第27話 本編16 尾行(2), 本編17 変身(1)
漆黒のRV車の助手席側に立った阿鷹は、開いている窓からカメラを差し入れて言う。
「はい。どうでしょう、これで」
大島はカメラの画像を確認して答えた。
「まあ、いいわね。で、話は? 署名してくれた?」
阿鷹は山口の履歴書ともう一枚の書類を大島に渡しながら答えた。
「はい。こんな男、見たことも聞いたこともないそうです。やっぱり、この住所地はデタラメですね。で、そういう内容の証言陳述書にも、すんなり署名してくれました」
受け取った陳述書面を広げて内容を確認する大島。阿鷹尊は不安そうに車内の大島の表情を気にしながら、車の前を回って運転席に戻ってきた。
阿鷹が車に乗ると、大島は書面を折りたたみながら言った。
「よーし、よくやった。とりあえず、ここまでは合格ね。じゃあ、次」
「次? ええと……その千座千楚家具店のデタラメの所在地ですか?」
大島美烏は立てた人差し指を左右に振る。
「ノー。ランチよ、ランチ。お昼の時間でしょうが」
阿鷹尊はすぐにスマートフォンをダボダボパンツのポケットから取り出して、検索を始めた。
「ああ、じゃあ、どっか適当に安い店を……」
大島はしかめた顔を斜めにした。
「はい? あんた、今、横に、若くて奇麗な上司の女性を乗せているのよ。しかも、あんたを評価する指導教官役の。なんで、『適当に』プラス『安い店』なのよ!」
「分かりましたよ。ちょっと待ってくださいね、良さそうな感じの店がないか、いまスマホで探しますから」
「ちゃんと事前に探しとけよお。デートでそれやったら、確実に彼女に逃げられるぞ」
「うるさいなあ。ああ、ありました。ここはどうです? オーガニック料理の店。ヘルシーそうじゃないですか」
阿鷹が見せたスマートフォンの画面を大島が覗き込む。
「お、いいわねえ。値段もお手頃。ワンコインか」
阿鷹はスマートフォンの向きを自分に戻した。
「え? ワンコイン? いやいや、この店で一番安い料理でも千円に消費税で……って、ああ! 今朝の賭けですね。俺の奢りの分を当てにして計算してるでしょ」
大島は両肩を上げて舌を出す。
「てへっ」
「てへじゃない!」
大島は両指を胸の前で組んで言う。
「さっすが元銀行員。計算はやーい」
「小学生でも分かるでしょ、これくらい。ちょっと待ってくださいよ。そうなると、『ランチ、ワンコイン、五百円、おしゃれ』で、もう一度検索をやり直して……」
「セコいわねえ……」
大島はバックミラーの角度を手で変えて後方を覗いた。
阿鷹がスマートフォンの画面を再び見せる。
「ここはどうです? 『野菜だいすき君のパスタ店』。ここなら、だいたい五百円以内で……ん? どうしたんですか?」
真剣な顔をして、バックミラーで後方を覗いている大島に気づいた阿鷹が尋ねた。大島は首を横に振る。
「ううん。別に。――じゃあ、そこにしようか」
大島美烏はバックミラーの角度を基に戻した。阿鷹はミラーを少し気にしながらアクセルを踏む。
黒いRV車はウインカーを出して車道に戻った。走っていく一号車の後ろで黒い影が動き出す。それは大通りへと向かう一号車を追いかけていった。
17 変身
「ピースピア・ケアライフ」の高い建物は広い駐車場の奥に建っていた。場所は市街地のはずれだが、周囲にはビルやマンションが建ち並んでいる。
そのような立地でも、ここの敷地は広い。今、三号車を停めている西側の駐車場は来客者用で、職員たちの車と会社の送迎車を停めるための駐車場は別に北側に広がっていた。
建物の南側には広い芝の庭が広がっている。日当たりも良く、駐車場との境に植えられたイチョウの木が枝を揺らしているところをみると、風通しも良いようだ。
鳩代伶は茶色いワゴン車の助手席側のドアに
「結構、儲かっているんだな。立派な施設じゃないか」
彼が白煙を吐きながらそう言うと、背後の三号車の中から雀藤の声が聞こえた。
「手倉病院の系列会社ですからね。それなりにってところだと思います……よっ、よし、入ったー」
「向こうの駐車場に停めてあるのは、ここの職員の車だろ。なんか、いい車が停まってるぞ。儲かっているのは会社だけじゃねえだろ」
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