第13話
前野さんの闇を掘り下げようかとも思ったが、俺は言葉に出す手前で踏みとどまった。さすがに、初対面の人の闇を聞くのも失礼だろうし、もし聞いても、フォローできる自信がないからだ。
話題を変えようと思い、次の話題を探すも、思いつかない。え、コミュ力が高い人って、初対面の人とナニを話すの? 天気? 出身?
「糸吹君って、大学でしたいことってある?」
「え、したいこと?」
前野さんが話題を振ってくれたことに安堵するも、その質問の答えを探すほうが、話題を探すことよりも難しいということに気づいてしまった。
「大学を選ぶときに言われたでしょ。大学で学びたいこととか、将来したいことをしっかり考えてから選びなさいって」
「そうか?」
「言われてないの?」
「……」
大学は通えって言われたから、入試科目が一番少ない推薦で、いける大学を選んで、この大学に入ったわけだから。
「特にしたいことはないな。親に大学に通えって言われたから通ってる」
「ふ~ん」
なにかつまらなさそうに前野さんは俺のことを見る。なんて言えば正解だったのだろうか。
「私はね、将来の夢とかないから、大学に入ったら見つかるかなって思ったわけ。でも、なんか見つかる気がしないの……。って、まだ入学して間もないのにね」
暗い表情をして、「ははは」と前野さんは笑った。
主人公とかだったら、「きっと見つかるさ」とかカッコいいこと言うんだろうけど、俺には、そんな恥ずかしいセリフを言うことはできない。
なにか違うフォローになる言葉を探していると、幹事と思われる人が「二次会参加する人は――」と言った。途中で二次会に行くかどうかで周りがざわつきはじめて、あとの言葉は聞き取れなかったが、多分、これで一次会は終わりだということだろう。
「へぇ、もうそんな時間か。糸吹君は二次会に参加するの?」
「行かない」
「私も。せっかくだし、アドレスだけ交換しとこっか」
「別にいいけど」
スマホを取り出して、アドレスを教える。その場で確認用メールも送っておいた。
二次会に参加する人がほとんどであろう流れにのって、一次会の会場から出る。外は少し風が出ていて、風がかなり冷たく感じた。
前野さんと二次会参加列から出て、ひと呼吸する。普通にむさ苦しかった。
「やっぱりほとんどの人が二次会に参加するんだね」
「でも、ちらほら参加しない人が駅のほうに歩いていってるぞ」
多分、俺と同じ属性の人だろう。彼らの気持ちはよくわかる。
「これからもよろしくね。それじゃ私、こっちだから」
「気をつけて」
前野も駅の方に歩いていった。
俺も自転車取りに行って帰ろう。
◆◆◆(このマークで視点が変わります)
一次会の会場から出て、駅まで歩く。
会場の中は暑いだろうと思い、薄めの服装で来たのが間違いだった。終わったあとのことを考えていなかったのだ。
ときより吹く風が冷たい。
前野恵那は寒さが苦手だった。
早歩きで駅構内まで向かう。構内はまだ暖かった。
———電車が来るまでゆっくり座ってよ
恵那は近くのベンチに座ってスマホを取り出した。
「みんな、大学デビューしちゃってるなぁ」
高校の時に仲の良かった友達のツイッターを見てみると、「今から二次会!」「楽しい!」と写真付きのツイートで埋まっていた。高校のときは、恵那と同じ目立たないポジションだったのに、今では大学デビューをしたイケイケ学生。
一人だけ取り残されたように、恵那は思えた。
スマホを見ていても、気分は落ちていくだけなので、恵那はスマホをポケットに入れた。
頭を他の話題に切り替える。
「糸吹君って変わってるなぁ」
大学デビューを無理にでもしようと思っていた恵那の前に現れた慎司は、恵那を無理にでもしなくていいんだという気持ちにさせた。
そのまま、恵那も慎司のように過ごし、最後の最後にせっかくだし、そんなところに居る理由を聞いてみようと、声をかけた。
——糸吹君の理由聞いてない!
恵那は気が付いたが、また会うときに聞けばいいだけだと思った。どうせ、同じ大学。どこかで会う機会があるだろうし、連絡先も知っている。
恵那は体の力を抜いて、深く息をついた。
暗くなっていた思考がなくなったような気がした。
「帰ろう」
恵那はウォークマンを取り出し、お気に入りの曲を再生しながら駅のホームに向かった。
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