〈十〉

「信乃は何食べたい?」

「ニンニクマシマシのジロー系ラーメン」

「本当に食べれる? 作るよ? がんばるよ?」

「すんません。嘘です。冗談です。勘弁してください」


 近所のスーパーマーケットにて、暈音がおもむろに大量の大蒜にんにくの束を掴んだのを見て、俺は早々に失言を撤回した。

 何でもできる幼馴染なら作りかねない。ショッピングカートを惰性で転がしていた俺は、カゴに入ってある普段なら絶対買わないだろう香辛料やら見たこともない化学調味料を見つけてしまって、冷や汗が止まらなくなった。こいつガチじゃん。


「真面目に答えないと冗談でも真に受けちゃうからね」

「へいへい。善処しまーす。……わかったから。ちゃんと考えますから。まずそのお徳用のニンニクを戻せ。俺が吸血鬼なら昇天してんぞ」


 俺の慌てっぷりを堪能したのか、くすくすと小さく笑う暈音は袋詰めにされた大蒜にんにくの束を商品棚へと戻した。明日も学業に励まねばならない俺にとって、大量のニンニクを投入した晩飯を胃袋に収める行為は、紐なしバンジージャンプと同義である。口臭で学校出禁になったらどうしてくれるのだ。


「お昼は何食べたの? お弁当?」

「コンビニのおにぎり。シャケとツナマヨといくらと昆布。あと牛乳」

「さすがは男の子。いっぱい食べるんだね。牛乳はやっぱり子供っぽいけど」

「あ? 牛乳ナメてんのか? 牛乳はな、甘くてな、カルシウムもいっぱいでな、最ッ強なんだぞ。わかってんのか」

「はいはい。信乃はもっと他の栄養も摂ろうね。主にブドウ糖とか」

「……? ぶどうは好きだぜ。甘えし」

「そういうところだよ」


 気のせいだろうか。暗に「バカ」と揶揄からかわれたような気がした。


「うーん。どうせ、信乃のことだから、食生活は壊滅的だろうし、今のうちに矯正しておかないと、後々になって生活習慣病なんてことにもなりかねないし、栄養はしっかり摂らせないと……」


 ブツブツと小難しい独り言を口にしながら、手にした商品の成分表と睨み合う幼馴染の端正な横顔を朦朧ぼんやりと眺める。

 相変わらず、顔だけは綺麗な女だ。流石は人気モデルといったところか。

 今の彼女は、黒縁くろぶちの大きなメガネをかけて、頭にベレー帽を載せている。もしもこれが変装のつもりなら、一度自分の容姿を見直した方がいいだろう。テメーのツラはその程度じゃブレねえんだよ。

 実際、先程から何名かの店員が浮ついた様子で、暈音を見物しようとしきりに近付いて来ているのが何よりの証拠だ。万が一にも写真を撮られると面倒くさそうなので、ショッピングカートや身体を使って、さりげなく壁になってはいるが、限界は訪れるだろう。


 SNSとかで拡散されたらどうするつもりなんだ、こいつ。


 己の身体に注がれる熱烈な視線には、とっくに勘付いているはずなのだが、本人は気にも留めてない。何事もないように澄ました顔で買い物を続けている。

 慣れっこなのだろうか。撮られても構わないのだろうか。いやいや、俺が困る。撮るならツーショットだけはやめてくれ。嶋野だけならまだしも、全国の暈音コイツのファンから命を狙われるのだけは勘弁願いたい。


 まあ、俺がなんとかして凌げばいい話か。


 こう見えても気配には敏感なんだ。喧嘩で長年培ってきた抜群の第六感センスってやつだろう。背後から殴りかかってきたヤツにもカウンターをお見舞いできるし、不意打ちで腹ア刺しにくるヤツも病院に連れてってもらえる。精度はかなりのものだ。これを一ノ瀬に自慢したら本気でキモがられたが、俺は特技だと思っている。ちょっとした敵意や殺気なんかは見逃さねえ。


 ……あれ? この場合、別に敵意でも殺気でもなくね?


