第26話 本編15 ニューバディ(2), 本編16 尾行(1)


 鳩代は髭の下の口を結んで引き垂れた。


 雀藤はお構いなしに質問を続ける。


「鳩代さんは刑事時代に相棒さんとかいなかったのですか?」


「――あ、俺? 相棒ねえ……」


 鳩代は顎の下の髭を触りながら少し考えて、答えた。


「まあ、初任の頃は先輩について回ったり、少し慣れてきたら後輩を連れて聞き込みに回ったりしたけど。言いたいのはアレだろ? テレビドラマみたいなやつ。バディものの」


 鳩代に指差された雀藤は何度もコクコクと頷いた。


「そうそう。『炎の友情』みたいな」


「あるかよ。警察だって普通に職場だぞ。サラリーマン社会。転勤や移動はしょっちゅうだし、組織内の複雑な人間関係とかもあるしな。面倒くせえから、職場の人間とは、そこまで親しくはならねえよ」


 雀藤は膨らませた頬の間で口を尖らせて言う。


「ふーん。じゃあ、銃は。バンっ、バンって」


 両手で銃を模して撃つ仕草をする雀藤を一瞥いちべつして、鳩代は言った。


。おまえ、アクション映画の見過ぎなんじゃねえの」


 雀藤は大きな目を丸くして鳩代に向けた。


「えー、撃たないんですか。期待外れだなあ。悪者とかをどんどん撃っちゃうんじゃないんですか」


「撃つわけないだろうが。そもそも、普通、刑事は拳銃を携帯してないし。拳銃の常時携帯自体が、刑事では機動捜査隊にしか認められてない」


「普通じゃない時は?」


「まあ、携帯許可が下りるわな」


「例えば?」


「んー、まあ、被疑者が拳銃チャカとかナイフとか所持しているっていう場合だよな」


「鳩代さんも、そういう時ってあったんですか?」


「ああ。一度な。若い頃に」


 鳩代伶は眉を寄せて前を向いたまま片笑んだ。


 雀藤は顔の前で手を叩いて言う。


「すっごーい。撃っちゃったことは? 銃撃戦とか」


「ねえよ」


「一回も?」


「あたりまえだ。日本の警察の場合、一発撃ったら警察官としてはほぼ終わりだからな」


「じゃあ、なんで警察を辞めたんですか?」


 鳩代はハンドルから放した右手の肘を窓枠に載せた。その先の右手で髪を掻きながら言う。


「うるせえな。いろいろあるんだよ」


「その『いろいろ』を聞きたいんですよ。何でなんですか?」


「だから、いろいろだよ。いろいろ」


「ええー。ちょっとだけでも駄目ですか。記念にちょっとだけ」


「何の記念だよ」


「初バディーのですよ。相棒とは過去を共有しろって言うじゃないですか」


「誰が。勝手な事を言うなよ」


「ちょっとだけです。ちょっとだけ」


 雀藤は顔の前で両手を合わせて、鳩代に拝むように頼んだ。その様子をまた一瞥した鳩代は、短く溜め息を吐くと、前を見て運転しながら答えた。


「組織に嫌気がさしたっていうか、なんか、上の連中のやり方に納得いかなくてな。これでいいか」


「へえ。上の連中って、あの、ロングコートとか着てる官僚の人たちのことですか」


「ロングコートはテレビドラマの中だけだ。もういいだろ。言えないこともあるんだよ。分かれよ、そのくらい」


「すみません。つい……」


 前を向いた雀藤は、肩を上げて首をすくめた。そしてすぐに自分を指差して言う。


「あ、私、どうですか?」


「何が」


 雀藤はもう一度強めに自分を指差して見せた。


「だから、私です。恋人とか。鳩代さん、独りなんですよね」


 鳩代は少し焦り気味に雀藤を何度も見て、鼻に皺を強く寄せた。


「話が飛び過ぎだろうが。だいたい、さっきは相性がまあまあとか言ってなかったか?」


「あれはの相性です。その他の相性は分かりませんよ」


 またチラリと雀藤を見る鳩代。ジーンズ生地のミニスカートから覗く健康的な腿が視界に入る。


 前を見て大きく咳払いをした鳩代伶は、ウインカーを下ろしてハンドルを切りながら言った。


「アホな事を言ってないで、仕事に集中しろ。ほら着いたぞ。ピースピア・ケアライフ。――ええと、どこに停めればいいですかねえ……」


 茶色のワゴン車は広い駐車場の中に入っていく。車は、助手席の雀藤がピンと指し示す方向に徐行していった。



16 尾行


 黒いRV車が繁華街の狭い車道の脇に停まっている。その少し先の歩道の上で、パーカーにダボダボのパンツ姿の阿鷹尊が、小さな煙草屋の看板を一眼レフのデジタルカメラで撮影していた。その大げさなカメラを傾けて、背部のモニターで撮影した画像を確認した阿鷹は、店の中に頭を下げると、駆け足で黒い一号車の所に戻ってきた。


「お待たせしました」


 車内から大島美烏が尋ねる。


「ちゃんと撮れた?」


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