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 簡単に人が殺せる。

 僕は日本に、生まれて比較的平穏な人生を送って来た。もし「簡単に人を殺せたら」と考えたことがない人は、いないんじゃないだろうか。

 でも。

「拾は、たとえばさ、便利な能力を持っていたらどうする?」

「随分とアバウトな質問だね」

 いつも通り拾は、横になってゲームを進行している。いつもと違い、なぜか僕の部屋のベッドでごろごろと横になっている。どうやらネコソギティアに関しては、分からなくなったら僕に聞けばいい、という理由らしい。

 だからといってせっかくの休日にベッドを占有するのはやめてほしい。

「あーお兄ちゃんのベッド私のよりふかふかだったんだねー、このまま時効取得しようかなー」

 もっとふかふかなベッドを知っている。とは言わなかった。

「悪意の占有になるから、時効取得には20年かかるよ」

「じゃあお兄ちゃんのチートで、この上で20年経過させてよ」

「そんなことできないだろうし、できたとしても拾が35歳になってたら明日からクラスメイトが気まずいだろ」

 35歳の中学生、なんだかドラマの題材になりそうだ。

「クラスのみんなは恋愛の話をしているのに、私だけお見合いの話とかしだしたりして」

「なんだか切ないわ」

 というか35歳で制服着てたら何かの撮影かと思われるんじゃないだろうか。

「そういう風に、エッチなことばかり考えるんだよね、お兄ちゃん」

「な、なんのことだよ……」

「あー胸元が苦しいなー」

 わざとらしく胸元を見せつける。いや確かに、胸を大きくしたことに関して悪かったと思っているし、浅はかだったとは思っているけれども……

「じゃあ何度も言ってるけど、戻してやるよ」

「や、やだよ! 胸元の空いたタートルネックとか買っちゃったんだから……」

「めちゃくちゃ酷使してるじゃないか……って胸元の空いたタートルネックとか、だめだろ、ちょっと見せてみろよ」

「エロス関係になると顔が変わるのやめてよ……」

 妹は怯えたように自分の胸元を見る。

 こんなに自分の胸を大切にしているやつは、そういないだろう。

「そんなに嫌なら戻してやるって」

「全力疾走すると胸が痛くなるし、困るなー」

「いやだから戻してやるよ」

「やだやだ!」

 そんなに戻すのが嫌なら、自虐風に巨乳を自慢気に語らなければいいのに。生まれてから成長するにつき胸が大きくなっていたというのなら、こういう歪んだ形で自分の胸とつきあうことにはならなかったのだろうけど……急に胸が大きくなると、こんな風に「巨乳には、巨乳の悩みがあるんだよ」とか自虐を装って、自慢し出すようなやつになるのだろうか。

「にわか巨乳のくせに」

「うるさい、性欲爆弾!」ついに拾がゲーム機を置いて、ベッドから起きあがった。「何が能力よ、妹の胸を大きくしたりして……時間を止めてエッチなことするアダルトビデオをこっそり所持してたくせに!」

 そう、僕は何を隠そう、僕は時間を停めるアダルトビデオが好きなわけで、別にそれは恥ずかしいことだとは思うけど性癖についてとやかく言われるつもりはない。

 ちなみに時間を停めるアダルトビデオというのは、男優が時間を停める演技に合わせて女優が時間を停められた演技をして、その動かなく泣った女性にエッチなことをするという、なんともまあ冷静に考えてみればしょうもないものだとは思う。

「あれは……相手に、悟られずエッチなことして……こっちも気持ちよくなるんだからウィンウィンの関係だろう……そういうみんなが得するビデオもいいかなってこっそり手に入れたんだよ……」

「何がウィンウィンよ、みんなあそこがビンビンだったし、発想がすでに負けてるよ」

 なんかうまいこと言われたような、いやまてよ、やっぱり全然うまくないような。

「いいんだよ、別に実際に時間停めてるわけじゃないし、停めてるていで合法にエッチなことしてるわけだから。それを僕が脳内で『時間を停めてるんだ……』と言い聞かせてるんだよ」