「──ねえ? ねえ、聞いてる、信乃?」

「ぐぬぬぬ……。普段マイナスな感情しか向けられねえ俺じゃあ、反応できねえタイプの気配じゃねえか……! 二度負けた気分……!」

「何の話? もしかして、ものすごく悲しい話してる? とにかく、私の話は何も聞いてないってことだけは確かだね」


 神経を尖らせて、周りの気配を血眼になって探っていた俺の無防備な後頭部へ「えいっ」と柔らかい手刀が振り下ろされた。ピコピコハンマーの方が格段に痛い。なんとも弱々しいチョップであった。

 とりあえず、黙って振り返ってみると、わざとらしく両頬を小さく膨らませた暈音が、これまた男心をくすぐる上目遣いで俺を見上げていた。あざとさの権化みたいな仕草ではあるが、彼女がやると、どうしてもサマになってしまうので始末に負えない。


「なんだよ」

「二人っきりなんだから、私を見てよ」

「はあ?」

「あっ。間違えた。こういう時は、私の話を聞いてよ、だったね」

「どんな間違いしてんだ」

「ふふ。故意だよ」


 なんだコイツ。おちょくってんのか。


「別に周りの目なんて気にしなくていいよ。あとで声かけてきた人にはちゃんとそれなりに対応するし。

 心配してくれてたんだよね。私のために、ありがとう。ちょっと嬉しいかも」

「いや、俺の身の安全のためだが?」

「ありがとう、私の身のために」

「塗り替えんな」


 眉一つ動かさず、満面の笑みのまま、人の言葉を勝手に改竄する女がいる。俺の幼馴染だった。怖い。


「誰が好き好んでテメーのボディーガードみてえな真似なんかするかよ。それならまだ蟻ンコの行列見守ってる方がマシだぜ」

「ふーん。じゃあ、今日の夕飯は蟻さんのご飯と同じようなものでも良いってこと?」

「あ、アリの……ご飯って、なに……? 砂糖とか?」

「虫って意外と美味しいらしいよ。私は食べたことないし、食べないけど」

「うわおおおい! そこの物陰から見てるオマエら! 見世物じゃねえぞゴラア! 暈音サマを盗撮なんて、俺の目が黒いうちはぜってえさせねーからなあ!」

「手の平返し早ぁ」


 獰猛な番犬の如き鋭い睨みで、こっそりと近くまで集まっていた店員や他の客を一斉に蹴散らす。悪いな。俺も虫は食いたかねえんだ。

 胃袋を掴まれるって、こういう状況のことを意味するのだろうか。たぶん違う。


「さてと、虫は半分冗談なんだけど」

「半分!? もう半分はどちらへ!?」

「美味しいらしいよ」

「本気なのかよっ!? 普通のモン食わせてくれよお!」

「はいはい。じゃあ、リクエストはある? 私、料理のウデには自信ありだから。信乃の食べたいもの何でも作ってあげるよ」


 彼女の発言に嘘は一切含まれていないのだろう。本当に何でも作る気なのだ。たとえ、俺が突拍子のない気紛きまぐれで、異国の郷土料理を所望したとしても、彼女は己の才覚を発揮して、完成に辿り着いてしまう。

