第8話 アパート(家賃ただのからくりは)

  これは人から聞いた話。


 Aちゃんという女の子がいた。年齢は18歳。声優の専門学校に通っている。身長147センチと小柄だけど、顔が小さくてバランスが取れてる。子どもみたいな体型。顔はアイドルみたいにかわいかった。もし、プロの声優になれたら、人気が出そうな感じだった。最近の声優さんはルックス重視だから、その中に入っても抜群にかわいいだろうと思う。アイドルでもいけそうな容姿だけど、本人曰く、人前が苦手だったらしい。


 実家は都内だったけど、親と仲が悪くて、早く家を出て一人暮らしをしたかった。親は大学に行けというけど、どうしても声優になりたくて、教育ローンを借りて専門学校に通っていた。それでも、親はいつも小言ばかり行っていた。知ってる子たちはみんな四大に進学してるのに、専門学校なんて恥ずかしいというものだ。Aちゃんは、居酒屋でバイトして20万ほど貯めると、物件を探すために不動産屋に通うようになった。


 若い子が一人で不動産屋に行くと、変な物件を紹介される。

 できれば、中年のおじさんなんかと一緒に行った方がいいけど、Aちゃんには頼める人がいなかった。


「2階で家賃が安くて、お風呂とトイレがあるところがいいんですけど」

「じゃあ、和室でもいいの?」

「いいえ。フローリングがいいです」


 家賃の安い所なんて言うと、不動産屋はあまり親身になってくれない。風呂なし物件ならともかく、「家賃が安いところで」なんて言う人は、滞納のリスクがあるからだ。それに、専門学校は、大学なんかよりもやめてしまう学生が多いから、あまり好まれない。不動産屋っていうのは、人によって紹介する物件が違うし、十三屋とうみつやなんて言われるくらい、ウソが多いと言われている。本当のことは3割しか言わないなんて例えられることもある。


 言っては悪いけど、Aちゃんは馬鹿だったと思う。せめて友達と一緒に行けば、状況を客観的に見られたかもしれないのに、ひとりだからある部屋を即決で申し込んでしまったんだ。


「君にピッタリの部屋があるんだよ。家賃タダ。光熱費もいらない。家具家電付き。1階にお年寄りが住んでてね。その人の日常の買い物とか、病院の付き添いを手伝ってくれればいいんだよ。掃除と食事はヘルパーさんを頼むけど、買い物とか病院の付き添いって、時間が長いから結構お金がかかるからね」

「はい。でも、昼間は学校なので」

「病院は土曜日でもいいし、買い物はいける時で大丈夫だから。近所に24時間スーパーもあるし。あとね、玄関の外にゴミを出しておくから、ゴミの日に捨てるとか。そういうことだけ。見に行く?」

「はい」Aちゃんは元気に返事をした。


 服装はメイド服みたいなフリフリの洋服で、秋葉にいたらピッタリはまる感じだった。性格もいいし、かわいいし。

 だけど、アホっぽい。


***


  Aちゃんが連れて行かれたのは普通のアパートだった。

 2階建ての木造。各階4部屋。道路に面した間口が狭くて、奥に長く伸びているような物件。1階は日当たりが悪そうだった。


 部屋は天然木のフローリングで風呂トイレが一緒の物件だ。もともと安いのだけど、それでも5万以上はするだろうと思った。Aちゃんはすぐそこに決めた。


「はい。ここにします」

「わかった。じゃあ、もう他の人に紹介しないから。前の人が出て、まだ2週間しか経ってないんだよ。ここはすぐ決まっちゃうからね」

「前はどんな人が住んでたんですか?」

「君みたいな若い子でね。女優の卵だったけど、結局諦めて田舎に帰ったんだよ」

 Aちゃんは自分も夢を追って生きているから、その人にはちょっと同情した。


 しかし、何で自分だけが大家さんの世話をしなくてはいけないかが疑問だった。他にも部屋があるのに。


「君、彼氏はいるの?」

「はい。います」

「壁薄いから気をつけてね」

「はい」

 Aちゃんは意味がわからなかった。

「いいよね。若いうちはこういう安いところに住んでさ、夢を追いかけるって。私も楽しみにしてるんだよ。この部屋に有名な人が住んでたって言えるようになったらいいなって。電気代も入ってるから、怖かったら電気つけっぱなしで寝てもいいよ」