「あんな棒読みの演技で、よくそんな妄想ができるね!」

「なんだよ拾だって、その棒読みの演技を見て『なんで、この人たち時間が停められるのに、アダルトビデオなんかにでたの?』って言ってたくせに」

 人の部屋のアダルトビデオを勝手に見るのはやめてほしい。

 顔を赤くさせながら、枕に顔をうずめてしまった。小さく「くさっ」とつぶやいたのは、非常に精神的ダメージが大きかった。

「お兄ちゃんは」臭い枕に顔をつっこんだまま話だした。非常に聞き取りにくい。「浅はかすぎたんじゃないかな?」

「浅はか?」

 なんだろうか、少なくとも妹にアダルトビデオの話をするくらいには浅はかだとは思うけれど。

 拾は、臭い枕から顔を離した。

「そう、たとえばその時間を停めるアダルトビデオだってそう、時間を停めてからいきなり脱がしたりするのは浅はかだと思わない?」

「うーん……まあ、趣が無いとは思うけど」

「いやいや」枕から顔を離し、大きく手を振って否定した。「お兄ちゃんが着衣派とかいう話じゃなくて」

「考えたことはあるよ、時間停止……何分停められるかも分からないのに、服を脱がすような安易なことよくできるなと」

「そう、私が時間を停められるようになったら、まずは何時間停められるか算出するよ。それで、何かその時の条件が無いのか、空気の流れはどうなるのか、電気器具はどうなるのか、触れたものはどうなるのか、そういうのも調べるよね」

「まあ確かに、あれはアダルトビデオだから、触れた電気器具は動きだすのに、触れた女優は動き出さないっていうご都合主義な世界観だからね」

「そういうこと全部調べてから、やればいいんだよ」

「エッチなことをするの?」

 妹に性的な発想があることが少し意外だった。

「ううん、お金持ちの家から気づかれない程度にお金を……」

「姑息!」

「まあ気がつかない程度に使っていくしかないってのは、利用するに至って当然の発想でしょう。それができなかったってことはやっぱりお兄ちゃんは、浅はかなんだよ」

「まあそうなんだろうけど」

 なんで時間を停めるアダルトビデオを例に浅はかだと言われなくちゃいかんのやら。

「お兄ちゃん」妹はゲーム機をもって、寂しそうにつぶやいた。「現実は、ゲームとは違うんだから」




 友人が……貴味が死んで、改めて友人の少なさを実感する。だから友達を作ろう、そう思ったりもしたけれど、それでも友人を作る気にはなれなかった。後ろの席、つまり貴味の席には花が飾られており、それが貴味の為になると誰も信じては居ないだろうけど、それがクラス全体で死を弔っているというパフォーマンスくらいにはなるかもしれない。

