だってあたしたちは親友だから

みずの しまこ

だってあたしたちは親友だから

 ぬるい雨が制服を湿らせていく。

 最悪だ。まだ梅雨入りしていないからと油断していた。こんなことになるならいつまでも教室に残っていないでさっさと帰宅すればよかった。せっかく部活も休みだったというのに何をやっているんだか。

「おーい丹羽にわ? 生きてるかー?」

 少し前で自転車をこぐ立花たちばなが、振り返りもせずに叫ぶ。

「チャリ置いてバスで帰ればよかったかなー」

 だけどそうすると明日の朝もバスで通学しなきゃいけなくなる。

「朝練あるだろ、起きれんのかよー」

「それなー」

 あたしは朝が弱い。朝練もギリギリの時間に駆け込むことを、同じバスケ部の立花はよく知っている。

 勢いを増していく雨で視界が悪くなる。楽だからという理由で短くしている髪も風呂上がりみたいになっていることだろう。

「ちょっと雨宿りしていくぞー?」

「へーい」

 よく部活帰りにも寄る公園は大きな屋根のあるベンチがあって、コンビニで調達したお菓子を食べたりする。あとは趣味の話とか、一緒に出かける計画を立てたりもする。あたしと立花は親友みたいに仲がいい。

 普段ならまだ子供たちが遊んでいる時間だけど今日は誰もいなかった。さっきおじさんが大きな白い犬を連れて通り抜けていったくらい。

 屋根の下に入って自転車を止める。シャツが肌にぺたぺたと貼り付くけれど、上にベストを着ているから下着が透けることはない。ナイスあたし。

「タオルあんの?」

「忘れた。部活なかったし」

「しょうがねぇな」

 あきれた顔でスポーツタオルを取り出した立花は、あたしの髪をわしゃわしゃと無遠慮に拭き始めた。

「あたしは犬か。ていうかそのタオルきれいなの?」

「んー……三日前のやつかも」

「ひっ」

「うっそー」

 意外にも優しい手つきが心地よくてほっとする。思わず瞳を閉じると、髪を拭かれる音の向こうに屋根をたたく雨の音がよく聞こえる。

「……みおたちはもう家かな」

 小さな折りたたみ傘を二人で使っている姿が思い浮かぶ。クラスでは夫婦と呼ばれるほど距離が近い幼なじみ、澪と康太こうた。あたしと立花の距離の近さとはまた別の種類。

「ぷぷ、相合傘してんの、なんかかわいかったんだけど。なんであいつら付き合わないんだろうな。意味わからん」

 意味わからんのはあんたの方だよ立花。クラスで一二を争う美人が誰を見ているのか、気づいていないのは当の本人だけ。康太のことを思うとため息が止まらない。

「あんたは澪のことなんとも思わないの」

「どゆこと」

「あんなかわいい子が近くにいてなんとも思わないのって聞いてるの」

「うーむ。ダチの好きな女は対象外なんだよな」

 鈍感なくせに康太の気持ちは知っているらしい。鈍感なのはふりかもしれない。

 立花を見上げる。あたしは女子にしては背が高いほうだけど、やっぱり目線が全然違う。そして相変わらず整っている顔面だ。

「これでよし。ふ、髪ボッサボサ」

「いいよ別に。さんきゅ」

 適当になで付けておく。澪みたいなロングだったら大変だろうな。立花はあたしの髪を拭いたタオルで今度は自分の髪を拭き始めた。

「そういえばミカリンのライブもうすぐだな。丹羽はもう差し入れ用意した?」

「それがまだなんだよ。手紙も書かないとだし」

 ミカリンとは推しのことだ。あたしたちが応援しているご当地アイドルグループのメンバーの一人。背が低くて童顔なのにおっぱいはデカイ。喋るとアニメ声なのに歌は力強くて圧倒される。ショッピングモールの特設ステージで偶然見かけたのがきっかけで、今では完全にハマっていた。

 ちなみに立花はスマホの待ち受けまでミカリンで、たまに眺めてはニヤニヤしている。他校にまでファンクラブがあるらしい立花だけど実際はただのアイドルオタクだ。真実を知ってもファンのままでいてくれるだろうか。

「ライブは夕方からだし、昼間どっかでブラブラしながら探す? そうだ、あたし行ってみたいごはん屋さんがあって――」

 ぴたり。口だけではなく全身の動きが止まってしまう。立花が勝手にあたしの髪を整え始めたからだ。

「え、なに」

「自分のことに無頓着すぎ」

 そんなこと言われても。これからまた自転車をこがなくちゃいけない。雨脚は少しだけ弱くなったけれど、どうせ帰宅する頃にはぬれネズミだ。

 染めたことのない黒髪は太くて硬くて、ぬれると重たくて。乾かすのが面倒だからというのも短くしている理由のひとつだ。

「ちゃんとしたらかわいいんだから」

「きもいこと言うな。ほら、鳥肌立ってきたんだけど」

 見て、と腕を差し出すと立花がふっと笑った。

「肌白すぎ。外走ってるくせに」

 その柔らかな表情を正面からまともに受け止めてしまって、急に落ち着かなくなる。タオルで拭かれていたときはなんとも思わなかったのに。立花の指先が頭皮をかすめるたびに電流が走ったみたいになる。

「くすぐったい……」

 雨や土の匂いにまぎれて、立花の制汗剤の人工的な爽やかさが流れ込んでくる。

「俺はショートカット派だ」

「はぁ、知ってますけど。ミカリンもショートじゃん」

「ん」

 それがなんだ。今日の立花は少し言動がおかしい。そういえば少し寒くなってきたような気がする。ぬれたままの服をずっと着ているからだろう。鳥肌もきっとそのせい。早く帰って温かいお風呂に入れば、きっと全てが元通りになる。

 なってくれないと、困る。

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