「はい」Aちゃんは地球温暖化してるのに、電気代を節約しないなんてありえないと思っていた。


 不動産屋はニヤニヤした顔で言った。


「1階に大家さんがいるから、挨拶行こうか?」

「はい」


 大家さんの部屋は1階の一番道路側にあった。Aちゃんは2階の一番手前。大家さんの上の部屋だった。大家さんの部屋のドアの外には、車いすが置いてあった。足が不自由らしかった。


 玄関のインターホンを鳴らすと、初老の男性が出て来た。

 普通に歩いて玄関まで出て来た。年齢は70代前半くらいだろうか。ぱっと見元気そうで、介護が必要な様子は見受けられなかった。服装は上下スエットで毛玉がいっぱいだった。顔はしばらく髭を剃っていないようで、白いと黒いのがまばらに広がっていた。歯は黄ばんでいて前歯が何本かなくて、目ヤニもついていて、不潔な感じだった。


「斎藤さん、新しい入居者の女の子です」

「ああ、君いくつ?」何となく品定めされているようだった。ニヤニヤしている。

「19です」

「頑張ってね。いつから越してくるの?」

「え、いつからだったらいいですか?」

「電気、ガス、水道もう使えるから、今日からでもいいよ」

「え、本当ですか?」

「うん。店に戻って書類書いてくれたら鍵渡すから」


 普通の賃貸借契約は申し込みの後に契約があるのだけど、そこは普通の契約ではなかったようだ。多分、おじいさんの世話を住み込みでやるという、無償のアルバイトのようなものだ。Aちゃんは一抹の不安を感じながら、実家を出られると思うと嬉しくて、その気持ちを封印した。


「あ、あの・・・病院とか、買い物はどうしたらいいですか?」

 Aちゃんは尋ねた。アポっぽい服装とは裏腹に、わりときちんとした子だったのだ。

「病院は第三土曜日の午前中。買い物は頼んだものを買って来てくれればいいから。あ、Line教えてくれる?それで連絡するから」

 Aちゃんは、随分、しっかりしたおじいちゃんだと思った。自分の祖父母はLineどころか、携帯の操作もおぼつかないからだ。

「じゃあ、Line交換しようか。今携帯持ってくるから待っててくれる?」

 おじいちゃんは嬉々として部屋の奥に入っていった。ちょっと気持ちが悪かった。Aちゃんはかわいかったから、よく男からLineIDを聞かれたけど、できるだけ教えないようにしていた。もともとガードが堅かったんだ。大家さんにも教えたくなかったけど、他に連絡手段が思いつかない。


 大家さんの振る舞いはずっと奇妙だった。中年の人でさえ、Lineを送るのはできても、Line交換に手間取る人はたまにいる。

 でも、大家さんはすっかり慣れている様子だった。普通のお年寄りより元気じゃない・・・。車いすなんているんだろうか。

 

 ***


 Aちゃんは、1時間後、商店街にある〇〇不動産の店舗にいた。入居申込書を書いた。その申込書には、小さな字で「職務内容:ヌードモデル。入居の条件として、24時間の撮影と録音に同意するものとする。その他、大家〇〇氏の介助(排泄・入浴・食事・外出・買い物代行・性処理)を毎日指示通りに行うこと。入居者が1年未満に退室した場合は、損害賠償100万円を支払う」と、記載されていた。Aちゃんは学生だったから、そんなことが書いてあるとは思わなかった。てきぱきと、実家の住所、名前、電話番号、在学中の専門学校名を書き込んでいた。