 新たな友人とは、おそらく貴味の死を共有できない。

 貴味の席に誰かが座る音がし、思わず振り返る。

「こうして話をするのは久しぶりですね」

「そうかなぁ……この前も話をした気がするんだけど」

 と続けると「そうかも?」と首を傾げた。

 流流と僕の間には、貴味を弔う花があった。

「こうして三人で話をするのは久しぶりじゃないですか?」

「あぁ……」

 流流がどういうつもりでそう言ったのか理解できず、曖昧な返事だけしか出てこなかった。

「いえ、冗談です。困らせるようなこと言ってすみません」

 彼女は小さく頭を下げた。

「実は聞きたいことがあるんだけど、大丈夫かな?」

「いいですよ。答えられる範囲なら、なんでも答えます」

「うーん……」今からしようとする質問は答えられる範囲かは非常に微妙だった、特に貴味の居る場所では。「貴味と、美亜の話ですけど」

「お二人になにか?」

 無表情だった。少し嫌な顔をしてくれたら、そこで話をやめようと思っていたけれど。

「二人はその……何か関係があったとか?」

「そういう話だと思いました」

 花ビラを触る。白いユリの花が、少し元気をなくしている。微妙な空気にげんなりしているのかもしれない。

「付き合っていたってこと?」

「ええ、付き合っていました」

「そっか……」

 それは、なんだか少し残念な気がした。なんでだろう、知っている人間同士が付き合っていたというのは、自分には関係ないはずなのに少し寂しい気もする。

「昔、貴味に美亜には近づかないほうがいいって言われたことがあるけど……それは、自分の彼女に近づいてほしくなかったってことかな?」

「ああ、語弊がありますね」彼女はさらりと言った。「全然違いますよ。まず、あなたの言っている『付き合っていた』と私の言っている『付き合っていた』が異なります」

「というと、どういうこと? お互いをでっかい三角定規で突き合っていたとか?」

「そういう、しょうもない話ではありませんね」彼女がため息をついた。ユリも呆れたように見えた。「貴味が死んでしまった以上『付き合っていた』と言うと、まるで、つい最近まで付き合っていた、そう言ってるみたいでしょう?」

「違うの?」

「はい、違います。実際美亜さんと貴味は、半年ほど前に別れているはずです」

「あ、なるほど」

 だから『付き合っていた』が異なる、と言ったのか。

「そうです。だけどまあ二人の感情は分かりません。なぜ貴味が『美亜さんに関与するな』と言ったのかも分かりません。本当に嫉妬して言ったのかもしれませんし……」

 言いにくいのかそこで言葉を止めた。

「警告するつもりで言ったのかもしれないと」

「はい」

 でもまあ後者でしょうね。と彼女が小さくつぶやいたような気がした。

「あ、あのさぁ」

「はい」

「よかったら、その、握手してくれない?」

「握手ですか?」

「なんていうかその、えっと」少し考える。考えてから喋るのが苦手だから、よくこうなってしまう。「よかったら友達になってもらおうかなって」

 少し彼女が笑った気がしたけれど、美亜の表情は相変わらず免許証の証明写真を撮るかのように無表情だった。

「いいですよ、あなたにはその、借りもありますし」

「いや……」

 もっと否定したい気持ちもあったけれども、あまりここでは触れたくない内容だったので、首を振ってそれ以上は何も言わなかった。

「はい」

 出てきた手を、つかみ取るように握手をした。やわらかくて、なんて言うんだろう。マシュマロみたいにやわらかかった。

「照れるね……」

「今更、握手で照れるんですか?」

 そういえば彼女の裸を見たことがあるし、おっぱいの感触も知ってるはずなのだけれども、なんというか、それとは趣が違うというか。

「どうでしたか? 知りたい情報は得ることはできましたか?」

「あぁ……見透かされてたね」

 ただでさえ恥ずかしい現状がさらに恥ずかしくなった。

「何も、分からなかったよ。これだけは本当」

 そう、残念ながら分からなかった。というよりは僕が知りたいようなパラメーターが簡単に設定されていると思ったのが間違いだったわけなのだけれど。要するに「放火した回数」なんていう便利なパラメーターがあれば話が早かったし、これで彼女が放火したにしろ放火をしていないにしろそれを証明できたら、話が早かったわけなんだけど。

「私じゃなくて、残念でしたか?」

「何が?」

「どういう手段か知りませんが」彼女がユリの花びらを触った。「私が貴味を殺したか調べたんですよね?」

「うん」

「私じゃない、そう証明できましたか?」

 そこでチャイムがなり、流流は、貴味の席を立った。

「木根さん、友人になった記念に一つだけ警告してあげます。犯人探しは、もうやめたほうがいいですよ」




 そもそも、彼女を……流流を疑ったのは他にだれも居なかったからだ。

 美亜が言っていた推理の一つに、『何者かが、なんらかの事情で「美亜」が殺せなくなったから「貴味」を殺した』というものがあった。

 それが仮に正しいとするならば、二人の仲を知っている人物でなくてはいけない、そんな人物で思い当たったのが流流しか居なかっただけで、可能性としては低かった。

 そう思いたくは無かった。

 だからまず彼女で試したのだが……

 一番星みたいなもので、非常に遠い存在だけれどもそれ以外に何も見えない状態なのでとりあえず彼女を疑うしかなかった、他に観測できるものが無かっただけ。

 美亜がこの比喩に対して「犯人だけに、一番星ってわけね~」と言っていたが、犯人をホシと呼ぶということを知らなかった僕は、こんな時に何言ってるんだこの人は、としか思わなかった。