 もちろん、俺にそんなチャレンジ精神は微塵もない。安直なモノでいい。でも、食べたいモノもこれといって考えていない。虫じゃないならそれでいい。

 胃袋は大きい方だと自負しているが、舌が肥えているわけではないのだ。食えりゃあそれでいい。男子高校生なんて殆どそんなものだろう。少なくとも俺はそうだった。

 だから、捻り出した一品も普通を絵に描いたような、何の面白みもないものであった。


「じゃあ、ハンバーグで」

「ふふっ、かわいいオーダーだね」

「おい。なんでもって言ったじゃねーか」

「ごめんごめん。それじゃあ今晩はハンバーグにしよっか。目玉焼きのせる?」

「のせる!」

「すごい食い気味……。野菜はどうしよう。ポテトサラダでいい?」

「そこらへんは何でも良いです。文句は言いません」

「急に謙虚になった……。それじゃあデザートは」

「プリン!」

「もしかして、私にお子様ランチ作らせようとしてる?」


 買い物を終え、しばらくファンサービスと称した握手会や撮影会をこなし、ようやくスーパーマーケットを出ると、辺りはすっかり暗くなっていた。

 夜である。

 紫がかった空には丸い月が金色の星々を従えて輝いている。虫の音色と蛙の唸り声が遠くで響き、肌に触れる静かな風は清涼としていて、今宵もまた夏の夜が訪れたと囁いているようだった。


「いっぱい買ったつーか、買いすぎじゃねえかこれ。さすがに食い切れねえよ。ホームパーティーでもするか?」


 中身が今にもあふれそうなほどに詰まったぱんぱんのエコバッグを抱えた俺は家路を進みながら、たまらず疑問を口にした。

 すると、暈音はいつものニコニコした顔で「どうせパーティーするほどお友達いないでしょ」と、ナイフみたいに尖った煽りで俺を黙らせる。このアマ、知ったような口を……! 合ってる、けれども……!


「言っておくけど、信乃の食事の面倒は全部私が見るからね。信乃のお母さまにも託されちゃったし」

「余計な世話を……」


 無気力な溜め息を一つだけ吐き出して、重たい荷物を両手で持ち直すと、ずっしりとした重みが腕に伝わる。

 スーパーマーケットから我が家までの距離はざっと二キロ半に及ぶ。残念ながら、公共の交通機関には頼れない。そういう地元である。ひたすら人気ひとけの少ない住宅街を歩き続けなければ、愛しき我が家には辿り着けないのだ。今更、それを不便と感じたくはないが、流石に辟易する。


「やっぱフツーにおめえわ。なんか無えの」

「なにかって?」

「そりゃあ、お前の得意なだよ」


 忘れてはいけない。俺の幼馴染は退魔師なのだ。常人には決して真似できない、タネも仕掛けもない魔法のような陰陽術を、彼女は息をするように使いこなせる。

 だから、この重たい買い物袋に羽根を生やすとか、足を生やすとか、キャタピラ生やすとか、なんでもいいからなんかやってくれよ──と、軽い期待の眼差しを送ってみたが、暈音は困ったように少しだけ微笑むばかりであった。


「使ってあげたいのは山々なんだけど、陰陽規定っていう退魔師のルールの中に、公共の場所での陰陽術の使用は控えましょうっていう項目があるの。ごめんね」

「ンだよ。ケチくせえのな、退魔師って」


 そう愚図ると、何が可笑おかしかったのか、暈音は頬を小さく弛ませて笑った。


「これはね、退魔師を人間にするための規定なんだよ」

「人間? 人間も何も、元から人間じゃねーか」

「人とは脆弱である。他と一線を画す〝力〟を得た退魔師は人にあらず。

 でも、その力さえ手離せば、退魔師は人と何ら変わりない。だから、人であるために、人として生きるためにも、陰陽術は極力使わないようにしましょうってコト」

「……? なんかムズかしいな。よおーわからん」

「ふふっ。わからなくてもいいよ。信乃は人間だからね。だから、そう、退魔師じゃない、ただの大日女暈音ができることは……これぐらいかな」


 暈音はそう言うと、真っ白なてのひらを俺に向けて差し出した。どうやら一緒に荷物を運んでくれるようだが、彼女の細い腕は如何にも非力そうで頼りない。

 それに加えて、彼女には自分の荷物がある。東京から遥々と引き摺ってきたのであろう旅行用のキャリーバックはそれなりの大きさを有している。

 小柄で華奢な幼馴染にこれ以上の重荷を負担させるというのは、いささか気分が良いものではない。

 あとこれは完全に私情であるが、バッグに縫い付けられた持ち手の紐を分け合って、二人で仲良く持ち上げるという構図が気に入らない。何故かは上手く説明できないが、とにかくマズい気がする。

