第6話 本編3 新規案件(3), 本編4 来訪者(1)
「――? 前? ああ……」
「警備会社で身辺警護員を少しね」
「身辺警護員?」
「ガードマンだよ。あるいは、民間のSP」
「その前は?」
「小さな興信所に三年ほど……」
「ふーん。じゃあ、その前が刑事さんだったんですか?」
「うん、まあ、そうだけど、それがどうかしたかよ」
大島が二人の会話に割って入った。
「ああ、もういいから、いちいち詮索しなさんな。仕事以外でそういうことやってると友達いなくなるわよ」
先輩の大島にそう言われて、雀藤は首をすくめた。
大島は元自衛官である。阿鷹は元銀行員。二人とも、鵜飼所長が引き抜いてきた人材だ。
高校を卒業してすぐから、この事務所で探偵として働いている雀藤は、鳩代の経歴に興味を持っているようだった。
鵜飼所長はお掃除シートを裏返しながら言った。
「まあ、この前は手倉さんの事案が急に入ったんで、鳩代くんの歓迎会が先送りになったからねえ。まだみんなにも、ちゃんと紹介できていないもんなあ。せっかく大手の警備会社に居た君を僕が無理やり引き抜いたのに、歓迎会もしないなんて、やっぱり不味いよねえ」
申し訳なさそうに鵜飼所長から視線を送られた鳩代は、手を振ってそれに答えた。
「いや、いいですよ、今更。歓迎される歳でもないですし。そもそも要人のボディガードなんて性に合っていませんでしたからね。そんな事より、手倉さんって、あの大病院の手倉さん?」
「ん? ああ、そうだね。あ、そう言えば、そっちもまた新規案件があるんだった」
そう答えた鵜飼の顔を見て、雀藤が尋ねた。
「そっちもって、その警察からの依頼のほかに、また手倉さんからも新規案件ですか?」
大島が
「今度は何なのよ。また不倫じゃないでしょうね。張り込みはしばらく簡便ですよ」
鵜飼が大島に向けて指を振る。
「何言ってんだよ。張り込み、聞き込み、尾行は探偵の基本でしょうが」
雀藤も口を尖らして言った。
「それに、この前は、ミオさんは張り込んでないじゃないですか」
「うるっさいわね。ちゃんと交代要員として車中待機してたでしょ」
隣の席から阿鷹も加わった。
「車中待機って、寝てましたよね」
「それは、隣であんたが起きている番だったからでしょ。それに、あれは楽勝案件だったから、凄腕の私はイザって時の控えとして、体力を温存してたんじゃない。それをまた、この子が話をややこしくするから」
雀藤は三色ニット帽の下で目を見開いた。
「だって展開が面白くなってきたんだから、しょうがないじゃないですか」
数日前に契約し、昨日から事務所に出勤している鳩代には事情がよく分からない。彼はただ黙って会話を聞きながら一人一人の顔を観察していた。
背後から鵜飼の声が届いた。
「まあ、この前の案件解決は、雀藤くんの貢献度が大きかったかな」
鳩代が振り返ると、鵜飼は雀藤や鳩代の机の後ろの壁に貼られた棒グラフの表にマジックペンでグラフを書き足していた。その下には雀藤友紀の氏名が記載されていた。
4 来訪者
壁に貼られた棒グラフの表を見て雀藤友紀はガッツポーズをした。鳩代はキョトンとして首を傾げている。
椅子から腰をあげて鳩代の横にきた阿鷹が、鳩代に耳打ちした。
「ああやって、事案解決の貢献度を数値化して、ボーナスの額に反映させるそうですよ」
鳩代がしかめ顔を阿鷹に向けると、阿鷹はまた耳打ちした。
「てゆうか、所長の独断と偏見で決めてるだけですけど」
大島が口の横に手を立てて、鵜飼に声を投げる。
「所長、シャクのボーナスを増やしても、またしょうもない手作りアイテムの材料費に消えるだけですよ。それより、その分で、みんなでパっと飲みにでも行った方が……」
「なあーに言ってるんですか! この前はこれで解決したんですからね。これで」
雀藤は端に雀のマスコットを付けたボールペンを自分の机の上のペン立てから取り出し、それを大島に振って見せた。
隣の鳩代が雀藤に尋ねる。
「なにそれ」
雀藤は胸を張って答えた。
「スパっと解決スパロウ(sparrow:雀)ボールペンです。はい、一本どうぞ」
「ああ、どうも」
鳩代は戸惑いながらそれを受け取った。
「気にしないでください。たくさんあるので」
笑顔でそう答えた雀藤に、呆れ顔で大島が尋ねた。
「あと何本残っているのよ」
「まあ、ざっと二箱分ですね」
上半身をひねって後ろを向いた雀藤は、部屋の隅に並べて置かれている二個の大きなダンボール箱を両手でそれぞれ指差した。
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