第7話 柏木誠也はクリスマスに

 美乃里先輩とは修学旅行期間の間にラインをするようなことはなかった。

 特に用事があるわけでもない。

 美乃里先輩も自分のこともあるだろうし、俺のことが好きになってるわけでもないと思う。気持ちに変化が生まれていてくれたら、嬉しいけど。

 かといって亜香里先輩にラインをするかと言えばこちらも同じ。

 それに二人が同じ班と言うことは、亜香里先輩と新聞配達の時に聞かされていたことだ。

 そんな中亜香里先輩にだけラインしたら浮気みたいじゃないか。

 亜香里先輩は可愛い。これは間違いないのだけど。今も俺は美乃里先輩のことが好きだ。変わってなんかいない。

 わざわざ自分に言い聞かせることでもないんだけどなぁ。

(でも美乃里先輩、呼び方を変えさせてくれたってことは少しは気を許してくれてるんだろうか?)

 淡い期待を抱いてしまう。

 おかしな期待だとは思うけど、そんな少しの変化がやっぱり嬉しい。

 月曜日会えたらとりあえずお帰りなさいと言おう。無事に帰ってくるってことがまずは大事だ。


「おはようございます。おかえりなさい、亜香里先輩」

 最初にその挨拶をしたのは新聞配達で会う亜香里先輩。

 ま、当然と言えば当然なのだけど。

 旅行帰り翌日の日曜日なのに早いな。

「ただいま、おはよう。美乃里にはラインとかしてなかったの?」

「用がないとなんだか旅行の邪魔かなって」

 あきれた様子で亜香里先輩が笑う。

「そんなまじめに考えなくてもいいのに。悩んだら私に相談してもいいんだからね」

 と言いながら、ほいと紙袋を渡してくる。

「?」

「お土産。開けてみて」

 言われたとおりに紙袋を開けると、シルバーのカラビナキーホルダーが出てきた。カラビナには『AKO』と印字されている。

「あこう?」

「あ、私忠臣蔵が大好きで、赤穂に行ってきたの。その時に買ったものなんだけど、良かったらバイクのキーホルダーにどうかなって」

 忠臣蔵好きだったんだ。それは知らなかったなぁ。

「亜香里先輩、ありがとうございます。大切に使いますね」

 なんだかすごくいいものをもらった気がして、さっそくバイクに行く。

「あ、配達もあるだろうし、また後で話そう?」

 亜香里先輩の気遣いがありがたい。

「はい、ありがとうございます。じゃあまた明日」

 そう言って配達に戻る。

 亜香里先輩は軽い足取りで走っていた。


 学校には亜香里先輩とおしゃべりをする場がなかった。

 それを自覚するのは月曜日になってからだった。

「そういえば俺、亜香里先輩と学校ではあまり話してませんね?」

「うん。最初の頃図書室で会った時くらい?」

 今日も配達時に話す。

「図書室で話すのはあまり推奨できないですし、かといって先輩後輩の教室に行くのもアレですね」

 あとで話そう、と言って話したがっていた亜香里先輩がどうしよう、と言ってきた。

「今度時間作って話せないかな? 美乃里とはもう学校で話しちゃって、他に話せる人いないかなって思ってたんだよー」

 なるほど。とはいえ

「いいですけど、亜香里先輩の部活のほうは?」

 好きなこととはいえさぼるわけにもいかないはずだ。

「そうだねー、ちょっと休みとか調べて、たまにはご飯食べながらにしよう」

「そうですね。決まったらラインでも配達の時にでも教えてください」

 美乃里先輩と二人で出かける前に亜香里先輩と約束ができてしまうなんて。

 亜香里先輩も可愛いから、何気に嬉しい。浮足立って事故らないようにしないと。


「おかえりなさい、美乃里先輩」

 放課後。なんかようやく言えた気がする。

「ただいま」

 笑顔で返してくれるとやっぱり嬉しい。

 美乃里先輩も亜香里先輩と同じくらいの大きさの紙袋をくれた。

「ストラップなんだけど、今スマホに何かつけてる?」

「つけてないですよ」