 帰宅すると、僕の部屋で拾が寝転がっていた。

「だから制服のまま寝転がるのはやめてくれって」

「え、だって制服のまま寝転がるビデオ好きでしょう?」

「なんでお前は、俺の所持しているアダルトビデオ事情に詳しいんだよ」

 僕の部屋にはインターネット環境が無い。だから安物のアダルトビデオを購入することが多い。

「いやーん」

 妹が体をくねらした。当然興奮もしないければ、欲情もしない。ただ実の妹のよく分からないテンションに取り残されたような、横断歩道で僕だけ渡れずに赤になってしまったような孤独があった。

「変なキャラやめろ」

「さてお兄ちゃん。実は話したいことがあります」

「話したいこと?」

 首を傾げた。思い当たる節が無いわけでもない。僕のチートに関して、何か気になることがある、もしくは、何かしてほしいことがあるそのどちらかだと思った。

「といっても私が話をしたいわけじゃないんだけど」

 彼女がそう言った瞬間「ピピピピピ」という音がゲーム機から聞こえてきた。この音は……僕が初めて、チートを使ったとき、あのテストの点数を書き換えた時に流れてきた音と一緒だ。

「じゃあお兄ちゃん、がんばってね」

 拾がゲーム機を置いて部屋から出て行く。その画面に写る彼女の映像を見て、僕は思い出した。

「オリビア……」

 あのピピピピピという機械音は、ネコソギティアの「キャラクターが喋った時になる音」だ。あのゲームは僕がプレイした時ですら相当古い作品で、声なんて出なかった。

 また「ありがとう」かな?

 二画面に分割されたゲーム機には、キャベツの映像と、オリビアの映像がそれぞれの画面に映し出していて、オリビアの画面には「ひさしぶり」という文字が映し出されていた。

「ピピピピピ」

「久しぶり……」好きだったゲームのキャラクターが、ドットからCGへと姿を変えており、改めて見ると感動してしまった。「ありがとうだけじゃなくて、結構バリエーションがあるんだね。本当に久しぶりだよ」

「ええ、久しぶり」

「うわあああああ!」驚きのあまり、きれいに後転するかのような、見事なリアクションをとってしまう。「しゃべった!」

「いや、話しかけといてそれに応えたら喋ったは無いでしょ」

「そりゃそうだけど……」

 思わず普通に返答してしまう。なんだこの異常な状況は、最近のゲームは普通に会話できるようになっているのか?

 ゲームをプレイすることでおろそかになりがちなコミュニケーションを、逆にプレイ中に養っていこうという最近の傾向でもあるのか?

「でもさ、たとえば、お墓参りの最中に『おばあちゃん元気にしてる』とか話しかけて、お墓が『いやいや、死んでるんだから元気なわけないでしょ(笑)』とかしゃべりだしたら驚くよね。僕が全面的に悪いわけじゃないよね」

「あれ? 髪きった?」

「それどころじゃないくらい変化してるよ、何年たったと思ってるんだよ当時と比べて」

 相変わらずつかみ所の無い女、オリビアである。ちなみに彼女は、好感度こそ設定されており、他のヒロイン同様攻略できるような体裁でゲームが進行するけれど実際は途中で裏切り、死んでしまう。