「字がきれいだね。習字やってたの?」不動産屋は気を散らせるために話しかける。

「はい。小1から」Aちゃんは嬉々として答える。やっぱり人から褒められるのは嬉しいもんだからだ。


 Aちゃんは申込書を書き終えると、不動産屋に渡した。笑顔で愛想のいい子だった。

「じゃあ、鍵ね。途中で嫌になっても1年は我慢してね」

「でも・・・」

「大丈夫。大家さん優しいから。あの人は資産家だから上手に甘えれば、色々助けてもらえるよ」

 不動産屋は笑った。

 


***


  Aちゃんがアパートに越して一週間が経った。家賃がただのおかげで、布団を買うことができた。ベッドや家電製品はもともとついているし、本当にラッキーだと思った。大家さんは面倒なことは言わないし、病院の通院も月1回だけだったから、まだ行ったことがない。買い物をして、ゴミ出しをするだけで家賃がタダになるなんてラッキーだった。


 Aちゃんは、それまでの所は別に大変じゃなかったから、頼まれた仕事は嫌がらずにやっていた。

『Aちゃん、帰りにスーパーで醤油と麺つゆを買って来てもらえないかな?』

『了解です』Aちゃんはスタンプで送った。

 大家さんは、銘柄とかにこだわりがないから、指定されたスーパーに売っている一番安い物を買っていくだけでよかった。それも楽だった。


 ***


「斎藤さん、どうですか?Aちゃんは」不動産屋は尋ねた。

「いい子なんだけどねぇ。かわいくて素直だし。頼んだことをちゃんとやってくれるから」

「いい映像取れてますか?」

「それがちょっとね。夜遅いし、ほとんど家にいなくて。電気消しちゃうから、全然いいとこ見れないよ」

「彼氏が来たりもしてないんですか?」

「いないんじゃない?電話もしてないし。いたら電話くらいするよね?」

「裸見れてないですか?」

「でも、幼児体型だよね。胸全然ないよ」

「ああ、体型は好みですよね」

「別の子に変えてくれない?」

「はあ・・・けっこういい子だと思ったんですけどね」


 ***


 不動産屋は追い出し作戦を決行することにした。

 取り合えず、Aちゃんの部屋の玄関のカギを開けておいた。


 家に帰って来て、玄関の鍵が開いていたら、一人暮らしの女性なら空き巣に入られたのかと不安になるはずだ。


 Aちゃんは家に帰ってみて、玄関の鍵が開いているからびっくりした。絶対閉めたはずなのに・・・。恐る恐る家の中に入った。とりあえず、風呂場や人が入れそうなところは全部確認した。よかった・・・誰もいない。Aちゃんはほっとした。


 もしかしたら、誰かが入ったのかもしれない。自分の荷物を調べてみた。仮に誰かが触っていたとしても、気が付きそうになかった。バイト代が振り込まれる通帳や印鑑などはそのままだった。


 Aちゃんは不安でその夜はよく眠れなかった。部屋にいても誰かに見られている気がしていたたまれなかった。


 次の日家に帰って来た時も、玄関の鍵が開いていた。居酒屋のバイトだから夜遅くて、もう12時近かった。Aちゃんは怖くて泣いてしまった。


 次の日も、バイトがあった。その時はもっと怖くて、駅から誰かが跡を着けてくる気がした。普段は誰も歩いていないような静かな道なのに、ずっと誰かが後ろを歩いていた。それも男だった。今、アパートに入ったら家がばれてしまう。AちゃんはUターンしてコンビニに行った。すると男も後からついてきた・・・。


 ***


「誰かが後をつけてくるんです」

 Aちゃんは交番で泣きながら訴えた。かわいい子だからだろうと警官は思ったが、そんなことは口が裂けても言えない。警官も男だから、かわいい子が入って来るとラッキーと思う。これは仕方がない。その人は30代でまだ独身だった。警察の人は結婚が早いらしいけど、その人は女性にモテなくて独身だった。体格はいいけど、顔はそれなり。


「じゃあ、ご自宅まで送りますよ」

 警官はワンチャン付き合えるといいなと思って、Aちゃんに親切にする作戦に出た。Aちゃんは心からほっとして、警察の人と一緒に歩いて歩いて行った。警察の人が守ってくれるから、不思議なほど全然怖くなかった。