 つけてても美乃里先輩からもらったストラップを優先させますって。

 こちらも早速スマホに取り付ける。

『京都 清水寺』と刺繍されていて、正直渋い。

 亜香里先輩は格好いいデザインで、美乃里先輩はシンプルな感じだ。性格なのかなと思ったけど、亜香里先輩は可愛いというイメージが最近ついてきてるから、性格というのとは違うかもしれない。

「ありがとうございます。汚さないように気を付けますね」

 実際には時間とともに汚れはするんだろうけど、それくらいの気持ち、と言うのは伝えたい。

「そんなに気にしないで大丈夫だから」

 あ、美乃里先輩に気を使わせてしまったかも。

「それじゃあ私は今日は帰るね」

 当番ではない美乃里先輩はお土産だけ置いて帰った。


 クラスで付き合っている生徒はクリスマスの話でキャッキャしてる。

 ……考えてた。

 何処とか何も考えてないけど美乃里先輩とクリスマスデート。

 まぁ、デートと言える内容にできる自信はないし、美乃里先輩もそこまで俺のこと想ってるとは思えないし。

 でもとにかく誘わなくちゃ。冬休みだし、まずは実行あるのみ。

「ごめんね、クリスマスはいつも家族で過ごしてて」

 ……。

 分かってる。家族が優先されるとか、当然だよなー。

「ごめんね。えと、お正月の初詣とかならいけるかもしれないんだけど」

 それだけでもありがたい、、と言うか土下座するレベルのフォローすみません!

「じゃあ、その、初詣、行けたらってことで」

「うん、ラインするね」

 あー、断られたよー。

 できるだけ寂しい背中を見せないように図書室を出ていく。

 と、ラインの着信があった。

 とりあえず図書室からはちょっと離れて確認する。

 亜香里先輩からだった。

『終業式翌日のクリスマスイブとか、大丈夫?』

 クリスマスイブですか⁉

 あ、いや亜香里先輩いいんですか?

『彼氏さんとかは?』

 可愛いからいてもおかしくないはず。

『喧嘩売ってる?w』

 あ、えええ?

『じゃあその日で。また配達の時とかラインで時間決めましょう』

 ……マジで?

 クリスマスって家族かカップルのような大事な人との日だと思ってたんだけど、亜香里先輩がそう思ってたなんてまさか、ねぇ? ね?

 うわ、どうしよ。とりあえず身だしなみには気を付けないと。髪とかカットしてもらった方がいいかな⁉

今更なこと考えていると、ふと美乃里先輩が名前呼びにした時のことを思い出した。

『身構えちゃうから』

 あまり意識しない方がいいのかもしれない。勿論清潔感とか、最低限のことは当たり前なのだけど。


 ちょっと、これは、なんというか。

 想定外だ。

 亜香里先輩はデニム生地のジャケットにフレアスカート。スカートとか想像から抜けていただけに不意打ち過ぎる。

 超可愛い。

 やべぇドキドキしてきた。

「おまたせ」

 そう言った亜香里先輩は少し顔を赤らめている。

 何この最強クラスの可愛さは。

「制服以外でスカートとか、多分初めてだから。変じゃない?」

「いえ全然、可愛いです」

 食い気味で即答だ。言われた亜香里先輩は少し顔を赤らめた感じで可愛い。マジで。

 これだけで俺もう嬉しい。

 でも凝視してたら失礼だ。恥ずかしくてちょっと顔をそらすと、すぐに目的の話に移る。

「えっと、とりあえず近くのカフェで話しますか?」

 少し歩いたところに小綺麗なカフェがある。

 特別リサーチしたわけではなく、行く予定だったのだ。

 亜香里先輩があまり静かすぎない程度の、気疲れしないところと言うことで友人から教えてもらったらしい。

 カランカラン。

 ドアのベルが鳴る。

「いらっしゃいませー」

 エプロン姿のウェイトレスさんが窓際の席に案内してくれる。

「私はカフェオレ。誠也君は?」

「俺はマンデリンで。ブラックでお願いします」

 飲み物だけでよかったのかな?