 結局、俺は一人で荷物を担ぐことを選んだ。


「ふん。そういうことなら助力は要らねえ」

「そう。残念」


 何がだよ。またおちょくるつもりだったのか。


「にしても力持ちだね。さすが男の子」

「へへっ。学年じゃあ握力ダントツ一位だぜ」

「学力は?」

「今期はアレだった。鉛筆の調子が悪かった」

「転がしたんだね」

「〝ア〜エ〟の選択問題を〝abc〟で解答しちまった」

「せめて問題文は読もうよ」


 呆れながらも気品ある笑顔を浮かべる幼馴染。よく笑う彼女を見ていると、何だか此方こちらまで釣られて笑ってしまいそうになる。

 だが、勉学の話題は正直もう御免被ごめんこうむるので、別の話題に変えるべく、俺は両手の荷物に視線を落とした。


「それよりもこの食料。テメー何日居座るつもりだ」

「未定。早ければ一週間ぐらいで帰るよ。遅くても一月……ぐらいかな」

「俺の夏休み、全部奪ってくつもりか」

「遅くてもだよ。任務が滞りなく済んだら、東京にすぐ戻るよ」

「あ? 任務?」

「そうそう。私、退魔師の実習で来てるから」


 初耳であった。てっきり早めの夏休みをもらって、羽を伸ばしに懐かしき故郷に帰ってきたのかと決めつけていたが、彼女には彼女の事情があったらしい。


「一人でか?」

「うん」


 当たり前のように暈音は返答する。


「本当なら、担当教官の指導の下、三人以上の班を組んでから研修任務に当たるんだけど……私ってほら、ズバ抜けて優秀だから。

 それに……上の方が今、かなり揉めてるみたいで、どこもかしこも人員不足なんだよね」


 つまり、私みたいに階級の高い実習生を指導できるほど熟達した退魔師の手は空いてないってこと──と、暈音は得意げに付け加えた。


「私の階級が第三等級だから、少なくとも、三等以上レベルの人たちじゃないと指導できないの。でも、それぐらい高い階級の退魔師はみーんな現場に駆り出されてるから、どうしても私が一人でやることになっちゃうんだよね。

 まあ、私は一人でも大丈夫だろうって、信頼されるってことでもあるんだけど」

「はーん。その……階級? ってのはよくわかんねーけど。退魔師って、そんなに少ねえのか」

「少ないっていうか、みんなすぐ死んじゃうから」


 これも当たり前のように暈音は言った。

 空が曇れば雨が降る。日が落ちれば夜になる。そんな常識的な摂理を口にするように、大日女暈音は平然と死を許容した。

 言葉の中に悲哀は見当たらなかった。感傷も葛藤も滲んでいなかった。ただ、あるべき事実を淡々と述べている。教科書の文字を読み上げているような泰然とした声色。

 でも、それは明らかに経験が無いと喉から到底絞り出せないものに違いないだろう。みんなすぐ死んじゃうから──と、彼女は自分で目にしてきた光景を事実として割り切って、受け入れているのではないか。喉の奥まで飲み込んで、蓋をしてしまっているのではないか。


 俺には、そう思えてしまった。


「ああ。ええと。ごめんね。なんか暗い話になっちゃった。ごめん」

「謝んなよ。テメーもしたかねえだろ、そんな話」


 自分が吐き出した鉛の言葉に気付かなかったのか、がらにもなく少しだけ動揺する暈音に、俺はその程度のことしか言えなかった。安っぽい慰めの言葉など、気休めにもならない。少なくとも、無関係の位置に立つ俺の言葉には、何の力も宿らない。

