0004/FFFF
ホームルームで、貴味の死を聞かされてから、教室の空気は非常に暗くなった。
緊急に朝礼が行われ、校長が生徒の死を嘆いた。
明るく優しい生徒だったらしい。校長は本当に貴味のことを知っていたのだろうか?
担任の吉田は、クラスメイトを失ったことを嘆いてはいたが、めんどうなことになったなという気持ちが、隠し切れていなかった。
むしろ体裁だけでも悲しんでいることに、吉田にしては考慮してくれているなとすら思えた。
だが、クラスメイトが死んだという事実は、僕たち、クラスメイトにとっては受け入れがたいものだった。少なくとも僕はそう思う。
たとえ、一度も貴味と話したことなかったとしても。非常につらいものだろう。
流流と美亜は欠席していた。
流流は、おそらく葬儀に参加しているのだろうか。美亜も委員長として参加しているのかもしれない。
貴味が死んだことで、僕に話しかけてくれるクラスメイトもいたが、一人になって考えたいことが多かったので、少し煩わしいとすら思ってしまった。
昼食を食べながら考える。
まだ会って三ヶ月も経ってない友人だったが、今までの数少ない友人の中で誰よりも優しいやつだったと思う。居なくなって美化しているわけではない。
ただ、今までの友人の中で、誰よりも遠かったと思う。
彼のプライベートはほとんど分からないし、家族の話も聞いたことがない。
美亜は自分が死ぬと知っているような口振りだった。彼女が死ぬはずだった日と、貴味の死んだ日が同じ。
関係が無いとは思えなかった。
放課後、校門から抜けた所に流流が待ちかまえていた。
彼女が僕のことを待っているなんてことは、当然ながら初めてである。目もとは赤く充血していて腫れている。泣いていたことを隠すかのように、また大きなメガネをしていた。
「もう学校は終わったよ……」
それが精一杯、気の利かない人間の僕が必死に考えた、気の利いた言葉だった。
「貴味さんが死にました。」
「うん……分かってるよ……」
僕は顔を伏せた。正直泣き出したいのはこっちも一緒だったが、それを必死に抑えた。
「助けてください」
僕が黙っていたら、彼女は「ごめんなさい」と言って立ち去ってしまった。彼女は何か悪いことをしたのだろうか、していないとしたらなんで謝ったのだろうか、考えてもまったく分からなかった。
また「助けて」か。
残念ながらチートでは、過去は変えられない。
死んだ人間は生き返らない。
少し考え事をして、何度も立ち止まりながらも帰宅した。
結局僕の結論としては、友人が死んだことを両親には伝えるべきだと思った。
それでも出来る限り、何事もなかったかのように過ごしていこうと思った。こんな別れがあるのなら、もう友人なんて必要ないのではないか、そう考えると同時に、今日、生まれて初めて「友達が居ない寂しさ」を味わった。
冗談でもなんでもなく、本当に、彼が後ろの席から話しかけてくるのではないかと考える瞬間が何回かあった。
なぜ、こんな重要なことがあるのに、話しかけてくれないのだろうと矛盾した思考が駆けめぐり、こうまでも人は動揺するのだと嫌になった。
「ただいま」
返事は無かった。
この時間帯、すでに妹が帰っていることがほとんどだった。それでも別に、返事が無いのは珍しいことではない。ゲームに集中していたら、挨拶どころか恋愛に関するラップを披露していたって気がつかないだろう。
