第11話

「クスカー、クスカー。ああ、よく寝たぁ~」


 ラノベを読み終わり、目をつぶって余韻に浸っていると眠ってしまったらしい。温泉に入ったあとの昼寝は、最高に心地が良かった。 

 今日の疲れが全部抜けた。多分。

 周りを見渡してみると、家族連れのお客さんがいたりして、俺が来たときよりもお客さんは増えていた。


「って、もう夜か。二時間くらい寝たのか」


 そりゃ、他のお客さんが増えるわけだ。俺は体を伸ばして、体の感覚を取り戻していく。

 となりでは瑞葉さんが、スース―と小さな寝息をたてて眠っていた。


「瑞葉さん、夜ですよ、夜」


「にょるはねむにゅじひゃん《夜は寝る時間》。にゃから《だから》、にゃたしはにぇるの《私は寝るの》」


 寝言かな。寝言にしてはしっかり受け答えしているような気がする。あ、これは、あれだ。えーと、名前が思い出せない。もどかしい。


「ここ、家じゃないんで、眠られると困るんです」


「にゃあ《じゃあ》、にゃたしにょ《わたしを》、ちゅれってちぇ《連れてって》」


 ムニャムニャと瑞葉さんは受け答えをする。猫語を話しているようにしかみえない。

 でも、その姿は可愛いし、面白い。なんだか笑えてきた。

 すると、俺の中に、主導権を握り返す、あるコトが浮かんできた。

 俺はスマホを取り出して、カメラのビデオモードを起動させた。

 さっきと同じ会話を、マイクが拾いやすいようにはっきりと繰り返す。


「瑞葉さん、夜ですよ。夜。起きてください」


「にょるはねむにゅじひゃん。にゃから、にゃたしはにぇるの」


「ククク。おばけがでますよ。こわーいおばけが」


 悪い笑い方だと思うけど、どうしても笑いをこらえきれない。俺、性格わるいなー。


「にぇ、おばけ!?」


「え?」


 瑞葉さんは急に起き上がり、俺の頭と瑞葉さんの頭がぶつかりあった。

 鈍い衝撃が頭の中で反響する。イタイ。


「イター。って、慎司くん」


 目を覚ました瑞葉さんは、ぶつかったところを手でなでながら、俺にジト目を向けてくる。いや、違う。俺の持っているスマホに、ジト目を向けている。


「いや、これは、ちがうんです!」


「なにがかな。ほら、光ってるよ。スマホのライト」


「すいませんでした!」


 精一杯の土下座をした。


「もう、そういうのはやめてね。ユーチュ〇ブとか見てて、たまにそういうのを見るけど、はっきり言って、なにをやってるのかしらって思うの。やってることが小学生なんだよね」


「……はい」


 土下座をしたあと、俺と瑞葉さんは温泉施設にある食事処に来ていた。

 瑞葉さんは天ぷらうどん、俺は天ぷらそばを食べている。ズズズとうどんを吸う瑞葉さんの姿が、温泉でほてっているせいか、妙に艶めかしい。


「どうしたの、慎司くん」


「い、いえ。なんでもないです。おいしいですね、天ぷら」


 こくこくと瑞葉さんはうなずいてくれた。

 これは、さっきの件は終わったということでいいのだろうか。


「これからは、こういうことをしないように。分かった?」


「はい。肝に銘じておきます」


 肉体的にも精神的に疲れた日だったなぁ。

 あ、もちろん、さっきの動画は削除しましたよ。復元ツールをつかえば復元できるけど。


「なにニヤニヤしてるの?」


「い、いえ、なんでもありません! おいしいなぁ、このおそば!」


「う、うん」


 絶対に復元しないけどね!

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