第8話 新年は先輩と

「あけましておめでとうございます、亜香里先輩」

「あけましておめでとう。新聞多いけど大丈夫?」

 受け取った亜香里先輩が心配そうにバイクに積まれた新聞を見る。

「これでも少なめに積んでるんですよ。後でまた積んできます」

 大変そうと言ってくれる亜香里先輩に笑顔で応える。

 今年も亜香里先輩と挨拶できてうれしいと思ってる。

 クリスマスから、そう思ってはいたけど。

「元朝参りは行ったんですか?」

「このあとかな。着付けしていくからね」

 亜香里先輩の着物姿……

「それは、見たいですね」

「え?」

 言葉に出てしまった。

 この間もそうだったけど、思わず口をついて出てしまう。

「見たい?」

 亜香里先輩が聞いてくる。

「あ、えっと、亜香里先輩が嫌でなければ見たいですけど、初詣は美乃里先輩と約束していて」

 この二股野郎。

 自分でそう思う。

 どちらからもそんな風に想われてるとかじゃないとしても、やってることは一緒だ。あとできっとしっぺ返しが来るはずだ。

 亜香里先輩は少し複雑な表情をして答えた。

「じゃあ運がよかったらだね。美乃里と約束してるなら、そっち優先。ちゃんとリードしてあげるんだよ」

 そう言って、亜香里先輩は走り出していった。

 美乃里先輩も亜香里先輩も見たい。

 自分の変化に気づいてはいるけど、その変化が許せない自分もいる。その辺のチャラい男と変わらないじゃないか。もう一人の自分がそう言っている。

 さらにもう一人の自分は、変化を理解することが大事だと言っている。

 この葛藤が自分を構築していくんだろうな。


 新聞配達は七時を少し過ぎたくらいに終わり、帰省している親戚に挨拶をして初詣の待ち合わせ場所に向かう。

「美乃里先輩、あけましておめでとうございます」

「誠也君、あけましておめでとう、今年もよろしくね」

 美乃里先輩の紫を基調とした着物は大人びていて、とても綺麗だった。

「良く似合ってますよ」

「そうかな? ありがとう」

 神社の階段は危ないからと手を差し出した。

 美乃里先輩は少し遠慮がちにだが手を握ってくれた。

 すごく、嬉しい。

心にとげが刺さっているけど。

 屋台を眺めながらお参りの列に並ぶ。

「あ、あのたこ焼き後で食べたいな」

「いいですね、お参りの後に行きましょう」

 三十分ほど待った後、お参りを済ませる、

 屋台の前にお守りを購入する。

「美乃里先輩はどういうのを?」

「私は家内安全。学業も買ったけど、本格的に受験モードなのは春からだね」

 そうか、四月からは受験生なんだな。

「誠也君は?」

 見せてもいいのか悩んだが、正直に見せる。

 恋愛成就と無病息災だ。

「あ」

 それには美乃里先輩も気づく。

 自分の今いる状況もデートになる、よな? と思うのだけど、不思議と感覚が違う。

 美乃里先輩にはある程度落ち着いて対応できてるのに、少し罪悪感を感じている。

 逆に亜香里先輩とは楽しくてたまらないのに、心にとげを増やす感じだ。

 自分が祈った恋愛成就は、自分の好きな人と一緒にいれるように、と言ったあいまいにしたものだった。

 こんなんで神様は聞いてくれるのだろうか。

「今も、私のこと好き?」

 人ごみを離れて、美乃里先輩が直球で聞いてきた。

 一瞬の迷いはあった。けど言える。

「好きです」

「そっか」

 美乃里先輩はそれ以上聞かずに屋台へと向かっていった。

 俺も無言のまま屋台へ向かう美乃里先輩を追いかけた。


 鮮やかな紅の似合う美少女にあった。

 亜香里先輩である。

「亜香里、あけましておめでとう」

「美乃里も、あけましておめでとう」

「亜香里先輩、その色似合ってますよ」

 くるりと回って亜香里先輩が着物を見せる。

 身長は低いが動きがよいので綺麗に見える。

 着物姿見れたね、とは口には出さない。

 でもその含んだ笑顔には言いたいことが伝わってくる。俺も、満面の笑みで亜香里先輩に返す。

「二人の邪魔しちゃいけないし、私はこれで」

「え? 一緒に回らない?」

 呼び止めたのは俺じゃない。美乃里先輩だった。

「せっかく三人そろったんだし、たまにはこのメンバーで楽しもうよ?」

 美乃里先輩はわかってないんだろうけど、今の状況、結構焦りますよ?

