第8話 クローネ②


「頭をあげなさい」

 

 許しをえた俺が前を向くと、女主人公キャラクターの一人が優雅に椅子にかけていた。


 濃緑に染められた、ワンピースとスリーブ。

 ところどころにフリルをあしらっており、流れるような金髪を際立たせている。

 ペリドットを思わせるオリーブグリーンの瞳、整った鼻梁、薄い唇。

 手元に置いた小弓。


 天才イラストレーターが本気で描いた、作中屈指の美がたしかに存在している。


 これが、クローネ……。

 眼前にあらわれた美そのものに、息を飲んでしまう。



「用件をいいなさい」

 促されるままに、原作どおりの発言をする。

 高い地位からの凛ととおった声だ。


「皇室官房付特務官ジョンの命を受け、皇女クローネ様の身の安全を確保するために参りました。どうか、このクレイと、行動をともにしていただけないでしょうか」

「貴方のような、どこの馬の骨かも分からぬ男と行動を共にせよと?」

 

 表情に不信感を漂わせるクローネに対して、乳母が近寄り耳打ちを始めた。


 

 ……。

 良かった……。

 原作どおりに進みそうだ。


 実は、いま乳母は俺のフォローしているのだ。


 俺が述べた、皇室官房付特務官という役職の意味を。

 そして、彼女が皇女であることを知っていることの意味を。


 きっと、皇帝の正式な命を受けての召還だと受け止められるはずだ。




 二人の間で密やかな会話が繰り広げられている。

 だが、二人の様子を気にする素振りを見せてはならない。

 

 なぜなら、俺は皇帝の命をうけた使いなのだ。

 不安になるようなやましいことなど、何もない。


 それに、たとえ想定外の展開となったとしても、原作開始前のクローネを相手にするだけだ。

 初期ステータス以下で初期装備の彼女相手ならば、ギャラリアシリーズに身を包む俺であればノーダメで逃げおおせるはずだ。


 何の問題もない。



 しばらく無言のまま目を伏せていると、声をかけられた。


「分かりました。貴方と一緒に帝都へと向かいましょう」

 たしかに、クローネは言った。

 原作のとおりだ。

 何らかの呼び出しがあったとしても、皇帝からのものだ。

 帝都以外が目的地になることなど、彼女たちの想定にはない。



 だが、ここで俺は言葉を添える。


 ここから先は、原作から逸脱した出たとこ勝負だ。

 終盤にならないと帝都でのイベントは発生しないし、買い物はすでに済ませた。

 俺にとって、帝都に向かう必要性は皆無だ。

 フリーシナリオらしく、帝都とは違うところに行きたい。


 それに、俺には、原作スタートの前に回収しておきたい武器がある。

 上から数えて3番目の攻撃力を誇り、一定確率ではあるものの……固有の即死技をもつソレは是非入手しておきたい。


「まことに申し訳ないのですが、すぐに帝都に向かうのではなく、迂回をしてまいりたいと考えております」

「なるほど。ここに身を置くことも、帝都にすぐに向かうことも共に危険をはらんでいるというわけですね」

「ええ。かなりの遠回りをすることになりますが、必ずや帝都に到着しますのでご安心ください」


 嘘は言っていない。

 よって、これは詐欺ではない。

 ただ、いつ到着するかを明言していないだけだ。


「分かりました。事情もあるでしょうから、細かくは問いません。ご一緒しましょう」



 そうして、クローネと俺は共に旅をすることになったのだった。

 

 





 だが、そのときの俺は知る由もなかった。



 パーティーメンバーを増やしたい。

 どうせなら強武器を手に入れたい。

 マロサガの世界を堪能したい。


 そんな俺の思いつきのせいで、ある人物を長期間にわたって苦しめることになってしまうということを……。



----------------



???「な、なぜだ……皇女殿下の行方が知れなくなっただと……。しかも、名前を騙られるとは、なんということだ……。すぐに国境を封鎖して国外に逃げられないようにしないと!」






■■あとがき■■

2022.10.02


「ハッ……夢か……」


 伊勢貝に迷いこむ。


 今しがた、そんな悪夢を見て目が覚めた筆者は、止まらぬ汗をハンカチで拭った。


 ランチタイムのわずかばかりの昼寝でも、うなされるとは……。

 伊勢貝のトラウマたるや、おそるべし……。

 三度目の派遣だけは勘弁してほしい。



 そう。


 先だって、筆者は、伊勢貝コールセンターへの兼務を命ぜられた




 のだったが……。

 1か月ぐらいで部長から呼び戻された。



 なぜ、呼び戻されるのか。

 何かよからぬ事態に陥っているのではないか。


 

 そんな疑問を抱くことなく、筆者はホイホイと呼び戻された。

 だが、その後に筆者は衝撃的な事実を知ることとなった。




 他部署のプロジェクトに派遣した要員を引き戻さざるをえない。

 古巣は、それほど深刻な状態となっていた……。





 そう。




 筆者のラインは、ダンジョン(穴が開いたミッション)とモンスター(筆者不在につき他部署から召喚された女性管理職。以下、「山姥」という。)が跳梁跋扈する異世界へと変貌していたのだ!


 相次ぐ退職と補充無しの異動による要員減のなか……なんとか共助しあって残業を回避していた……ホワイト職場はッ……!!

 ホワイト職場はッ………!!



 ホワイト……ブラック……?

 既に、正と邪が反転をしてしまるというのか……??


 なんてことだ……。



「これじゃぁ、まるで……伊勢貝に侵食されてしまっているじゃないか……!」

 筆者は、頭を抱えたのだった。





(何とか更新できました。やはりカクヨムで書くのは楽しいですね。もうちょっとモチベを高くして、頑張ってまいります)

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