第10話

 ただただ無言で過ごしていると、あっという間に夕方が近づいていた。

 一日中作業をしていたせいで、汗で体がベトついている。今日は、昨日のように拭いても、さっぱりしないだろう。

 瑞葉さんが教えてくれたお風呂にでも行こうかと考えていると、ひさしぶりに瑞葉さんが口を開いた。


「一緒にお風呂に行かない? 私、つかれちゃった」


「俺もそう考えてたところです」


 瑞葉さんの顔はもう赤くなく、落ち着いているようだ。よかったぁ。一時はどうなることかと。ほんとうによかった。

 俺は早速、着替えとお金を用意して、立ち上がった。


「お、準備がはやいね~。私も用意してくるから、ちょっと待ってて」


「は~い」


 瑞葉さんが俺の部屋から出て、十分後。スマホで暇をつぶしていると、部屋のドアが開いた。


「じゃ、いこっか」


「オケです」


 部屋から出て、スーパーとは違う方向に歩いていく。

 まだ陽が出ていて、明るくて暖かい。でも、陽が落ちたら、昨日のように冷えるかもしれない。だから、俺は、暖かめな服をチョイスしていた。そのおかげで、今は少し暑い。


「今日の夜ごはんは、外食にしよっか」


「そうですね。今日は、もう作る気がおきません」


「あれ、慎司くんって料理できるの~?」


 おっと、瑞葉さん。料理ができないダメ男だと思ってませんか。


「分かりました。明日、俺が朝ごはんをつくります」


「調理道具もないのにぃ~」


「……」


「ごめんね、ごめんね、機嫌を悪くしないで。いろいろ落ち着いたら、慎司くんの朝ごはんをごちそうになるから」


 少し早歩きにしたのを戻して、瑞葉さんが来るのを待つ。どうやって、主導権を取り返そうか。


「あ、見えてきたよ」


 瑞葉さんが指先には、落ち着いた雰囲気のお店だった。木材で作られた看板に、天然温泉と彫られている。老舗っぽい。


「なかなか雰囲気ありますよね」


「そうだね。でも、中はけっこう過ごしやすいよ」


 両開きの扉を開けると、ゆっくりとできる雰囲気が、俺と瑞葉さんを出迎えてくれた。

 受付で利用料金を支払って、とりあえずリンクライニングスペースと思われるところに入った。まだ早い時間のため、他のお客さんはあまりいない。


「あとでね」


「ごゆっくり~」


 俺と瑞葉さんは、それぞれの温泉へと向かった。


「生き返った~」


 俺はゆっくりと温泉につかったあと、ぽかぽかの体温を逃さないように、すぐに服を着て、リクライニングスペースに戻ってきた。

 とりあえず、ウォーターサーバーで紙コップ一杯分の水分を体に取り入れた。中に冷たい水が入ってきて気持ちがいい。

 俺はリクライニングスペースにある枕と薄めの掛布団を持って、端っこのほうで寝転がった。

 これで最強の環境が出来上がった。あったかい体と掛布団と枕。あと、敷布団があれば最高なんだけど。

 俺はカバンからライトノベルを取り出して、のんびりと読み始めた。


 百ページを超えてきた頃。急に影ができて、一気に読みにくくなった。俺は姿勢を変えて、うつぶせになった。

 俺が今読んでいるライトノベルは、俺が初めて買ったライトノベルだ。初めて読んだときを思い出すから、懐かしい。原点復帰って意外と大切なんだなと思う。


「どんな本を読んでるの」


 右側から声が聞こえてきたと思うと、瑞葉さんが俺の隣で、俺と似たような恰好で寝転がっていた。


「ひぇっ!」


 急に現れるものだから、驚いてしまった。

 いつから居たのだろうか。


「えっと、ライトノベルです」


「あ、それ聞いたことある。最近、流行ってるの?」


「流行ってるかは知りませんけど、面白いですよ」


「へぇ、そうなんだ。私、ちょっと休憩するから、慎司くんも、まだ読んどいていいよ」


 どうやら瑞葉さんは、ラノベには一切興味がないらしい。

 ポチポチとスマホをいじり始めていた。

 さて、続き、続き。ラノベ読もう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る