 Aちゃんはずっと愛想がよかった。普段から、アイドルみたいにふるまっている子だったから。

「あ、あのアパート・・・住んでるんだ」勘違いした警官はため口で話始めた。「駅から遠いし、ちょっと怖いよね」

「それに最近、家に帰ると玄関の鍵が開いてるんです」

「じゃあ、誰か入ってるのかな」

「はい・・・多分」

 その人は一緒に部屋の中を見てくれた。女性の一人暮らしの部屋に入ってドキドキしていた。

「とりあえず、戸締りちゃんとしてね。もし、夜遅く帰る時は、交番に寄っていいよ。俺、いる時は送るから」

 警官は笑顔で去って行った。Aちゃんは嬉しくて泣いてしまった。世の中捨てたもんじゃない。


***


  警官はAちゃんと別れてから、スマホを取り出した。


 スマホの画面にAちゃんが脱衣室で服を脱ぐ姿が映っていた。今目の前にいた女の子の裸。警官は興奮した。

「あの子だったんだ・・・結構、好きだったんだけどな・・・大家さん追い出しにかかってるんだ。実物もかわいかったのに残念だなぁ・・・引越す前に連絡先聞こう」と、心の中でつぶやいた。


 警官はAちゃんの入浴シーンを眺めながら、前の獣人のことを思い出していた。深夜に、あの部屋の住人が交番に駆け込んできたことがあった。モデルか女優かと思うような、すごくきれいな子だった。その時も、警官はドキドキした。


「どうしました?」


 その子は、大家さんが盗撮しているんじゃないかと泣きながら訴えて来た。

「照明を掃除しようと思ったら、カメラみたいなのがついてて・・・。ベッドの下も盗聴器が仕掛けてあったんです。トイレと、脱衣室にも」

 男だから美女を盗撮したくなる気持ちはわかる。

 でも、そんなことを顔に出してはいけない。


 警官は大家を尋ねて行った。

 しかし、その県には公共の場以外での盗撮を取り締まる条例がないとわかっていた。とりあえず口頭で注意することにした。どうせやめるわけない。取り締まる法律がないんだから。


 警官は夜だったがインターホンを鳴らした。そして、ありふれた言葉を投げかけるだけ。

「盗撮はやめた方がいいんじゃないですか?苦情がでてますから」

「お巡りさん。見逃してくださいよ。IDとパスワード教えますから」

「え?」

「録画もありますよ」

「え、さっきの子の?」

 警官はニヤニヤした。

「編集していいとこだけ撮ったのを差し上げますから。ぐふ、ぐふ」

 早速教えてもらったサイトにアクセスした。


 2階では、女の子が引越しの準備を始めていた。必死で洋服をかき集めている。それまで普通に暮らしていたのに、気が付いた瞬間にその空間が恐怖へと変わる。


「出てっちゃうのか・・・もったいないな。録画どのくらいあるのかな」

 警官はつぶやいた。


 ***


 結局、Aちゃんはなかなか出ていかなかった。夜遅くなると交番に立ち寄って、警官たちから自宅まで送ってもらっていたからだ。

 

 大家さんが気が付いた時には、Aちゃんの部屋の映像に非番の警官が映っていた。その人がAちゃんの初めての彼氏だった。彼氏は性行為をする時には電気を消す派だった。大家や他の同僚に見られていると知っていたからだ。

 着替えを覗かれてるから、そろそろ引越させよう・・・警官は思いながら、暗がりでAちゃんにキスをした。


 ***


 盗撮は県によって、対応が異なります。

 すべての県で規制されているのは、不特定多数の人が利用、出入りできる公共の場所・乗物(駅・公園・電車・バス・飲食店・ショッピングモール等)のみで、それ以外の場所での盗撮は、県によって無罪になってしまうようです。


 男子トイレでの盗撮も起きており、性別に関係なく、誰かに見られている可能性はありますのでご注意を。

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