第7話 本編4 来訪者(2), 本編5 得体知れず(1)
阿鷹が小声で呟く。
「仕入れ過ぎだっつうの……」
雀藤は近くの自分の机の引き出しを引くと、中からビニールで個包装されたスパロウボールペンの束を取り出して、皆に見せながらアナウンスした。
「無くした方はいつでもおっしゃってください。すぐに補充してさしあげますから。あ、タケルくん、いる?」
「いや、いいです。前に貰ったやつ、ちゃんと持ってますから」
大島が机の上に片手をついて身を倒し、顔を前に出して、机越しに斜の鳩代に知らせた。
「それ、彼女の趣味で作っているやつなんですけど、しばらくは持ち歩いていた方がいいですよ。無くしたと思われたら、無理やり追加補充されますから。ほら、私、これで九本目」
革ジャンの内ポケットから出したスパロウボールペンを大島が鳩代に見せていると、背後から雀藤が声を掛けてきた。
「ミオさんも大丈夫ですか?」
机に腰を乗せたまま上身を立てて振り向いた大島は、愛想笑いをしながら言う。
「大丈夫、大丈夫。ほら、この前貰ったやつ、ちゃんとまだ使わせてもらってるから。あははは」
「インクが切れたら、いつでも言ってくださいね。次から二本ずつ配布しますんで」
「ああ、ありがと……」と言って前を向いた大島は、窓に向かって小声で呟いた。
「ていうか、新手のハラスメントだっちゅうの」
阿鷹が、グラフを書き終えた鵜飼に言った。
「でも、所長。警察からの依頼と手倉病院さんからの依頼じゃ、どちらも断りにくいですよね。どっちを受けるんですか」
「もう、受けた。両方とも。どちらも結構いい額の報酬を提示してもらったからねえ。つい、受けちゃった。ダブルで。イェイ」
鵜飼は足をガニ股に開いて、両手の指でWの文字を作って見せた。
阿鷹も窓の方に顔を向けて、大島のように小声で呟く。
「何がイェイだよ。正義の探偵事務所じゃなかったのかよ。これじゃ、ただの守銭奴じゃないか」
「ん?」
鵜飼の目が光る。
阿鷹はプルプルと首を横に振った。
「いえ、何でもないです」
大島が真顔で怪訝顔をして鵜飼所長に尋ねた。
「だけど、そうなると新規着手のダブルってことですよね。何にしても調査の進行スケジュール的にブッキングしません? 大丈夫なんですか?」
「ああ、だから、うちのエース二人を待っているところなんだけど……」と鵜飼が言っている端から、入口のチャイムが鳴った。
「お、来たかな」
たまたま入口ドアの近くに立っていた阿鷹が反射的に振り返り、そのドアを開けた。外には四十前後の少し太った男と、五十前後と思しき少しふくよかな女が立っていた。どちらも揃いの緑色のポロシャツの上に色違いのブルゾンを羽織っている。
ものを言いあぐねた阿鷹が、困惑顔を大島の方に向けると、大島は自分の顔を片手で覆い、長い黒髪で顔を隠すようにして項垂れていた。
阿鷹が再び前を向くと、緑色のポロシャツの女が阿鷹を見て浮かない表情をしている。その横の男は極度に警戒した顔をしていた。
5 得体知れず
トリノス調査探偵事務所のドアの前に立つ訪問者二人は、胸にデザイン文字で「ピースピア・ケアライフ」と書かれた色違いのブルゾンを羽織っていた。
阿鷹が所長の鵜飼の方を覗いて、口の形で「エース?」と尋ねる。
鵜飼は顔の前で細かく手を振った。どうやら違うようだ。
首を小さく傾げた阿鷹が大島と雀藤に視線を移すと、大島は下を向き長い黒髪で顔を隠すようにして、雀藤は三色ニット帽の折り返しを眉の前まで下げ頭の後ろで手を組んで口笛を吹くふりをしながら、応接室の隣の「別室」へと向かっていた。
「あの……」
女の方の来訪者が、突っ立ったままの阿鷹に声を掛ける。
阿鷹は慌てて振り返る。
「ああ、失礼しました。ええと……」
外の二人はどちらも知らない人物なので、阿鷹はもう一度鵜飼を覗いた。
鵜飼は両手を開いて掌をこちらに向けていた。顔は大島と雀藤たちの方を向いている。大島と雀藤は応接室の隣の狭いドアを開けて、中に入っていった。後から入った雀藤が三色ニット帽の頭を少し出して鳩代に手招きする。鳩代もそちらに歩いていった。鳩代は狭い「別室」の中に窮屈そうに身を入れると、内側からドアを閉めた。
阿鷹が三度鵜飼に顔を向けると、彼は三人が「別室」に入ったのを確認してから、阿鷹に鼻で応接室を指した。
来訪者は顧客であるようだ。
「すみません。お待たせしました。どうぞ、中へ」
阿鷹は笑顔で二人の来訪者を中に招き入れた。
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