第2話 明日じゃだめ?

〇 寝室――夜11時。

 小松菜 なずな――二人の娘。2歳。女の子。まだオムツは外れていない。

 あなたと桃子の隣で、なずながすうすうと寝息をたてている。桃子が眠りにつこうとしているなか、あなたは桃子にちょっかいを出そうとしている。


(音)もぞもぞと布団を摺る音が聞こえる。


 ……んんっ。

 んんん?

 なに? どうしたの? いま、ちょうど寝落ちしそうになってたのに。

 んああっ。


 ふあああぁぁぁ――


 ――って。

 ちょっと待ってよ。

 どうしたのよ、今日に限って。


(音)ふたたび、もぞもぞと布団を摺る音が聞こえる。


 あ。

 ちょっと、ちょっと待って。ねえ、待ってったら。

 なずなが起きちゃうでしょ。ようやく一回起きたお姫様をさっき寝かしつけたんだから。


 ごめん、今日は寝かせて。


 なんだか疲れちゃって。

 わたしも眠たいの。

 朝から晩まで、なずなの相手してるから。


 もうね、大変すぎるわ。


 誰が言ったのかしらね、魔の2歳児って。

 たまに人間と思えない瞬間があるのよ。うぎゃあああって。

 声のボリュームがものすごいのよ。抱っこしながら、アレやられると鼓膜が破けそうになっちゃう。でも、あんなに小さな体のどこにそんなエネルギーがあるのかしら。

 魔法でも使えるんじゃないってぐらいのエネルギーよ。


 え?

 

 3歳児の間違い?

 そうだっけ? 2歳児じゃないの?

 3歳?

 ……。

 まあ……どっちでもいいや。

 そんな数字も間違っちゃうぐらいに疲れ果てて、眠たいってことなのよ。

 もうね、目が、目が、目が――状態なわけよ。

 まぶたがめちゃくちゃ重たい。

 だから、もう今日は寝かせて。

 明日ね、明日。明日、しよう。


 え?


 昨日も、明日って言ったって? 

 そうだっけ。言われてみたらそんな感じがしないでもないわね。一昨日も同じこと言ってたっけ?

 ん?

 はいはい。


 一昨日の前の日も?


 ……。

 そうだっけ?

 ……はいはい。


 その前の前の前の前の……かれこれ、2年前から?


 うそ、そんな前からだっけ?

 うーん……ちょっとまって思い出してみるから。いくらなんでもそれは言い過ぎじゃない? さすがに2年はないと思うよ。

 そう?

 いやあ、そんなことないと思うけど……。

 まあ……ちょっと……考えて……みよう……か……な……。


 ふわあぁぁ――


 ……。

 ……。


(音)すうすうと寝息を立て始める。桃子はいつの間にか寝てしまう。


 ……んあっ。

 んん、あれ。

 もしかしないまでも、寝てた?

 んんんっ。

 ふわあああ――


 もう、じゃあそのまま寝かせてよ。いい感じで眠れそうだったのに。今日は、お姫様が大変で、昼寝もできなかったんだから。


 んしょ。


 じゃあ、もう寝るね。


 あなたも明日、早いって言ってたじゃない。なんだっけ? プレゼンがあるからって。だから、お互い早く寝たほうがいいわよ。

 睡眠って一番大切よね。三大欲求のなかで一番大事なんじゃない? 食べるのは我慢できるし、性欲だってこんな感じだし、寝るのだけはもう無理って感じで――


 あ!


 コラ。

 コラコラコラコラ。

 ちょっと。

 ちょっとちょっと。だめだめ。もう、だめだって。

 なずなが起きちゃう。


 明日じゃだめ?


 だめ?

 やっぱり2年はうそじゃないって?

 それは言い過ぎよ。

 言い過ぎじゃない?

 ほんとに――って。

 コラコラコラコラ。

 ちょっと、ほんとにもう寝かせて~。

 

(音)あなたと桃子がわちゃわちゃするたび、布団が摺れる音が響く。そして――やがて静かになる。


 あれ?

 寝かせてくれるの?

 もしかして、すねちゃったの?

 さっきまであんなにわちゃわちゃしてたのに。急にわざとらしくわたしに背中を向けてから。いくらなんでもわかり易すぎでしょ。


 腹筋鍛えたの? ついでに背筋も?


 ふふっ――

 こどもみたい。

 ……うん、そう。

 いやいやいやいや、これはフリじゃないって。


 あ。


 また。

 あ、ちょっと……。

 ちょいちょいちょいちょい。

 ごめん、やっぱり今日は眠たいから寝かせて。


 ね。


 明日は絶対するから。


 ね。いいでしょ?


 ホントに今日はうるさかったのよ。もうね、ずううっとおままごとに付き合ってたから、休憩らしい休憩もなかったし。

 もー、だめだわ。そんなに体力ないし。

 やっぱり25歳からキタわ。10代とはちがうね。


 そうそう、聞いてよ。

 おままごとの内容が面白いのよ。

 コレってなずなのお友達同士で流行ってるのかな。


 宇宙キューティー「KISARAGI」って知ってる?


 うん……はいはい。

 まあ、知らないよね。なんか流行ってるんだって。それがね、いくらネットで調べても出てこないのよ。

 うん、そう。アニメじゃないのよ。

 わたしも宇宙キューティー「KISARAGI」ってまだアニメ化されてないマンガかもって、さっき調べたんだけど何にもヒットしないわけ。つまり、これってなずなのオリジナルキャラなわけよ。


 でしょー。


 こういうのって自我の始まりってよく言うじゃない。実際、おままごとって発育にすごく良い影響を与えるみたいよ。なずなって喋りだすのもお友達より早かったし、人よりおませさんなのかもね。


 それでね、ストーリーもよく考えられてるわけよ。


 なんかね、遠い宇宙の果てがピンチなんだって。人が住めないみたいで、この街で産まれたなずなを迎えにくるんだって。あ、今なずなって言ったけど、これがKISARAGIのことね。それで、その星にいって毛虫をやっつけるんだって。


 すごくない?

 ふつう、こんなの2歳児が考えられないでしょ。

 それでね、面白いのが――

 あ!


(音)ふわあ――なずなのうめき声。今すぐ泣き出しそうな声がとなりから聞こえる。


 ……。

 ……。


(音)なずなは泣き出すことなく、再びすうすうと寝息が聞こえる。


 ……。

 寝たね。

 あぶなかった~。一回、起きると大変になるところだったわ。ぎりぎりセーフね。

 やっぱり、もう静かに寝ましょう。

 だから、あなたとは明日ね。

 いいでしょ?

 ね?

 明日はいっぱい――


(音)バリン!――突如、静寂を切り裂くように、リビングから窓ガラスが割れる音が響く。


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