第9話 犬と熊と高原
「それでは行きましょうか」
「かしこまりました。出発しましょう」
旅支度を整えたクローネとともに、俺は小屋を出て外に歩き出そうとした。
そのときだった。
「クゥーンクゥーン!」
「クマックマッ!」
「……ワンコロ……クマキチ……」
そこには、魔の森でクローネと遊ながら育った、犬のワンコロと熊のクマキチがいた。
クローネとの別れを惜しむかのように、悲しい表情を浮かべている。
そういえば……。
こいつらはクローネを主人公にしてプレイすると、立ち上がりの仲間キャラだった。
所詮は獣なので武器や防具を装備できないから、人間キャラを仲間にすることができるようになったら速攻にリストラされるわけだが……。
長く一緒にいたらHPは上がってくるし、魔法が使えるので回復要員や肉壁ぐらいにはなれる……。
「クローネさま、良ければ旅に連れて行きませんか」
「良いのですか?!」
さきほどまでとは違って、弾けるような笑顔で俺に振り返った。
これからの長い旅路に、俺のような見知らぬ男と二人旅というのは不安だったのだろう。
俺も……肉壁をゲットできてうれしいです。
「勿論です。彼らもクローネさまの役に立てることを喜んでいます。見てください。彼らのしっぽを」
ワンコロとクマキチは、舌を出しながら全力で尻尾を振っていた。
「……ワンコロ……クマキチ……。ありがとう」
「ワンワン!」
「クマックマッ!」
そうして、ワンコロとクマキチをお供にして、俺とクローネは歩き出した。
まさか、旅立ち早々に四人パーティーになるとは思わなかった……。
ゲームオーバーの確率が大きく減ったので、地味に嬉しい。
「ところで、まずはどこに行くのですか」
唐突に、クローネが質問をしてきた。
「そうですね。そこを説明しておりませんでした。まずは地図をご覧ください」
「これは……?!! ここまで精緻に書き込まれた地図は見たことがありません。それに世界中の地名が書かれているような……。私ですらバルフォア帝国のなかぐらいしか把握できておりませんのに」
「いえ、この程度のことは造作もありません」
俺の脳みそに焼き付いた、マロサガの地理情報を全て書き込んだだけの地図に大仰な反応がかえってきた。
誰でも一時間もあれば、同じようなものを余裕で作れると思うのだが……。
「まず、私たちがいる魔の森がここになります」
俺は、魔の森に置いた指先を、帝都とは反対方向に動かした。
「魔の森を帝都と反対方向に進んだ先にある、ルドン高原に向かいます。そこを徒歩で抜けると、エイブル公の治めるエイブルか、港町バーローがございます」
俺は、ルドン高原の先にある大きな分岐を指し示した。
「なるほど。大きく迂回をするとはこのことでしたか。港町バーローから海路をゆくわけですね」
「その選択肢も考えましたが、海路では嵐に見舞われてしまいますので、見送りました」
「嵐に見舞われる……ですか?」
「ええ。確実に嵐に見舞われます」
「そのような先のことも見通せるのですね。流石ですわ」
マロサガでは、戦闘回数が一定回数以下の場合、強制的に船が嵐に巻き込まれるというフラグが立つ。
このフラグは、とあるバグ技のトリガーにできる。一回しかできない貴重なバグ技なので、とっておきたいだけなのだが……。
関心してくれているクローネに、そんなことを言うのも野暮ってものだ。
「海路をとらないということでしたら、エイブルですか? たしかに、あそこは国境沿いに位置していますが、ローザンヌ王国とは緊張関係にあります。王国のイススマンス砦を抜けることは不可能のように思われるのですが」
「ご認識いただいているとおりです。イススマンス砦は、現時点では崩壊しておりませんので、通り抜けはできません」
「崩壊……?」
「ええ。ですから、ある有名なバグ技を使って、国境を抜けることとなります」
「バグ技ですか……?」
「ええ。詳細は、現地に着いてからご説明したいと思います」
「そうですね。聞きすぎてしまいました。ところで……」
そんなことを話しているうちに、俺たちは魔の森を抜け、ルドン高原にたどり着いていたのだった。
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ルドン高原。
そこには、モンスターの楽園といってもいいほどに、モンスターがひしめいているのだった。
「随分と魔物が多いのですね」
あまりのモンスターの多さにクローネが大きく驚いた。
「ええ。なんせ、皇帝の墓場とまで呼ばれるほど、多くの皇帝を屠ってきたマップですから」
「それほどまでに……危険なのですね……」
「この先には、大きな地下洞穴があり、地龍アディリアスが住んでいます。今回は、地下洞穴の横を通り抜けするだけです。それに敵と戦闘になることはないと思われます」
「そんなものなのですか」
「はい。私は、敵がどのような動きをしてくるのか、かなりの精度で予測できます。どうかご心配なさらないでください」
マロサガはシンボルエンカウントシステムを採用している。
いわゆる、モンスターが歩いているのをマップで視認できて、キャラクターのアイコンが当たってしまうと戦闘に入るパターンのシステムだ。
ランダムで動いてくるので、初心者ならば戦闘をかなりの回数行うことを余儀なくされるわけだが……、俺ぐらいやり込んでいると、十歩先の挙動すら予測することができる。
よって、バグ技か育成目的のときしか戦闘をする必要性がないというわけだ。
「これから、私の進む方向に同じように進んでください」
「分かりました」
「行きますよ!」
「ワンワン!」
「クマックマッ!」
そうして俺たちは、サイドステップを織り交ぜながら巧みにルドン高原を踏破したのだった。
■■あとがき■■
2022.10.09
山姥やばい。
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