第2話
「あれ…、父さん?居ないの?」
それから三日後のことである。昼中、合鍵を使っていつもの時間に父の部屋に行くと、父さんは居なかった。
(―仕事だろうか?)
お互い仕事で忙しく、会える時間は短い。 雅黒は、別に会えなくとも平気だ、と言ったが父がそれを拒んだ。だから三日に一回、決まった時間の昼中に会う事になっている。
(変だな…、この時間は父さんも仕事が無いはずだが)
もしかして夜の分の仕事で何かあったのではないかと急に得体のしれない恐怖を感じた。
「確か仕事の資料はこっちだよな…」
本当は同じ組織といえど他の仕事の資料を見る事は許されない。だが、雅黒にとって父と組織を天秤にかけたら、圧倒的に父の無事を確かめる事の方が重要だった。
「昨日から今日の仕事の資料は、こっちのファイルか…?」
ファイルを手当り次第探り今朝の仕事の資料を探す。
―その時だった。
ハラリと資料の隙間から一枚の紙が床に落ちた。雅黒はすぐさまその紙を拾う。真っ白な面をくるりとひっくり返すとそれは写真だった。
「…どういうこと?」
咄嗟に雅黒が動揺を悟られない様にポーカーフェイスを取ったのは仕事の癖であろう。しかし、今はそんな事を気にする余裕も無いくらいにこの写真に頭をフル回転させていた。
そこには若い頃のであろう父と、見知らぬ小さな子供と女性が映っていた。父は子供と手を繋ぎ、楽しそうに笑っている。明らかに組織のアジトで撮ったわけではないだろう。そもそも証拠や身元を特定出来る写真を撮る事事態が組織が許すと思えなかった。
これは父が元々組織の人間では無かった事を示す、最も大きな証拠だった。
しかし、拉致される人間はほとんどが子供である。大人は少ない、というか聞いたことが無い。何故ならば、小さい頃から訓練を受けている者でないと武器の扱いや行動に不慣れな為、動きが鈍り、仕事に支障が出やすい。雅黒も拉致されたその次の年から銃を持たされて訓練させられていたらしい。それ程、この組織では訓練されていないと組織の一員として認められない。
また、大人は組織との関係が上手くいきにくいというのもある。自分達は世界平和を願って行っているだけなのに、彼らは自分達の行動を"悪"といい、組織を裏切ろうとしたり、組織の生活に精神を病み、精神病に陥ってしまう人が多いからだ。
父さんの写真をじっくり見てみると、消えかかって薄くなってはいるが日本語の文字で何か書いてあることが分かった。
「青磁…璃音…愛華」
青磁は父の名前である。つまり、残りの二つの言葉も名前なのだろう。子供の真上に璃音、同じく女性の真上に愛華と書かれているので、それがそれぞれの名前なのだと分かる。
何故そんな写真が此処にあるのか、いつの頃のものか雅黒には見当がつかなかった。
ただ思ったことは一つだけ。
「父さんには『家族』がいたのか…」
まだ彼女らが父の家族と決まったわけでは無い。それでも、そんな気がしてならなかった。
自分にとっての家族は父一人だけだ。そして、父にとっても家族は自分だと思っていた。だが、それは自分の一人よがりなのかもしれない。そう思うと少し苦しくなった。
―ガチャ
鍵を回す音が聞こえた為、瞬速で資料や写真を片付ける。
「ただいまー、雅黒いるかー?」
「おせーよ、どこ行ってたんだよ」
偶に仕事でも急なハプニングは起こるので特に動揺したりしない。なのに、何故か心臓はバクバクと力強く音を立てていた。
「いや…、ちょっとね。それより最近はどうだ。忙しそうじゃねえか」
「…まあな」
「そうだ、悪いが次の三日後は雅黒に会えないかもしれない」
「なんでだよ」
あの写真が脳内を掠める。雅黒は忘れようと髪をクシャリと掻き上げた。
「悪いな、仕事だから言えねーんだ」
ニヤッと笑って父さんは言った。
「なんだ?寂しいのか?」
「…ンなわけないだろ」
わざと冷めた目つきで父を見返す。それでも父さんはニヤニヤしたままだった。
それが父さんの最後の嘘であり演技でもあると知らずに。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます