第7話 未来人

 昨日、『南海トラフ巨大地震が起きるかもしれない』というデマが、SNS界隈を駆け巡っていた。俺も知人から、『こういう話があるんですよ!気を付けて』と忠告されていた。その人によると、TikTokやYouTubeでは何か月も前から、7月4日に巨大地震が起きるという動画が沢山流れていたそうだ。


 俺はそれを聞いて、会社のリュックに折りたたみのヘルメットを入れて出勤していた。南海トラフ地震が起きた場合に、甚大な被害が予想される和歌山県などでは、仕事や学校を休んだ人もいるかもしれない。

 しかし、専門家の話によると、頻繁に起きているマグニチュード4以下の地震は大体当たるが、巨大地震が「いつ・どこ」で起きるかという詳細な予知は今のところ困難と言われている。今回の未来人の予測は、悪意のないデマという感じだったのだろう。

 この件については、昨日中に大手ニュースサイトで取り上げられることはなかったが、今朝になって記事になっていた。この辺は適切な判断だと思う。俺みたいに動揺する人が出てくるからだ。


 結局、何も起こらなくてよかったのだが、どうやら、この予言の出所は”2054年からやって来た”未来人”のツイートらしい。未来人っていうのは、都市伝説やオカルト好きの人じゃなかったから何のことかわからないかもしれない。未来からやってきたタイムトラベラーと名乗る人が、過去にもTwitterなどに出現して、これから起こるであろう重要な出来事をツイートしていた。これを聞いた時点で、興味を持ってのめり込む人と、馬鹿馬鹿しいと思う人がいるだろう。俺は半信半疑で聞いてしまうタイプだ。ノストラダムスの大予言が外れた経験を持っていても、いまだに信じてしまうところがある。


 例えば、2000年にネットに現れた未来人、ジョン・タイターという人については本まで出ている。2036年からやって来たと言っているが、彼の予言は大きく外れている。例えば、オリンピックが何十年も開催されなくなる、アメリカが内戦状態になる、2015年にロシアがアメリカ、中国、ヨーロッパに核爆弾を投下して、第三次世界大戦が起こる。その後、台湾、日本、韓国が中国に併合される等だ。


 でも、現在の国際情勢を考えると、ロシアがアメリカとヨーロッパに核爆弾を投下して、中国が東アジアの国々を併合するのは今からでも起こりえる状況ではある。


 それに、予言に関してはこんな話もある。昨年話題になった竜樹諒という元漫画家の女性が書いた、「私が見た未来」という本がある。56万部も売れているそうだ。彼女の場合は、1996年に書いた漫画の表紙に「大災害は2011年3月」と書いてあったから捏造ではない。その数字は、締め切り間際に日付が浮かんで来て描き足したらしい。同氏によると、昔からつけていた夢日記を題材にしているそうで、2025年7月5日にも大災害が起こるとしている。


 実は霊能力者、宜保愛子さんも予言をしていて、エジプトで起きた地震や東日本大震災を的中させている。そして、ノストラダムスの大予言にある、人類滅亡は起きないが、その後、全世界を巻き込んで、先に死んだ人を羨むほどの困難が待ち構えていると言っていたらしい。


 こんな風に俺は予言を本気で信じてしまっている。


 ***


 俺は10年くらい前、Twitterを毎日見ていた時期があった。2011年の東日本大震災の後のことだ。地震の震源のツイートなどを見たいと思ったのがそもそもの発端だった。東日本大震災の時は、Twitteの方が電話やネットニュースと比べて、情報が早くてニッチだと言われるようになっていた。


 震災後、俺は明らかに精神不安定になっていた。


 東北や茨城の人は、東京なんて大した被害にも遭っていないと思うだろうけど、俺にとってはひどい経験だった。本震で机の下に隠れていた時が、初めて死を意識した瞬間だった。取り敢えず、身の回りの荷物や書類をまとめて家に帰ったのだけど、電車は止まっていたから、歩いて帰らないといけなかった。俺の家は千代田区で部内ではかなり近くに住んでる方だったけど、あの時の不安な気持ちは一生忘れられない。家に帰っても一人で、すがるものも何もない。身近に親族のいない一人暮らしだったからだ。


 『大丈夫?』なんて連絡は誰もして来ない。

 自分には、親しい人なんて一人もいないんだ、と改めてショックだった。


 俺はネットの向こうの情報に取りすがった。

 その中に、”未来人”のツイートというのがあった。もともと、オカルト好きだったこともあり、俺は熱狂して、彼のツイートは必ずリツイートしていた。


 彼は300年先の未来から、タイムマシンに乗ってやって来たそうだ。過去に似たような人物がいたけど、かなり先の未来から来たというのも信憑性があった。俺みたいな素人でも、タイムマシンが今世紀中にできるとは到底思えない。ちなみに、ホーキング博士でさえ、未来に進むならともかく、過去に戻るのは不可能だと言っている。あんな天才がそう言っているのに、2036年に過去に戻れるタイムマシンができるわけがない。


 俺が見ていた未来人の予言はすごく検証性が高くて、近い日にちの予言をする。たとえば、地震についてだ。「今日は地震がありそうな気がする」彼がつぶやくと、本当にあったりする。きっと300年後には地震を予知できるようになってるんだ。俺は思った。

 当時は毎日のように余震があったから、当たって当然だろう。俺は一日何回か、気象庁の地震情報を見て、一喜一憂していた。


 彼の予言にはこんなものがあった。


 2011年の震災後には、電力不足、中国での大きな鉄道事故、東南アジアでの大洪水(実際はタイ)、金正日の死去など。


 2012年には、中国のリーダーが変わる。消費税増税。日本人がノーベル賞を受賞。ロンドン五輪のメダル数が過去最高になったこと。


 あまりによく当たるので、Twitter界隈ではかなり話題になっていたし、俺はその人の有料メルマガまで購読していた。月1,000円だった。そこには、なぜ彼がその予言をしたかという背景まで記載されていた。彼がなぜそんなに現代の時事問題に精通しているのかわからなかったが、現代を生きている俺自身でも知らないことばかりだったから、未来人だということを忘れるほどだった。それで、ますます彼を信用してしまった。


 その人はどこにいるのかと不思議だったが、彼が言うには居場所がばれると、命の危険があるので、今はどこかの山奥に隠れて暮らしているということだった。これほどの機密情報を握っていたら、アメリカやロシアの諜報部員に誘拐されてもおかしくない。俺はその人が近い将来Twitterをやめてしまうのが怖かったくらいだ。すっかり彼の存在に依存してしまっていたと思う。


 すると、彼からDMが直接届いた。メルマガ会員限定でセミナーを行ってほしいという要望があるが、参加した人はどのくらいいますか?土曜日の夜、場所は東京都内を予定していますと書いてあった。


 俺は参加で送った。すると、『会費は5000円です』と書かれていた。場所は東京千代田区の飯田橋駅。アクセスしやすいからだろう。


 当日、指定された場所に行ったが、「〇〇氏講演会」と書いてあった。そのタイトルはダミーだ。本当は「未来人のメルマガ会員限定セミナー」だ。多分、100人くらいいたと思う。その1回で50万円の売り上げだ。場所をいくらで借りているか知らないけど、ホテルなんかじゃなく、企業が使うような会議スペースを借りているだけだった。参加者は熱気むんむんだった。男が多いけど、真面目そうな変わった感じの人が大半だった。


 未来人は自分の生い立ちや職業など、それほどみんなが興味を持たない話を続けていた。未来の生活はこんな感じだから、2000年代にやってきて、驚きましたという話が大半だった。例えば野菜はほとんど工場で育てていて、露地の畑は全くないとか。300年後には全然食べられていない野菜や、名前が違うものがあるなど話していた。21世紀に動物愛護の観点から食肉産業が衰退して、肉はiPS細胞で部位だけを培養しているそうだ。日常的な主なたんぱく源は大豆ミートだとか。21世紀にやってきて、初めて焼き肉を食べておいしくて感激していたが、食べなれなくて腹を壊してしまった、と笑っていた。アルコールなどの飲酒も規制されていて、どこでも酒を買えることに驚いたそうだ。


