第9話 本編6 奇妙な相談(2) 

 経歴部分はそれらしく書いてはあるが、学歴にしても職歴にしても聞いたこともない、いかにも嘘っぽい名称の学校や仕事場で、本当に実在するものか疑わしい。職歴の方は数回の転職が記載されていたが、その転職するまでの期間もすべて等間隔であった。


 資格等の欄には、あまり聞き覚えがなく、いったい何の能力を証する資格なのか判然としない、いかにもどこかの全集から拾ってきたような長いカタカナ名の民間資格が並べられている。


 趣味などの欄には読書と書かれているだけ。志望動機に至っては、「御社で働きたいから」と書きなぐったように記載されていただけだった。


 怪訝そうな顔で首を傾げて見せた鵜飼は、その履歴書をテーブルの上に戻して言った。


「確かに。後で精査しますが、今この書類を見る限りでは、仰る通り得体が知れませんな」


 林田が何度も頷く。


「そうなんですよ。私も履歴書を見た時は何か変だなと思ったんです。ですが、手倉院長の名刺を出されるとね」


「手倉院長の紹介だったのですか?」


「いいえ。この山口を紹介してきた男のことですよ」


「紹介してきた。ブローカーか何かですか」


「なんだか、就職コンサルタントだとか言っていました。中年というか、初老というか、丁度おたく様くらいの歳の男です。身形はきちんとしたスーツ姿だったのですが、今思えば、その男も随分と怪しかった」


 林田はピシャリと膝を叩いて悔しそうな顔を作った後、話を続けた。


「その男が突然ウチを訪ねてきて、人材派遣業だか人材紹介業だかを名乗って、おたくのような忙しそうな職場にすぐに紹介できる最適任の人がいるって言って、院長の名刺を見せられたのですよ。こっちとしては、てっきり院長から頼まれた業者さんの方だと信用してしまいましてね」


「で、言われるがまま雇用契約書にサインして、履歴書は後からじっくりと目を通した」


「ええ。ご推察の通りです。いやあ、ホントに迂闊でした」


「なるほど。典型的な悪質業者のやり口ですね。おそらく、人材派遣業の正式な登録などしていない、ニセの業者でしょうな。それで、おたくは、いくら支払ったのですか。そのニセ業者の男に」


「いや、何も」


「ただで紹介してくれたのですか」


「まあ、そういうことです。契約書に座版押して、こちらの印を押したら、それを持ってすぐに帰ったんです。その後に入れ替わるように山口がやってきて……」


「その山口という男を雇わざる得なくなった訳だ。こりゃあ、厄介だな」


 ソファーに身を投げた鵜飼は、額に手を当てて天井を覗いた。


「……」


 林田は理解してない様子で、ポカンと口を開けている。


 ソファーの背もたれから上身を戻した鵜飼は、林田の顔を見て言った。


「いやね、この場合、そのニセ業者の男は山口から金を貰っているはずなんですよ。ただで動くとは思えませんからね。もしくは、山口とグルか。いずれにしても、何らかの形でそちらから金を巻き上げることが目的だと思われます。まあ、言ってしまえば、たちの悪いですな。お気の毒に」


「やっぱり、そうか……」


 林田は隣の豊島と顔を見合わせた。「別室」の中では、大島と雀藤と鳩代が顔を見合わせている。

 林田は深く長い溜め息を吐いて、困惑顔を下に向けた。


 そこへ、阿鷹が湯気を登らせたお茶を運んできた。カタカタと湯呑の蓋と茶托の音を鳴らしながら、お盆の上から取った湯呑を、林田と豊島の前に置く。溢さなかったことに安堵した阿鷹が細く息を吐くと、鵜飼が自分の隣のソファーの上を指差した。阿鷹がキョトンとした顔でそこを覗くと、鵜飼は口で「座れ」と形を作って、もう一度そこを指す。阿鷹は戸惑いながらお盆を背の後ろに隠して、所長の隣に座った。


 鵜飼は膝の上に肘を乗せた腕の先で左右の指を組んで、林田に尋ねた。


「確認ですが、既に、そちらから山口に契約解除の話はされました?」


 顔を上げた林田は頷く。


「ええ。契約書をよく読んでみて、驚いて。給料の額がえらく高く設定してあるんですよ。一方的に。で、本部の方に確認したら知らないと言うものだから、また驚いて。しかも、なんだか本部がすごく忙しいみたいで、混乱している感じなんですよね。そっちで対応しろって言われて。なので、そうすることにしました」


「どのように」


「まずは丁寧に、山口に雇用契約の解除を申し入れてみたんです。こちらも契約書をよく読まなかった非がありますからね。頼む形で言ってみました」


「そしたら?」

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