「ってもう裏切ったんじゃなかったの……?」

「こっちの情報を流しに戻ってきたのよ、そんなことも忘れたの?」

「そういえばそんなこともあったね……」

 なんだか、本人の口からひどいネタバレを言われた気がしたが、まあ妹も居ないので大丈夫だろう。いやまあ、妹もゲームキャラがしゃべり出したほうが驚いただろうけど。

「そっちは何か変わった?」

「三次元になったわ」それに付け足すように「ああ、デノミ機能がついたわ。これでやけに野菜の高騰するゲームとか言われなくなったわ」

「野菜のためにデノミするのもなぁ……」

「あとは、リメイク前と対して変わらないわ。攻略後に隠しダンジョンがあるらしけど」

「リメイク特有のアレね」

 ナンバリングタイトルだと他のナンバリングの敵がゲストとして現れたりするやつだ。

「残念ながら私は見ることができないけど」

 沈黙が流れた。正確には、ゲーム機自体はお城の仰々しいテーマソングが奏でられているので、沈黙というのもなんか違う気もするけれど。

「今回も死んじゃうの?」

「ええ死ぬわ。裏切って死ぬわ」

 当時、プレイヤーの間では『悪女』とか揶揄されてしまった、なにせメインヒロインかと思っていた彼女が裏切るのだ。

 その時の台詞、「リーフォンのバズーカのほうが大きいわ!」は、名言として僕の胸の中に刻まれている。

「あのさあ、当時は今より子供だったんでよく分からなかったんだけど、もしかしてバズーカって……」

「ええ、■■■のことよ」

 うまく聞き取れなかった。なんだかゲーム機から、ピーみたいな音が出てきてかき消されたのであって、別にセリフ欄にアオノリがくっついているわけではない。

「全年齢対象だからかきけされたみたい、ごめんなさいね」

「いや、もう十分伝わったよ……」

「だから私のことを攻略できたのは……」彼女のCGが考えるようなポーズをとった。見たことのないポーズにドキッとする。「あなただけね」

「やった」

 棒読みを装ってみたものの、実は本当に嬉しかった。ゲームのキャラクターに何を言ってるんだと思うかもしれないが、他人の知らない彼女を知っているのが、独占欲……とは違うかもしれないけれど、嬉しかった。

 そう、僕はチートを使って、強引に彼女を生存させたのだ、ただ、彼女とのエンディングなんて当然用意されていなかったので……

「いいのよ、生きていたら可能性なんていくらでもあるもの、あの後私が、ゲーム終了後あなたを寝取ってそのまま、■■■■■■■■■■■■」

 アオノリがいっぱいついてるよ。

「あんたみたいに強引なやつ、初めてだったわ」

「まあ……チートは強引なものだよ」

「そう、チートは強引なの、そのことを忘れてるんじゃないの?」

「十分なほど思い知らされてるよ」

 なにせ、死ぬはずだった人間が、生きているのだから。

「いいえ、やはりあなたはチートを軽視しているわ。自ら、一日一回なんていう縛りを自分に課していたあの頃のほうが、24時間に1回なんていうルールに縛られなきゃ乱用してしまいそうになる今より大分マシだったと言えるわ」

「どういうこと?」

「拾が言っていたわ、チートを使うにはもっと慎重になるべきだと。しかもアダルトビデオの比喩まで用いて教えてくれたわ」

 いつの間にやら拾を呼び捨てにするほど仲良くなっていたらしい。まあオリビアは基本的に誰でも呼び捨てだったはずだけれど。

「チートなんてもの、あってはならないもの。それを振りかざすというものは、それはもう圧倒的なもの、たとえば、分かりやすく言うと……時間を停めるアダルトビデオが好きなんだっけ?」

「別に目立って好きなわけでは……」

「まあそれはどうでもいいわ」オリビアが髪をかきあげる。そんな仕草ができるようになるとは、リメイクされてよかったなと思った。「たとえば、時間が停まると空気も動かなくなるわけだから時間を停めてる間は息ができなくなるわけ?」

「空気は別なんじゃないかな……」

「じゃあ、空気だけ動くってことになると大気も動くわけだから時間は進むんじゃないの? それに空気が動くのならば酸素も動くわけだからタバコを吸っている人は全員やけどする羽目になるわよ」

 アダルトビデオの演技に何を……と言う前に彼女が話をすすめる。

「そう、細かいことは考慮されない圧倒的なズル。それがチートじゃないのかしら?」

「ごめん」僕は正直に謝った。「何が言いたいのか分からないよ……」

「そう、だからあなたが考えているようなことはおきないって言いたいのよ。つまり、誰かの命が延びたから、代わりに誰かが死ぬなんてあり得ないって言いたいのよ」

「あぁ……」

 やっと言いたいことがわかった。

「でもそれって……」と言葉を続けようとして飲み込んだ。ここから先は、彼女に言っても意味がないことだった。もうヒントは出し尽くされたわけで、あとはゲームの中のキャラクターには確認しようがない。僕が確認するしかないのだ。