「何か食べなくていいですか?」

「話し始めると長くなって冷めちゃうから」

 恥ずかしがる顔は、間違いなく可愛い。というか、最近のイメージをさらに加速させている。

「最初に忠臣蔵を知ったのは中学一年の時でね、たまたま見たいものがない時におじいちゃんと見たの」

 おじいさん、たまに見かけて会釈くらいはしてる、あの人か。

「浅野内匠頭の行ってる誠意って物にとらわれない、気持ちで伝えようとしている姿がよくってね。そして我慢強さもあって。仲間思いで、慕われる人ってこういう人だよねってすごく思ったんだ」

 忠臣蔵の本とかは俺も読んだ。吉良上野介の話も読んだけど、俺も同じように感じた。

 俺が頷いて同意すると、先を進める。

「最初は辞世の句とかよくわからなかったけど、悔しさとかはすごく伝わったなぁ。資料館とかでも読んだけど、松の廊下に一足遅れてきた親友がいれば状況は変わってたのかもしれない」

 亜香里先輩は悲しいような、寂しいような表情を見せる。

 実際にそういう経験をしたわけでもないだろうに、よほどはまったんだろうな。

「赤穂城の引き渡しから大石内蔵助を中心に、忍耐強く阿呆と呼ばれても昼行燈と呼ばれても隙を見せない姿ってものすごかった」

 ドラマで見ていた描写なんだろうな、きっと。

「俺はドラマでは見たことないですけど、本でも内蔵助のすごさは伝わってきました。お家断絶のことがあったとはいえ急進派もまとめ上げて、どんなに罵倒されようともあそこまでこぎつけた」

 忠臣蔵を知っていることに嬉しかったのだろうか、亜香里先輩はカフェオレを一口飲んで続ける。

「だよね。どんなに理不尽な扱いを受けても本懐を遂げるまで辛抱強く待って待って待ち続けて、最終的には人の人情や支えがあって、目的を達成することができる。その相手がどんなに上であっても」

 最後のシーンを思い出しているのか涙ぐむ。

「切腹って今じゃ考えられないけど、武士の人たちにとっては名誉なことらしいんだよね。内匠頭と同じ切腹になって、赤穂浪士は嬉しかったかな?」

 悲しんだ家族もいるかもしれない。けど、

「きっとそれも含めて本懐になったんじゃないでしょうか。周りの人はいろんな声を上げたみたいですけど、赤穂浪士はそれを望んだんだと思います」

 そっかぁ。と亜香里先輩はカフェオレを飲む。

「誠也君はなんていうか、石橋を叩いて渡るタイプだと思うんだけど」

 なんだ?

「赤穂浪士と同じで忍耐強いタイプなんじゃないかなって思うんだよね」

「どういうことですか?」

 カップのふちを指でなぞる姿がきれいだ。

「美乃里のことを一途に、思えてる姿が羨ましいなって」

 そんな強くはない。

 今日の俺は亜香里先輩にドキドキされっぱなしだ。忠臣蔵の話をしていなかったら緊張で、ロボットみたいな感じだったんじゃないだろうか。

「そんなことないですよ」

 だって、

「今日はクリスマスイブでしょう?」

 亜香里先輩が思い出したように顔を赤らめる。もしかして、自覚はあったのか。

 ま、そうでもなければ誘うときに日にちじゃなくてクリスマスイブ、とは言わないか。

「あのね、何もプレゼント用意してないんだけど」

「あ、いやそういうものを期待していたわけじゃ」

 お互いに焦ってしまう。

 今の亜香里先輩から何かプレゼントをもらうようなことがあれば、きっと今後も意識してしまう。それはいろんなものが揺らいでしまう。

「ここのお会計ってことでどう?」

 クリスマスプレゼントがコーヒー二杯?