ただそれでも最近は……ここで一度考えるのを辞めた。
まずリビングから、ゲーム音が聞こえるけれど、操作しているような音が聞こえない。電源をつけたまま放置しているような音だった。
それに、リビングへのドアが開きっぱなしになっている。
「拾、居るのか……?」
玄関から呼びかけてみたが返事が無い。
嫌な予感がする。
急いでリビングに入ると、やはり携帯ゲーム機が床に放置されていた。温泉で卓球をする時にもゲーム機を離さなかったと言っていた彼女が、ゲーム機を床に放置するのは珍しい。
しかも電源をつけたままなのは、セーブせずに電源が切れる可能性もあり、珍しいというよりも……何かあったと考えるのが自然だ。
「拾?」
台所から物音が聞こえる。
「居るのか? 居たら返事くらいしてくれよ」
おもいっきり弱々しい声になる。ドッキリだったらもう大成功しているのでとっとと出てきてほしい。
「居るんだろ?」
台所に拾は居た。
間違いなく居たのだけれど、さっき言った「居たら返事しくらいしてくれよ」というのは、とうてい無理のようだった。
返事をしてほしいなんていう無茶を言ったことを後悔した。口にはタオルを噛むように巻かれていて、小さく「うー……」とうなっている、椅子に固定するようにロープを巻かれて、身動きがとれなくなっていた。
人質、という言葉が似合う格好だ。
「動かないでね」
後ろから声が聞こえる。彼女の声はいつだって、おばさんみたいで落ち着く声で、いつもならば「回覧板でも渡しにきたのかな?」と思ってしまうのだが、今回に限っては狂気に満ちている……ようにも聞こえた。
状況がそう聞こえさせた。
「美亜なの?」
「動いたら死ぬわよ~」声はふざけているように聞こえるが、おそらく本気だろう。冗談で妹がぐるぐる巻きになるはずがない。「場合によっては動かなくても死ぬわよ~」
それでは、どうしようもない。
拾の視界は解放されていて、その瞳が僕を見て怯えていた。いや、正確にいうと、僕の後ろにいる美亜を見て怯えているのだと思う。
包丁でも持っているのかもしれない。
「どうしてこんなことを?」
携帯ゲーム機から流れる音楽は、ほのぼのとしていてリメイク前のネコソギティアで聞いたことがあるものだった。おおよそリズムよくキャベツを切る時なんかに流れる曲だ。
「どうしてって、それは私の台詞じゃないの? あんたこそ私に何をしたの?」
「何って、何もしていないよ」
「嘘つきなさい」何かとがったものが背中にあたる。ナイフか、包丁か、とにかく先端が少し当たっただけでチクリと背中が痛んだ。「たとえここから逃げたとしても、妹さんがどうなるかしらね?」
「拾は関係ないだろ」
んーんーと、妹の口に噛まされたタオルからうめき声が漏れる。
「拾っていうの? 利発そうな妹さんね、きっと将来は公務員になるんじゃないかしら?」声が近づく、耳元で囁いているようだ。「拾は関係ないって言ったけど、じゃあ私は関係あるってことでいいの? あんたは私に何かしたってこと?」
随分と言葉を深読みしてくるなと思った。そういわれると……反論できなくなってしまう。
「無いよ」
「今更嘘ついても、何の意味もないでしょう~、あ、それとも、もしかして……」カラン、と何かが落ちる音がきこえる。背中に当てていた刃物だろうか。「もしかして、自分の寿命も長くできるの?」
「いや……それは」
「私の命を長くした?」
死ぬのが分かっていた?
