第3話 どどどど、どうしよう~

〇 寝室――夜11時30分。

 寝室に響いた謎の音(ガラスが割れる音)に息を呑むあなたと桃子。一方、なずなは音に気付かずにすうすう寝ている。


 ……。

 ねえ(*小声)

 なに今の。

 割れたよね。ガラス……だよね。

 窓ガラス……だよね。あの音って。

 リビングから聞こえたから、絶対そうだよね。


 ……どういうこと……かしら。


 こんな時間に野球はしないよね。

 ん? ああ。

 よくマンガとかであるじゃない。近所の空き地で野球やってて、ボールが飛んできて窓ガラスを割るって。


 ……そう、だよね。

 ここ5階だし。

 目の前はスーパーだし、空き地なんかないし、しかも夜11時過ぎだよね。


 じゃあ……カラスが飛んできてぶつかった……とか。


 ……うん、そんなんで窓ガラスは割れないよね。


 じゃあ……虫が飛んできて……とか。


 ……だ、だよね。

 じゃあ……。

 やっぱり……。

 あれ、だよね。

 強盗……だよね。

 ……。

 ……。


 ――どっ。

 ど、どどどどどどどど、どうしよう。


(音)がばっと布団をどける音――桃子が勢いよく跳ね上がる。 


 武器! 武器! 武器!(*小声)

 あるっけ? 武器!


 ……だよね。

 ないよね。

 寝室だし、そんなもん。もし、なずなが触ったら危ないし。


 ……そうだ!


 ゴルフよ! ゴルフ!


 ゴルフバッグはどこにあるっけ?


 え? あ、ああ、そうだった。

 止めたんだよね、ゴルフ。

 お付き合いがめんどくさいからって。邪魔だから先週の粗大ごみで捨てたんだよね。

 ああ、いま思い出したわ。そうよ、わたしがゴミ捨て場まで重たい重たいって文句いいながら運んだのよ。

 てゆうか、なんでゴルフ止めるのよ。こういう時に困るじゃない。

 ああ~、なんてこったよ。万が一に備えてドライバーだけでも捨てずに残しておけばよかった。

 しっかりしてよ、もう。


 ……。


 このまま寝たふりでやり過ごすのがいいのかな?


 強盗だって、善良な市民のわたしたちを殺すなんてこと……。カードを盗まれたって、すぐに停止させればいいんだし――

 ――って。

 いま、最悪なこと考えちゃった。

 やばいかもしれない。

 ……。

 え? なにって……。


 包丁。


 キッチンに包丁があるじゃない。あれ、とられたら終わりよ。唯一のわたしたちの武器よ。

 急ごう。

 包丁だけは早く確保しなきゃ。

 ……。

 うん、平気よ。

 大丈夫。

 わたしは大丈夫だから。

 至って冷静よ。


 ……うん、わかった。そうだよね。あなたが取りにいくのね。わたしはなずなの傍を離れないから。


 ……。

 気を付けてね。

 

(音)すううと窓が開けられる。

(音)びゅうっと、風が寝室の壁を隔た通路を抜ける。

(音)そして、ミシ、ミシ、ミシ、ミシ、と何者かが室内を徘徊する。


 ……。

 やばい! どうしよう! 中に入ってきた!(*小声で涙目)

 てゆうか、包丁なんかじゃなくて、窓ガラスを割って侵入してくるぐらいだから、当然向こうも何らかの武器を持ってるよね!

 カギ! カギ! カギ!


(音)がばっと布団をどける。

(音)そして、その後にガチャガチャと寝室のドアを閉める――緊張しているのかスムーズにカギがかからない。はあ、はあ、と桃子の焦った息づかいが聞こえる。


 こ、これでよし。

 とりあえず強盗はこっちには入ってこれないわ。

 ああもう、なんなの。なんでこんなことになってるのよ。

 ここってそんなに治安悪かったっけ?

 たまに自転車の盗難があるって、ママ友が言ってた。でも、ここってそれぐらいなもんで、深夜にヤンキーがバイク走らせてる騒音もないし。かなり静かな郊外の田舎って感じじゃない。


 あ! 思い出した。


 なんかウケるんだけど、ママ友がミステリーサークルみたんだって。


 そう! あれよ、あれ。

 どこにって……小学校の裏に広がるネギ畑によ。

 なんかね、円状にネギがバタバタ倒れてるんだって。


 ……。


 だよね。絶対、気のせいだよね。


 あれってヤラセだって、毎回論争になるよね。わたしも別に信じちゃないわよ。草薙さんってすごく良い人なんだけど、たま~に変なこと言うのよね。この前も、なんか変な映画をおすすめされたし。


 どんなのって? 


 不気味なSF。輪廻転生? なんか、異世界の戦争で敗れた亡国の魔女が転生するってやつ。わたし、SFとかファンタジーって好きじゃないのよね。なんだかんだでリアル感がないし、ご都合主義で物語に入り込めないのよ。


 ん? 草薙さんってお隣さんよ。わたしのママ友。


 あなた、会ったことなかったっけ?

 ない?

 そうだっけ。

 うん、わたしよりも10歳上? それぐらい離れてるかな。いつもなずながかわいい~って褒めてくれるのよ。すっごい美人。昔、モデルやってたんだて。もうすぐ産まれるみたい。結構お腹大きい。女の子だって。きっと美人になるわよ。


 ああ……なんだかなずなが産まれたときのこと思い出しちゃった。

 なかなかね……大変だったわ……。

 ……。

 ――って。


(音)ミシ、ミシ、ミシ、ミシ――何者かが寝室に近づいてくる足音が聞こえる。

 

 ああ~、もっとセキュリティしっかりしてるところを選べばよかった~(*小声で涙目)。


 武器! 武器! 武器!

 ぬいぐるみしかないよね。

 とりあえず相手の攻撃を受け止められるけど、いつかやられちゃうよね。

 ……。

 あった!

 武器!


 傘!


 なずなのお人形さんの傘!


 めっちゃ小さいけど、これしかない。いざという時に、この先端で相手の目を突けば、こっちの勝ちよ!


 ……。

 ……だよね。

 でも、他にはないじゃない。

 ある?

 武器。


(音)ミシ、ミシ、ミシ、ミシ――何者かが寝室に近づいてくる足音が聞こえる。

 そして、足音が寝室の前で止まる。

 

 どどどどどどどど、どうしよう~(*小声で涙目)。

 あ、あなた……助けて……。


 ……うん。


 わかった。


 いざって時は、なずなを抱いて逃げるね。

 ……うん。

 ありがとう。

 ……。


 好きよ。


 今さら、こんな時にだけど。

 恥ずかしいから、最近あまり言ってなかったけど。

 結婚してから今も変わらず好きよ。

 だから――

 最近してないからって、そんなにすねないでよ。

 ――って、こんな状況で何言ってるんだろうね、わたし。


(音)コンコン――寝室のドアがノックされる。



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