 だから、それ以上は黙って夜空の下を歩き続けるしかなかった。

 すると、暈音は意外そうな顔をして、俺の横顔をまじまじと見つめる。


「心配してくれてるの?」

「……ンなわけあるか。どういう思考回路してんだ。段ボールに詰めて東京に送り返してやろうか。産地直送だぞコノヤロー」

「ふふっ。ありがとう。信乃は優しいね」


 人の内心を見透かしたような口振りに、俺は文句の一つでもを垂れようかと思ったが、本気で嬉しそうに表情を緩めている彼女を視界の端に入れてしまい、何も言えなくなった。

 やっぱり、俺は幼馴染コイツに弱いらしい。


「……ったく。んじゃあ、さっさと実習? とかなんか終わらせて、東京に帰れよ。テメーはこんな辺鄙な場所で腐ってていい女じゃねえだろ」

「えー。そんなにはやく帰ってほしいの?」

「長いとこ居たって、やるこたあねえだろ、こんな田舎」

「そう? 私は好きなんだけどね、こういう何もない静かなところ。

 まあ、実際パパッと帰れるかどうかもけっこう難しい話ではあるけど」

「なんだ? なんか問題でもあんのか」

「実際に視てみない限りは何とも言えないけど、この町、思った以上に深刻なことになってるかも」

「深刻? ああ。確かに過疎化は進んでるらしいぜ。スタバの一つも無え町に、若者は居着かねえのかなあ」

「そうじゃなくて。そういう社会的な話ではなくて」


 俺の的外れな発言を制して、暈音は一息入れると。


「龍脈が暴走してる」


 張り詰めた弦のように鋭い声でそう告げた。


「りゅうみゃく……って、アレだよな。なんかスゲー感じの……エネルギーかなんかの……アレだよな」

「土地に流れる霊的な気の回路だよ。何本にも枝別れする河川をイメージするといいよ。ていうか、信乃が龍脈の意味を何となくでも知ってることがかなり意外なんだけど」

「まっ、俺も勉強してるってことよ」

「絶対してない。たまたま今日教えてもらったとかじゃない?」

「なんでわかんだよ」


 僅かばかりの見栄さえも挫かれる。この幼馴染が持つ俺への理解力は一体何なんだろう。


「つーか暴走って言ったよな? 暴走したら何かマズいのか?」

「龍脈の活性化は、妖魔の動きを活発にさせる。人を害する妖魔が積極的に活動するようになるってことは、人的被害が爆発的に増加するってこと。

 ねえ、信乃。ここ最近になって行方不明者が急に増えたりしてない?」


 腹の内を覗き込むような暈音の質問に、俺は背筋が凍るような戦慄めいた緊張を覚えた。今朝方、目に焼き付いた光景は記憶に新しい。失踪した子供を探す貼り紙の群れ。無垢な笑顔のまま写真の中に取り残された子供たちの顔、顔、顔――。


「……ああ。増えてる。子供を狙った、神隠し」

「そっか。派遣された退魔師じゃ、手に負えなくなってるのかも」

「手に負えないって、じゃあ、どうすりゃいいんだよ」

「それはもちろん――――……」


 言い澱むわけでもなく、声を次第に詰まらせた暈音の視線が虚空の闇に投げられた。

 不意に、路上の真ん中で暈音は立ち止まり、キャリーバッグを転がす騒音も途絶え、狭い住宅街の一本道に渇いた静寂が降りてくる。


 等間隔に置かれた街灯が延々と路地を照らす。車の音も動く人影もない。数十メートル先は遊具の少ない公園を隔てて十字路となる。その更に先は信号機が設置されている二車線の道路がある。やはり車の気配はない。

 暈音が息を潜めて凝眸していたのはその周辺だった。彼女の瞳は軽蔑するかのように冷ややかに細められ、静まり返った月夜の常闇を睨み続けている。

 声をかけようか躊躇われるが、俺はいよいよ我慢できなくなり、なるべく小さな声を用いて名前を呼んだ。


「暈音?」

「ごめん。信乃」


 短い返答は謝罪。

 続く言葉は――。


「巻き込んだ」


 醜い声にかき消された。

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