「それは……どういうこと?」
「私は明日死ぬ予定だったのよ、私には”視えて”いたのよ」
「みえている?」
「そう……」
肩に彼女の手が触れる。
「あなたの寿命は、変わっていないみたいね」
「ちょっと待ってそれって……チートってこと?」
「チート?」
「いや、なんでもない」
思わず口から「チート」という言葉をだしてしまったが、どうやら彼女は、チートの類ではないらしい。
「だから……助けてなんて言ったんだね……」
「そういうこと、だからって本当に助けてもらえるとは思わなかったけど」
「じゃあ……なんで?」
「別に、助けてもらったことには感謝してるわ~、ありがとう。ありがとう。あーありがとう」
とても感謝しているようには聞こえなかったが、それに関して何か言えるような状況ではなかった。どういたしましても、何か違う気がする。
「でもね、それとは別問題でしょ?」
ひょいっと彼女が視界に入ってきた。彼女はいつも通りだった、制服にどこか自信ありげな笑顔。手元のカッターナイフを除けば、実に平均的な鈴木美亜だった。
「それはそれ。これはこれ」
「便利な言葉だね」
「さあ、早く言いなさい。なんであなたは私を助けることができたの?」彼女が、妹に近づく。
「妹さんの命がほしかったらね」
少しの間だけ考える。どうするのが正しいのだろうか……僕に与えられた選択肢は、チートを使ってこの場をどうにか切り抜けるか、正直に言うかのどちらかだった。
「美亜は、たとえばさ…… 僕が変な能力を持っていたとしても」
「うるさいわね!」
ビンタが僕を遮った。まだ、喋ってる途中なのに……
「質問に答えなさい」
彼女は僕をにらみつけた。いつも通りの態度を取っていた彼女は初めて、怒りを露骨にたたきつけてきた感じだった。
言葉を精一杯選び「分かった」と言って頷いた。
「僕はね、数字が分かるだけじゃない。数字を変えることができるんだ」
「数字を変えることができる」
「そうだよ。実際に、変えてみたら、わかりやすいでしょ」
「あんた……」
何を言おうとしたのか分からないが、彼女は立ちくらむようにその場に倒れ込んだ。
「何をしたの……?」
「コンタクトレンズ……はずしてみて」
僕に従うことに少しためらった様子だったが、しばらく床に手を突いたまま僕をにらんでいたが、舌打ちをしてコンタクトをはずした。
美亜が、あたりを見渡した。
「視力をあげたってことかしら?」
「そういうこと、あまり言いにくいことじゃないけど、妹の胸を勝手に大きくしたこともあるよ」
妹の元に行き、口に巻かれたタオルをはずす。どうやったらこんな技術を手に入れることができるかと思うほど、強固に巻かれていたので手間取っていたら、美亜がはずしてくれた。
「ごめんな」
「だっさ」ロープから解放された彼女は、何事もなかったかのようにぴょんぴょんと飛んでいくと、ゲーム機を回収した。
さすがにそのままプレイするようなことはしなかったが……
美亜は「妹さんも悪かったわねぇ~」なんて言っているが、まるで悪びれた様子は無い。まあ、ロープでぐるぐる巻きにしておいて、後からどう謝った所で、よしじゃあ許してやるかとはならないだろう。
「お兄ちゃん、やっぱり……」ゲーム機を閉じてこちらを向いた。「おっぱいが好きなんだね」
「ごめん」
妹は豊かな胸を強調するように揺らした。
「別に良いよ、許してあげる。でもね」拾は、美亜をにらみつけた。「そこのゴミだけは一生許さない」
「あら?」美亜は、会計先でポイントカードが見あたらないかのように軽く首をかしげた。「それ、縛られる時も言ってなかったっけ? 語彙が貧相ね~」
たとえ会計が後ろに10人待っていようとも、小一時間ポイントカードを探せそうな、不動の狂気がそこにはあった。
拾は、しばらくの間美亜を睨みつけ、そのままリビングから出ていってしまった。自分の部屋に戻ったのだろう。
「さてと、じゃああんたも手伝いなさいよ」
「え、何を?」
嫌な予感がした。
「あんた、何も知らないのね」
その翌日は土曜日だったが、進学校を自称している我が校では補習があった。僕くらい勉強が嫌いになると、土曜日に学校がある時間を拘束時間として算出し、土日が休みの学校とどれほど拘束時間に差があって、毎年どのくらい損しているか、ばかりを考えてしまう。
実際は、別に家に居る時間を有意義に使うわけではないので、損などしていない。むしろ損しているのは、こんな授業も対して聞かない僕のためにシャツにアイロンをかけお弁当をつくる母なわけであって、少し後ろめたい。