 一瞬ぽかんとするが、笑ってしまう。

「だって何にも思いつかなくて。この間キーホルダーとかは上げたし、付き合ってるような間柄でもないから何にも思いつかなくて」

 やっぱり

「可愛い」

「え」

 やば。口に出てしまった。亜香里先輩の顔が赤くなってる。

「いや、ここは俺が出しますよ。バイトだってしてるんですから」

 財布を見せる。たくさん入ってるわけじゃないが、この間気持ちばかりのボーナスをもらったところだ。少しくらいなら余裕だ。

「そんなこと言ってるとご飯頼んじゃうよ?」

「全然、ウェルカムです」

 そこからは軽口をたたきながら楽しく昼食をとった。

「ごちそうさまでした」

「いえいえ」

 可愛い女子にお金を使ったんだ。嫌な気はしない。

「この後とか何か考えてました?」

 忠臣蔵の話をするくらいしか決めてなかった。

「何にも考えてないんだよねぇ、これが」

 近くにはボーリング場がある。

「亜香里先輩。ボーリングとか、やってみませんか?」

 このまま帰るのはもったいない気がした。それは、こんな可愛い人と一緒にいたいと思ってしまったからだろうか。

「小さいころにやった記憶しかないけど」

「大丈夫です。俺も少し友人とやったくらいですから」

 俺は亜香里先輩の手を取り、ボーリング場へ向かう。

 亜香里先輩は抵抗することなくついてきてくれたが、俺のやってることはいろいろとおかしい。頭がパンクしそうだ。

「高校生二人です」

 シューズをレンタルし、ボールを持って来る。

 表示画面を確認して、交代で投げた。

 ストライクやスペアをとればハイタッチして喜んで、ガーターを出せばドンマイと声をかける。

 そんな当たり前のことが、他の友人と違う。もっと楽しい。

 もっとこうしていたい。

「なんか、デートみたいだよね、これって」

亜香里先輩に言われる。

 そうだ、これはデートそのものだ。

 ボーリングを二ゲームし終わって、ジュースを飲んでいるこの二人は、はたから見ればデートしていると言われても何も言い返せない。

 クリスマスイブにボーリングデートはありなのかどうかはともかく、やってることはデートだ。

 俺は美乃里先輩が好きなはずなのに、亜香里先輩とこうしていることに幸せを感じている。

「そう、ですね」

 二人の間に気まずい空気が流れる。

 俺が美乃里先輩のことをどう思ってるかなんて、分かっているはずなのに。

「あの、今日のことは美乃里先輩には内緒でお願いします」

「う、うん」

 なんだろう、これは。

 浮気相手との密会だろうか。

 俺がやってるのはそうなのだろう。

 そんな感情を持ちそうになってる相手と、告白した相手に内緒でデートをしているなんて言えやしない。

 ただ遊んでました、と言うことはできるかもしれない。けど、感情的にそれが嘘だ、と言っている。

 亜香里先輩はジュースを持って何か考えている。

 この沈黙は、複雑だ。

 俺はどんな言葉をかけたらいいのだろう。

 亜香里先輩のことをどう思っているかなんて、今考えたくない。

 考えてしまったら今までを否定しなくちゃいけなくなりそうだ。

「今日は、この辺にしようか?」

 亜香里先輩が出した言葉は、今の状況にとって助け舟だろう。

 このまままたどこかに行ったりすればもう、何か確定させてしまう。

「そうしましょうか」

 亜香里先輩と分かれ道で別れ、手を振る。

 その笑顔はちょっと寂しそうで、愛おしくなる笑顔だった。


 帰ったら部屋でうずくまった。

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