「ほら、デート中でしょ?」

 亜香里先輩も困ってる。

 俺もいろんな意味で困る。

「そうかもしれないけど、三人で遊ぶことって少ないし」

 美乃里先輩にも何か思うことがあるのかもしれない。

「そこまでいうのなら」

 亜香里先輩のお参りを待って三人で屋台を回る。

 さっきのたこ焼きや焼きそば、りんごあめと花より団子状態で仲良くしている二人を後ろから見ている。

(この二人に嫌な思い、悲しい思いをさせないようにしないとな)

「どうしたの?」

 亜香里先輩がこちらを向いて訝しげに見る。

「あいや、美少女二人と来れるなんて嬉しいなぁって」

 本心だからあわてることなんてないけど、ちょっと恥ずかしい。彼女なんていたこともないような俺が、二人も美少女を連れているわけだからな。

 時刻はお昼過ぎ。

 屋台で十分食べたのでお昼をどこかで、と言うことはない。

「じゃあここで解散しよっか」

 そうだね、と別れたところで亜香里先輩につかまる。

「美乃里送ってかなくていいの?」

 あ。

まだ見える後ろ姿に声をかける。

「美乃里先輩。途中まで送りますよ?」

 だけど、美乃里先輩は困ったような顔で遠慮した。

「いいよ。亜香里を送ってって」

 最初の戸惑っていたような顔とは違い、気を遣うような顔だ。

 俺が分かりやすいのかもしれない。この状況に対して。

「亜香里先輩、送って行ってもいいですか?」

「……うん」

 亜香里先輩も口数が少なめだった。

 少しの沈黙の後、聞いてみる。

「そういえば亜香里先輩は何をお願いしたんですか?」

 努めて明るく言ったつもりだが、違和感を覚えたのか戸惑わせてしまったようだ。

「ええっと、まぁ家内安全と気持ちよく走れますようにってとこかな」

「勉強のほうは?」

「美乃里に教えてもらうからいいの」

 くすっと笑ってくれた。良かった。

「誠也君は?」

「なんでしょうね」

 恋愛のことで、迷っていた。

 なんてことは言えない。

 だから最終的に家内安全お願いします! とした。

「なにそれー」

「亜香里先輩こそなんだか微妙だったじゃないですかー」

 小突きあって楽しく歩く。

 この瞬間が続けばいいって思う自分がいる。

「ん? どうしたの? お祈り足りなかった?」

「いやいや、亜香里先輩が可愛いからカップルに見られてるんじゃないかって」

「えっ?」

 亜香里先輩の顔が真っ赤になる。りんご飴のようだ。

「もう、からかわないの」

肘でぐりぐりと突いてくるがこそばゆいだけだ。

「からかってなんかないですよ。亜香里先輩は可愛いです」

 ふと、亜香里先輩が立ち止まった。

 どうしたんだろう?

「それって美乃里より?」

「っ⁉」

 突かれたくないところを突かれてしまった。

 俯いていた亜香里先輩は真剣な表情で俺を見つめてくる。

「それは……」

「なーんて、わかってる」

 肩をたたいて先に歩き出した。

 その表情は、分からなかった。

 でも、これは言いたかった。

「亜香里先輩は可愛いです。それに対して嘘は一つもないです」

振り向いた亜香里先輩はちょっと微妙だったけど、笑顔だった。

「ありがとね」

 家に送るまで、俺たちはほぼ無言だった。


「あー、疲れた!」

家に帰るなりベッドにダイブする。

仰向けになってお守りの入った紙袋を開ける。

中には恋愛成就と無病息災のお守り。

無病息災はいい。

けど、恋愛成就はどうしたらいい? 美乃里先輩のことを好きと言える自分と亜香里先輩と楽しく過ごしていたい自分がいる。

その迷いがあって神社では祈ることができなかった。

「こんなんじゃ二兎追うものは一兎をも得ず、になってしまうかな」

 そもそもどっちも追うなんて気持ちもない。美乃里先輩であったはずなんだ。

 けれど、俺が美乃里先輩に抱いていたのは本当に好意なんだろうか。その人にふさわしくなろうという努力自体は良いものでも、疲れてしまわないだろうか、自分に。

 自分が美乃里先輩に抱いている感情は、尊いと言うものじゃないだろうか。尊敬して、敬って。常に一歩引いて前にいる先輩を見ている。

 そんな自分でいいんだろうか。

 ……亜香里先輩は、どう思ってるんだろうな。

 三人で遊園地に行ったとき、バイクに乗せた時、クリスマスデートの時、初詣の時、その色んな亜香里先輩の姿が愛おしく感じる。

 ただ可愛いだけじゃない。愛おしいんだ。

 気づいてよかったんだろうか。

 自分の気持ちが変わってしまったことに。

 複雑な気持ちのまま美乃里先輩に付き合ってもらう生活を続けるより、はっきりと気持ちを伝えることのほうが大事なんじゃないだろうか。

 新学期。もう一度はっきりさせよう。

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