第3話
その日は戦場にいた。
あちらこちらで銃声が鳴り響き、建物を崩落させんばかりの爆発音が聞こえる。五月蝿すぎて、逆にもう何も聴こえない。耳が麻痺したのだろうか?何発撃っても終わらない状況に絶望しかける。手が痺れ、意識も朦朧としてきた。
―世界平和の為だ。
雅黒にとって最も重要で大切な事。それだけを希望にまたも銃を握り、震える手で撃つ。人の肉片が飛び散り、血の匂いが散漫する。
「…死にたくない…」
すぐ近くで敵であろう見知らぬ男性が呻く。顔が血で濡れ、内蔵が見えていた。もう、亡くなるにも時間は無いだろう。とどめを刺す必要は無いと雅黒は判断する。
「どうした、早く撃て!」
「はっ…」
上司が雅黒に向かって叫ぶ。
「しかし、この人はもう―」
パァンッ
銃口から煙が上がる。上司の口元には笑みが広がっていた。
そこまでする必要があっただろうか?全ての人を殺さないと気が済まないかの様に。
―昔、まだ幼かった頃、色んな上司に人を殺す理由を聞いたことがあった。それぞれ違う回答を言われたが、確か一人の上司はこう言っていた。
「砂漠化、地球温暖化、環境破壊…それ等は全て人間が引き起こしたものだ。人間は愚かな生き物であり、この世には必要ない。だから、私達の手で消さなければならない」
―神の裁き。当時はそのように感じていた。かっこ良いと憧れてもいた。でも今はどうだろう?上手く頭が回らないが、かっこ良いとは思わなかった。
人を殺す事に意味はあるのか?雅黒はあって欲しい、と思った。世界平和の為ならなお良い。父はいつも言っていた。世界平和になりますように―、と。だから、自分がその願いを実現したい。雅黒は組織の言うとおり、こうして人を殺す事で叶うと思っている。父の願いならば、どんな手を使っても、何が代償になっても叶えたい。自分を唯一理解し、支えてくれた人の願いを。その為ならば、この気持ち悪さも倦怠感も耐えてみせると誓える。今までその為に、銃やナイフを百発百中で当てられるように、何千万回もの訓練をした。心臓、脳幹、大腿動脈、尺側手根屈筋、頸動脈、人を殺すには何処を狙うか、生かして傷付けるには何処を狙うか。生死を彷徨っても、体がボロボロになっても暗殺を止めない。それでやっと世界最強の暗殺者と呼ばれるような実力を手に入れた。
だけど、もし、自分の思う世界平和が父の言う世界平和と違ったら―?
雅黒は身震いした。
…いや、もうこれ以上考えるのは止めよう。
これ以上考えると自分がおかしくなっていく気がした。ほんの数秒目を瞑り、ゆっくりと開く。もう迷いは無かった。銃口を敵に向ける。
金属の様な血の匂いが雅黒の鼻を掠めた。
真っ赤な血液、それは狂気に満ちる瞳を通り過ぎた。
水よりも重い、だが油より軽い、血飛沫が飛ぶ音が血で濡れた耳に届いた。
十時間にも及ぶ戦闘にようやく収束が付いた。
「っ…痛ってぇ…」
体を少し動かすだけで激痛が走る。繰り返し言うことになるが、雅黒の得意分野は戦争では無く、暗殺だ。大型の戦闘機や、爆弾はナイフや銃に比べて使い慣れていない。筋肉痛、体の限界を超えている為、途轍もない痛みを感じるが、無傷だったのは運が良かった。
では何故そんな自分が戦争に参加することになったか。
それは、現在仲間が行方不明で人手が足りていない状況になっているからである。
一週間前辺りから仕事が終わってからも帰宅していないメンバーが数人いた。組織の調査員がその原因を探っているが、未だ理由が分かっていない。しかも、最初は少なかった行方不明者の人数も段々と数が増えていった。
ちなみに全員「選ばれし子供達」である。
―何故?
雅黒は何となく嫌な予感がして、唇を噛み締めた。
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