「だけど分からないわね」

 口元に手をあてて考えていた。

「何が?」

「アダルトビデオってなに?」




 犯人探しという体裁で美亜とひとしきり校舎を歩いたあと、貴味の家に何かヒントがないか探りにいこうという話になったが、彼女はそれを断った。

「あそこにはもう行きたくないのよ~」

 なるほど、もっともらしい理由だと思ったし、それはそうだとも思った。気持ちは分かるから僕も近づかないようにするよと言った後、美亜と別れてやってきたのは、もちろん貴味の家だった。

 まだどう対応するか決まっていないのか、前に来た時と何も変わらなかった。

「骨とか出てきたらどうするの?」

「そんなのすでに処理されているんじゃない?」

 それにもし見つかったら、お墓にお供えしてやるよと付け足したが拾は「で、私は何をすればいいの?」と話を進めようとしていた。

「悪いけど見張りを頼む」

 もし人に見つかりそうになったら、伝えてくれ。

「伝えてくれって言われても、人が来たら『見つかりそうだよ!』って叫ぶの? その時点で大分アウトだと思うんだけど」

「うーん、じゃあ人が来たら歌うとか」

「私が不審者になるから意味ないじゃん」

 津軽海峡にちなんだ演歌を熱唱するとか、どうでもいい話をひしきりした後、「携帯で通話するふりをする」ということで落ち着いた。妹の「もしもし」という声が聞こえたら隠れればいいわけだ。

 一応指紋を考慮して軍手をしてみたが、気休め程度にしかならないのは自分でも分かっている。

「しかしまぁ……」

 ドラマでしか見たことない立ち入り禁止の黄色いテープ乗り越えると黒こげになった家の残骸、及び様々な私物が見えてくる。貴味の鞄であっただろうものや、制服であっただろうものを見ると、悲しくなる。

「なんで死んじゃったんだよ……」

 立ち止まって、悲しんであげるほど僕は友達思いではないし、演出過多ではない。だけど、涙は勝手にあふれてくる。それに……

「何やってるんだろうな」

 とつぶやいてしまう。自分でも不思議だった。なんで友人の家だった焼け跡に進入しているのだろうと。

 貴味の私物らしきものがあり、焼き焦げた教科書などの形跡から、そこが貴味の部屋だとわかった。場所を重点的に調べる予定だったけれども、その必要は無かった。

「貴味……」

 なぜか感謝の気持ちがあふれる。

「こんな僕の友達で居てくれて、ありがとう」いや、どちらかというと「こんなダメな友達でごめん」のほうが近いかもしれない。

 貴味の「どっちでもいい」とかいう呆れた声が聞こえた気がした。

 通貨がイガグリになったらどうするとかいうやつに言われたくないわ。と首を振る。

 でもまあ、貴味はこれを見てどう思うんだろう、なんて思ってしまった。床の一部分、おおよそ170センチくらいだろうか、おおよそ女性一人が寝転がったくらいの床が燃えずに、残されていた。

 不自然なほどきれいに。

 やはり彼女は、美亜は火事になった時ここに居たのだ。彼女が居た範囲だけ燃えずに床が残ったのだろう。

「本当に、強引だなぁ」

 炎の彼女が避けたのか、それとも炎につつまれてもなお彼女は燃えなかったのかは分からないけれど、少なくとも美亜は居たのだ。

 死ぬはずだった彼女は、チートにより生き残った。

 貴味と、その家族、そして美亜、そのうち美亜だけが生き残ったというわけだ。

 おそらく寿命うんぬんも、嘘だったのだろう。

 美亜が犯人をつきとめたいというから協力しようという話だったわけで、別に僕自身が犯人を突き止めたかったわけでもない。

 犯人は僕が居なくても誰かがつきとめたかもしれない、だけど貴味を殺したことを悔い改めさせることは僕にしかできない。

 それにしても……

「ごめん」

 それでも貴味の前で、美亜を犯人呼ばわりするのは、やはり罪悪感があった。


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