武術に励み学問を納め、家老職を継ぐべく邁進するのであろう。


 しかし俺は、日々屋敷を抜け出して近所の悪ガキたちとつるんでいた。

 川向こうの悪ガキ連中とは中州を取り合い喧嘩ばかりしていた。

 領民ですらない河原者という身分の者たちに混ざり飯を食い、その子らとも遊んでいた。


 いたって藩主の子にあるまじき、いや、家老の子にも見合わない、辛うじて足軽の子あたりであれば許されるような生活をしていたのだ。


 俺は、今の生活に満足していない、加納の家に拾われた境遇も阿呆くさくて、鬱陶しい。どうせなら商家だったなら余計なしがらみもなく、俺の才覚で店を大きくしてやるって思えるんだけど。


 そもそも俺が拾われた経緯の話は八百長みたいなものだ。だからこそ、今の生活が阿呆くさい。

 この捨て子・拾い子騒動は実父と養父で企てた八百長に過ぎない。


 なぜこのような事をしたのかというと実父が高齢であることに起因するそうだ。

 この地域の迷信で父親が高齢だと子供が元気に育たないと言われている。

 そのため、腹心で家老の加納政直と図り、城下のとある松の木の根元に俺を捨て、たまたま通りかかった加納政直が、その子を偶然拾い育てたという流れになる。


 しかし俺はこの話を信じていない。

 なぜなら俺は第二代 紀州藩主 徳川光貞とくがわ みつさだの四男になるらしい。

 この辺りは拾われた経緯の建前上、はっきり説明されたわけではないので、屋敷内で聞いた噂話や悪ガキ仲間が聞きこんできた話などから知りえた事にはなるが。


 子供を元気に育てるために、ここまで回りくどい方法で子供を捨てるのかという疑問。

 確かに実の父 光貞は高齢だ。俺が生まれた当時で五十八歳。戦国時代より寿命は伸びてはいるとは言え、老境の域に入っている。


 だからといって、兄たちは三人もいるのだぞ。長男は手元で大事に育てるとして、次男かせいぜい三男であれば、お家を維持するための予備として元気に育ってもらいたいというなら理解できる。

 

 しかし俺は四男だ。家を継ぐ兄弟は十分居るだろう。

 となると、松の木の件は、妙にやりすぎで作為的に話を作ったのではないかと考えている。


 で、実際のところ俺が有力だと考える話は別にある。

 それは実父である徳川光貞のメンツにかかわる噂話があるのだ。


 その話というのは、俺の母親にかかわる事。

 母は、氏素性が定かではない端女の身分の人間で湯殿(当時の風呂)で働いていた。

 本来なら声をかけることすら許されないほどの身分の低い女であった。

 理由は定かではないが、何の気まぐれか、その女に光貞が手を付けた。女なら困るような立場にないし、老境の域に達している実父が色に溺れるような状況でもないだろう。

 しかし、その気まぐれの一件で俺を身籠ったという事らしい。


 到底、側室にすらなれない身分の母。

 そんな女に手を付けた実父。

 

 大げさすぎる松の木話は、このあたりの醜聞を隠したいのではと考えるのは自然な事だろう。

 

 事実、母は巨勢利清こせ としきよの娘という事になっているそうだ。

 いつの間にやら氏素性の定かではない、それどころか平民かも怪しい母は、紀州藩の設立当初から紀州藩に仕える由緒正しい武家の姫君となり、ある時、藩主 光貞に見染められ、側室に迎えられる事になったそうだ。


 藩主の気まぐれにより起こした騒動を、面子のために何人も巻き込んで、ここまで話を作るのだから、本当に愚かだとしか言いようがない。


 紀州藩士も皆、阿呆なのではないかと考えてしまう。

 そんな阿呆の取り巻く世界に入っていかねばならぬ、この身を嘆かずにはいられなかった。俺はそんな阿呆にはなりたくないんだけどな。

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