第5話 いっぱいしよっか

〇 寝室――夜12時15分。

 何者かの侵入者とのやりとりが続くが、なずなはいたって平和にすうすう寝ている。


(音)ピーポーピーポーピーポー――

(音)キキイ――やがて、救急車が止まる。


 救急車……だよね?

 なんか、うちのマンションに止まったわね。


(音)ぴろろろ~ん――スマホの着信音が響く。


 あ、なんかメッセージがきた。

 ……。

 えっと……。

 ……。


 え!


 もう産まれるって!


 だれって、お隣の草薙さんよ。

 予定日より1か月早いみたい。いきなり破水したんだって。

 とうとうきたのね……。

 なんか、こっちまでどきどきしちゃうわね――

 ――って。

 ちょっと、あんたも人違いなんだから、さっさと帰りなさいよ。うちが騒々しくしてたら草薙さんに迷惑でしょ。大事な時なんだから静かにしないと。


(音)ぴろりろぴろりろ


 え?

 そうよ。

 草薙さん。

 もうすぐ女の子が産まれるんだから、早く帰りなさいよ。その……、ハジメマシテ星とやらに。ほんとにあるんだったら、だけど。

 てゆうか思い出した。

 あんた、窓ガラス割ったよね。

 ちゃんと弁償してよね。

 賃貸なんだから、あとでこっちの責任になるじゃないの。


(音)ぴろりろぴろりろ――金属音のあと、ゴトっと何か重たいモノが廊下に落ちる。


 ひっ!

 な、なによ、その音! 

 武器? やっぱり武器をもってるのね。

 ……。

 結局、やるわけね。

 いいわよ。

 でも、なずなは絶対にあんたなんかに渡さないからっ!

 あなた、お願い!

 わたしたちを守って!

 

(音)ガチャリ――閉めたはずのドアのカギが向こう側から開けられる。そして――ギイイっとドアが開く。


 ひ、ひいい。

 き、きなさいよ!

 こ、こっちには、頼もしい旦那がいるんだからっ!

 あんたなんかに旦那は負けないんだからっ!


(音)ひゅうう――風が廊下を通り抜ける。


 あ、あれ……?

 いない……。

 あいつは……どこ……?

 ……。

 ん?

 廊下に、なにかが落ちてる……。

 んん?

 ……。

 ……え。

 ……。


 ……えええええええ!!


 なにこれ! これって金の延べ棒じゃない。


 これって本物?

 え?

 うん、そうだよね。

 なんか怪しいやつかもしれないわね。

 ……ありがとう。

 確かめてくれるのね。

 ……気を付けてね。


(音)ごとり――あなたが重い塊を持ち上げる。


 どう……?

 どんな感じ?

 ……。

 やっぱり、金の延べ棒だって。

 うそ……。

 ほんとに?

 本物なの?

 てゆうか、なんなの一体……。

 でも……どうやら、あいつもいなくなってるし、とりあえず一件落着でいい……のかも?

 それでいいよね?

 ……。


 はああああ(*気の抜けた声)。


 よかった~。一時はどうなることかと思ったわ。こんなの聞いてないわよ。てゆうか、なんなのコレ。どっきり?

 ……そんなことないか。

 わたしたちみたいな庶民に、わざわざこんなことしないよね。

 じゃあ、ほんとってこと?

 なにって、あいつの言ってたこと。

 ハジメマシテ星がコンニチハ星から侵略されてピンチだから、お姫様を返してもらいにきたって。


 ちょっと、つねっていい? あなたの頬を。

 だめ? 痛いから?

 けち。

 じゃあ、わたしの頬をつねるわ。


 ……。

 痛っ。


 普通に痛いわね。

 じゃあ……夢、ではないわけね。

 ……。

 えっと……。

 ありがとう。

 普段、お調子ものだけどやっぱり頼りがいがあるわね。

 だって……。

 ドアが開いたとき、わたしの前に立ちふさがって、かばってくれたでしょ。


 ……。

 ふふっ――

 なんか笑っちゃった。

 いや、なんでもない。

 なんか、良かったなってね。

 いや……まあ、あれよ、アレ。

 あなたと結婚して良かったなって。

 なんか改めてそう思っちゃった。


 ふふっ――


 なずな、よく寝てるね。

 こんなことがあったのに、こどもって気付かずに寝てるものね。案外、楽しい夢でも見てるのかもね。

 ミラクルパ~ンチとかね。

 ああ、あれよ。

 宇宙キューティー「KISARAGI」。

 ……。

 そういえば、なんか似たようなこと、あいつ言ってなかったっけ?

 なんだっけ。

 ど忘れしちゃ――

 くは……。

 ……。

 思い出した。

 クハラアージ。

 お姫様の名前。


 ……。

 ん。

 ……。

 んんん?

 ……。

 んんんんんんんんんんん――

 クハラアージ……。


(音)ゴトっ――手に持った金の延べ棒を落とす。


 だよね!

 草薙さん!

 大変!

 もしかして、あいつ草薙さんの赤ちゃんのところに行ったんじゃ!

 どうしよう!

 ……。

 うん。

 わかった。

 行くよね、助けに。

 ……気を付けてね。


 え?


 ……。

 ふふっ――

 腹筋と背筋、鍛えてるって?

 ちょっとさわっていい?

 ……。


(音)ごそごそ――桃子があなたの衣服をなぞる。


 うーん、ちょっとわからないかも。

 ふふっ――

 でも……今日のあなたはちょっと強そう。

 ほんとだって。

 じゃあ……。

 気を付けてね。

 あなたにもしものことがあったら、わたし……。

 あ……。

 ちょっとまって。

 ……。


(音)ちゅ――という音。

  

 ふふっ――

 キスも久しぶりかもね。

 あのさ……。







 無事に帰ってきたら、いっぱいしよっか。



(音)主題歌のイントロ(読者がテンションマックスになる曲が大音量で流れる)



 了






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