 みんな、こんな話にはたいして興味がなかった。俺もそうだった。


 最後に質疑応答の時間が1時間も設けられていた。

 俺の隣にいた眼鏡をかけた若い男が、すかさず手を上げた。


「〇〇大学で物理を研究しているのですが、タイムマシンの仕組みについて教えていただけないでしょうか」


 未来人の説明によると、時間と空間を貫く小さなトンネル、ワームホールと呼ばれるものが存在するが、10の33乗分の1センチと極小で生まれては消えを繰り返している。21世紀にはこれを拡大することは不可能だったが、300年後には技術的にクリアできたということだった。大きなものだと飛行機などまで通れる穴が存在するようだ。日本はこの技術に後れを取っていて、最先端は中国だそうだ。ワームホールを使用するにはかなり高額な費用がかかるため、飛行機のファーストクラスに乗ったことのない人が大半なのと同様で、ごく限られた人の特権のようなものになっているそうだ。


 Aさんは、旅行会社を経営しており、今回、時間旅行の視察のためにやって来たと述べた。

 俺は手を上げた。


「では、Aさん以外の旅行会社からやって来た未来人の観光客がすでに21世紀を旅しているんでしょうか?」

「はい。間違いありませんね。

 でも、時間旅行をする旅行者たちは、事前に講習の受講を義務づけられているんです。服装もその時代に合ったものにすること、会話もあまりしてはいけないなど、目立たないようにすることが決められています。違反すると逮捕されてしまいます。だから、時間旅行は楽しい観光とは違い、どちらかというと学術的な目的で行われることがほとんどなんです」


 まるで、宇宙人が地球に隠れ住んでいるというSFみたいでわくわくした。

 ついでに隣の人にも話しかけてみた。


「今の技術でタイムマシンは可能なんですか?」

「いいえ。無理です」

 その人は笑った。

「それがわかったら僕がその技術を盗んでノーベル賞を取りたいんですが」

 俺も似たようなことを思っていた。俺の場合は特許を取って金儲けしたい。


「中国は東アジアの国と戦争をするんでしょうか」他の参加者が手を上げた。

「はい。残念ながら・・・300年後は、世界はアメリカ圏、ロシア圏、中国圏、EU圏の4つに分類されていて、アフリカなんかも中国の支配が及んでいます。南米はアメリカの統治下です」

 俺はショックを受けていた。俺はその時40代前半だったが、徴兵されたらどうしようと不安になった。


 とにかく面白い経験だった。未来人は最後にこう締めた。

「またこうしたセミナーを開きますから、ご興味のある方はぜひご参加ください。でも、これ以上は人数を増やすつもりはありませんので・・・初期の早い段階からメルマガを購読してくださった皆様に優先的にご案内したいと思います」


 俺は大学で物理を研究している若者と意気投合して、「あの人は本物ですね」なんて話しながら駅まで一緒に帰って来た。

「普段はもっと実用的な分野の研究をしてるんですが、SFが好きでタイムマシンについては趣味で研究してるんですよ」

「へえ、じゃあ、未来人に会えるなんて絶好のチャンスじゃないですか」

「まさに、そうなんですよ!」

 彼は熱っぽく語っていた。


***


  セミナーは毎週開催されていたが、最初からいたメンバーはどんどん減って行った。初期のメンバーは前の方の席に案内されるから、数回のうちに100人がなんと20人にまで減っていることに驚いた。結局、毎回参加していたのは、俺と大学院生の男を含めて10人くらいしかいなかった。


 その10人だけに、未来人は声を掛け、俺たちはセミナーの後にホテルの別の部屋に集められた。未来人は受付などを派遣会社に頼んでいるが、基本はすべて一人でやっていた。そういう所も、彼の活動が秘密裏に実行されている感じがして、俺たちはワクワクした。