学校は随分と、つまらなくなった。
貴味のことをちゃんと悲しむこともできないまま、美亜の件があったせいでなんだか頭が未だに整理できていない。
補習には美亜も、流流も居なかったのでついに、校内では誰とも話さなかった。そのまま僕は、貴味の家に向かった。
貴味の家に行ったことは無かったが、昨日美亜に教えて貰った。
僕は、絶句した。
一軒家……だったと思われた場所は、すでになにもかも失われていた。
塀のせいで焼けてしまった物なども細かく見ることもできず、玄関と、そこから見える焼け跡から「ここには家があった」ということが、かろうじて分かるだけだった。
燃えなかった表札が、ここが本当に安室家、つまり貴味の家だということを物語っている。
「言ったでしょ」どこからともなく現れたのは美亜。「私に言われるまで死因を知らなかったんでしょう?」
「まあ、うん」
言葉にならなかった。
悲惨というか……うまく言葉にできないが、友人が焼け死んだということは、簡単に言うと悲しかった。
「それはね、伏せられているのよ」
「そりゃそうだろうね……」
クラスメイトの死なんて、べらべらと話すべきものではないだろう。
「あんた、なんだか勘違いしてない?」
「勘違い?」
「そうね~、もしかして。クラスメイトが焼死したなんて事実が悲しいから伏せられた、そう思っているんじゃないの? だとしたら、相当まぬけね」
「じゃあ何で?」
「貴味は、殺されたのよ。貴味かどうかは知らないけど、とにかく安室家は全員、放火によって殺されたってわけ」
「は?」
「なにすっとぼけてるのよ、だからこれから犯人を探すのよ」
「犯人を探す……?」
「そう」少し演出過多に、玄関に向かって両手を広げた。「私の命が延びたことで……あなたが延ばしたことで、貴味の命が短くなった、そう考えてもおかしくないんじゃない?」
「それは……」
何も関係がないとは思えなかったが、正直言って……
「あんた、もしかしてそう考えるのは強引すぎる、そう思ってるんじゃないの?」
「分からない」
「あんた、貴味の寿命……というよりはいつ死ぬかってのを、あんたのその能力で見たことはある?」
「ううん……」僕は首を振る。「見たことないけど」
「やっぱりね、貴味はあの日死ぬはずじゃなかったのよ」
僕は何もいわず、目を伏せた。
「そういうこと、だから、あんたが私を生かしたから……生きる時間を延ばしたから、そのなんらかの因果関係で貴味が死んだ、そう考えるのも不思議じゃないでしょ?」
相づちとも同意ともつかない、曖昧なうなずきでごまかした。
「じゃあそうね~、誰でもいいから殺したいって人物が居たとして、本来私を殺そうとするはずだったんだけど、あなたがその能力を使って貴味を殺したって考えるのは自然かしら?」
自然かと言われれば自然だったが、何か違和感があった。そうと考えられないのは、自分のせいだと思いたくないからだろうか。
「うーん、そういう風に考えたくないという保身の気持ちを抜きにしても「ちょっと、強引な気がする」
「そうね~」彼女はあっさりと同意して、付け加えた。「じゃあ、こういうのはどうかしら~」
「もし」
彼女は、くるりと全身を使って振り向いた。
「もし、貴味と私が付き合っていたとして、私たちの仲を引き裂きたいという人物が居たら、その人物にとって私を殺しても、貴味を殺しても一緒。そう考えるのは自然かしら?」
彼女は涙を流していた。
だけど、表情は明るかった。
「あんたを怨んでも仕方がないのは分かってるわ~、だけど、感謝もしているのよ、私の命を救ってありがとうってね~」
「ごめん」
それ以外の言葉は何も思いつかなかった。
「分からないよ、実際がどうなのかなんて」
「だから、真相を知りたいの~」
「真相を?」
「そう、だから犯人を探したいってこと。手伝ってくれるわね?」
「手伝うって言われても……、探してどうするの?」
「決まってるじゃない」
なんでそんなことも分からないの、と言いたげに不思議そうに首を傾げた。
「あんた、命が延ばせるんだったら、命を短くすることもできるでしょ?」
「短く?」
「犯人を見つけだして、殺してほしいのよ」
僕はその時、自分の罪の重たさを理解した。
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