人魚

毎日この時間になると

私はこの海岸に来る。

あの美しい歌声が聞こえるからだ。

毎日聴いていると、

心まで綺麗になったような気がしてくる。


海岸から遠く離れた岩場の上に

歌声の主が腰掛けている。


あれは人魚だ。

上半身は人間、下半身は魚になっており、

何より美しい歌声を響かせている。


私はあの人魚に心酔していた。

そして少しでも気を引こうと

海岸に毎日食べ物を置いていった。


当初は人魚が何を食べるのか分からず

色々な物を置いて試行錯誤していった。

そして分かったのは、

『すぐに食べれる物』

しか食べないという事だ。


『すぐに食べれる物』というのは

例えば弁当やおにぎり、パン等々だ。

いくら豪華でも生肉は食べずに置きっ放し、

かと言って質素な物が好きかというと、

カップ麺は食べなかった。


考えてみれば当たり前だ。

海の中では火は焚けない。

調理が必要な物は

好き嫌い以前に食べる事ができないのだ。




食べ物を置き続けて1ヵ月以上が経ったある日、

仕事が急に休みになった私は、

いつもより早く海岸へ向かった。


もうすぐかというところで

海岸に一人の浮浪者の姿が見えた。


浮浪者は長い棒を使って、

器用に岩場に何かを置いていた。

そして手に持ったラジオのボタンを押した。


あの美しい歌声が聞こえ始めた。



私は全てを察した。



そして次の日、私は改めて、

豪華な生肉と、フライパン、

それからカセットコンロを置いた。


翌日から、歌声は聞こえなくなった。

浮浪者も全てを察したようだ。







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