「これから300年後の未来へのタイムトラベルツアーをやろうと思うんですが、ご興味のある方はいませんか?」

 大学院生は迷わず手を上げた。

「料金はいくらですか?」

「おそらく100万円くらいです。期間は1週間で、」

 未来に行けて100万は安いと思ったが、俺はそんなに興味がなかった。

「過去に行くのは興味がありますが、未来へは・・・」

 俺は言った。

 しかし、俺以外の全員が行きたいと言っていて、俺を除いたメンバーだけがそこに残った。

「江田さん、今の話は他言は無用です」

「もちろん。これからもセミナーには参加させていただきたいと思います」

「じゃあ、ここからは参加する人だけにお話ししますので・・・お帰りいただいてけっこうです」と言われてしまった。


 それから、俺にはセミナーの案内が来なくなったが、親しくなった大学院生とは連絡を取り合っていた。彼が色々な予言を俺に教えてくれた。


 最後に彼に会った時は、彼の大学の近くの店で待ち合わせをして、一緒に飯を食った。

「8月のお盆の時期に行くことになりました」

「へえ。ちょうどいいね。その辺は大学も休みなんじゃない?」

「ええ。みんな、休みを取りやすいので」

「未来人も現代人の年間スケジュールをよく把握してるね」

「ええ。ネットで何でも調べられますからね」

「やっぱり俺以外の全員が参加するの?」

「はい」

 900万が未来人の懐に入る。儲かっているのかどうかはわからない。未来人は結局商売のために過去の世界にやって来たんだ。俺はちょっとがっかりした。俺たちの間には友情なんてなかったんだ。

「あちらに行って戻ってくるときは、未来人を連れて来るそうです。そうやって行ったり来たりしていたら、儲かりますからね」


 俺たちは再会を固く誓って家路に着いた。俺は彼が旅行から帰って1週間後くらいにメールで連絡をしてみた。返信がなかった。電話をしても出ない。不思議に思って、9月になってから大学の研究室まで尋ねて行った。


 俺はちょっと場違いだったが、思い切って彼を尋ね回っていた。

「比企さんとはお盆辺りから連絡が取れなくなってしまってるんですよ。もし、会えたら研究室に連絡するようにお伝えいただけませんか」

 ようやく見つけた、彼と同じ研究室の人は心配した様子で言った。

「未来人のセミナーにはまってて、様子がおかしかったんで心配してたんですよ」

「いやぁ。あの人は本物ですよ」

 俺は太鼓判を押した。

「でも、あの人もうTwitterやめてますよ」

 俺は知らなかった。いつの間にか、未来人がTwitterをやめていたことを。他のUserが『#未来人が消えた』、『#未来に帰った』と騒いでいたけど、俺は彼が現代人を連れ去ってしまったことを知っていたので、怖くなって警察に相談に行った。


 すると、失踪した人たちに捜索願が出されていることを知った。

 警察の人によると、みんな、山梨にある某貸別荘に集合して、そこに荷物を置いて全員いなくなってしまったそうだ。そこからの足取りが全くつかめないそうだ。


「じゃあ、ワームホールは山梨のどこかにあるんですね」俺は言った。すると、警察の人たちは「多分、旅行代金を踏み倒しただけの詐欺ですよ」と答えた。俺はそんなことは信じなかった。

「きっと、未来人に誘拐されたんです」俺は言い切った。


 ***


 まるで「ハーメルンの笛吹き男」の話みたいに、セミナー参加者たちは忽然と姿を消してしまったのだ。俺は、彼らがきっと未来の世界で幽閉されているか奴隷になっていると信じて疑わなかった。未来人は、300年後はみなベーシックインカムで働かずに節約して暮らしている人ばかりで、労働する人がほとんどいなくなっている。ちょっと頭の弱い人や、ベーシックインカムをもらえない人なんかを雇って、何とか会社を回していると言っていたからだ。


 しかし、それから5年くらい経って、あっけなく事件の真相が明らかになってしまった。ヤフーニュースで未来人を騙る詐欺を働いた男が逮捕された、というのを見たからだ。


 未来人はただの詐欺師で、セミナー参加者から金を奪ったが、ウソを隠しきれないので毒物を飲ませて全員殺してしまったということだった。亡くなったのは大学院生を含めて9名。みな、山梨の山奥の山林に白骨遺体になって転がっていたそうだ。


 俺はそれを聞いてようやく目が覚めた。未来人なんて最初からいなかったと・・・。俺は難を逃れた唯一の生き残りになっていたんだ。なぜ、あんな単純な詐欺に引っかかってしまったのか、今でもわからない。

 


 

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