今日こそ、嫁と! ~ASMR PART1 自宅でちょっかいだしちゃいました!~ 【全5話】

小林勤務

第1話 バレバレですよ

〇 自宅(郊外2LDKのマンション)のキッチン――夜9時。

 小松菜 桃子――26歳。身長はあなたに収まる程度でちょうどいい。可愛い系。綺麗な黒髪が魅力的。

 あなたと桃子は結婚3年目。桃子がキッチンで料理をしているなか、あなたは桃子にちょっかいを出そうとしている。


(音)トントントントン――包丁で野菜を小気味よく切る音が響く。


 ……。

 ちょっと。

 ちょっとちょっと、なんで無視するのよ。

 気付いてますけど。


 え?


 ……いやいやいや。

 バレバレでしょ。


 うん?


 はいはい。

 ……あのね。どう考えても、いま、わざとお尻触ったでしょ。

 しかも手の甲で。手の込んだ技で。


 え? 不可抗力でもなんでもないじゃない。


 だって、避けようと思ったら避けれるぐらいのスペースはありますけど。キッチンと冷蔵庫の間には。

 偶然、冷蔵庫にお茶を取りにいって、すれ違いざまに妻のお尻に触れるなんてことは物理的に不可能だけど。避けようと思えば避けれるし。


 え?

 こっちが邪魔だって?


 ……ふっ。やけに取り繕うのね。

 てゆうか、気付かれないと思った? 結婚して3年も経つんだから、そっちの考えなんてお見通しよ。

 ……。

 別に冷たくないわよ。触られるのがイヤっていうんじゃなくて、いま、包丁使ってるんだから危ないってことよ。


 TPO。これよ、コレ。


 なんだっけ、これ。

 えっと……タイムポイント……。まあ、いいや、ようはTPOってことよ。これだけで意味、通じるでしょ?


 あ! 


 ちょっとちょっと。ちゃんと人の話聞いてたの?

 ……うんうん。

 いやいや、そうじゃなくて。触られるのがイヤじゃないってとこしか聞いてないじゃない。だから、包丁使ってるから危ないでしょ。

 今じゃないのよ、今じゃ。

 ご飯作ってるときにちょっかいだされたら危ないってことよ。


 最近、冷たい?


 そんなことないわよ。普通よ、別に。

 怪しい?

 なに、もしかしてわたしのこと疑ってるの?

 ……。

 ふーん。そんなこと言うなら、自分でご飯つくる? こうやって料理も作ってあげてるのに。しかも、あなたの好きな麻婆豆腐を。アツアツが好きなんでしょ?

 はい、これどうぞ。


(音)すっと――桃子が包丁をあなたに突き出す。


 ちがうちがう、あなたを殺そうとしてるんじゃないって。

 ほら、包丁。

 作ってみる? 麻婆豆腐。ぜーんぜん、料理してないじゃない。てゆうか、ネギ、切れる?

 ……ほんとに~?

 あわてて切って、ついでに指も切っちゃうんじゃない。

 ほんと~? あやし~。


 ぷぷぷ。もっと家事能力あげないとね。


 ……そりゃあ、感謝? してるわよ。

 だって、あなたがお仕事がんばってくれるから、こうしてわたしたちが生活できているわけだし。

 別に……ふだん口には出さないけど、もってますよ。ちゃんと。あなたに対して。

 だから――

 そんな風に言われるのはこっちも心外よ。


 え?


 ……なに、急に。

 ちょっと、いやよそんなの。

 ……。


 だって……なんか恥ずかしいじゃない。


 ええ? 今ここで? 

 今じゃないとだめなの? まだ麻婆豆腐つくりかけなんだけど。

 もうちょっと待ってよ。もうすぐネギ切り終わるんだから。これを最後に薬味として振りかけるだけなんだし。これがないとうるさいじゃない。なんか物足りないって。

 あ!

 ところで、おかずラー油買ってきてくれた? 忘れないうちに聞いとくね。

 ありがとう。じゃあ、そこに置いておいて。

 ふう……。


 ……ん?


 手じゃなくて、口だから関係ないって?


 まあ……そうだけど。

 ……てゆうか、どうしたのよ、今日は。

 なんか会社でいやなことがあったの?

 ないの?

 ほんとに?

 あなた、顔に出やすいタイプだからすぐわかるんだけど、そういうのって。

 ……ほんと? 別にないの?


 ふんふん……。


 えっ。なに、あの嫌な先輩、ついにクビになっちゃったの?

 そりゃあそうよね。カラ出張ばっかりやってるんだし。てゆうか、今までよく見逃されてたわね。

 え? 課長もぐるだって?

 うーん、闇が深いわね……。

 てゆうか、なんだかんだで世の中には悪いやつっているものね。

 そんなわけで、特にストレスもないって……そうですか。

 じゃあ、今までと変わらないのね。


 じゃあ……。

 どうしてよ? 急に。


 ……。

 まあ、結婚したばかりの頃は……なんてゆうか、特別じゃない。お互いに盛り上がってたし。初めての二人だけの生活だったし、でさ。


 まあ特別よ、と・く・べ・つ。


 だから……なんてゆうか、その……なんだ。

 改めてお願いされると、なんか妙に照れるっていうか……。恥ずかしいっていうか……。そんな感じよ。

 だから誤解しなくていいって。ちゃんと、その――

 

 好き、だから――(*聞こえないぐらいの小声)


 え?

 聞こえない?

 ちゃんとご要望とおり言ったのに?

 もう、ちゃんと聞いといてよ。

 だって……。二度も、恥ずかしいじゃない。しかもキッチンで。しかも麻婆豆腐つくってる最中に。

 いやいや、だから……。ああ~、なんか妙に顔が熱いんだけど。

 じゃあ、もう一回だけよ。

 それでいい?


 ……。


 ちょっと、そんなにかしこまって耳を近づけなくてもいいから。

 ますます言いづらいじゃない。

 もうちょっと離れて。

 はいはい、そこそこ。白線の内側にまでお下がりください。


 白線? ないけど。


 ただの冗談に冷静に突っ込まないでよ。

 じゃあ、まあ、なんだ……。


 好き……よ。


 聞こえた?

 もういいでしょ?




 

 

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