第6話 藤本美乃里の空白

 クラスマッチでは最初にバスケに出た。

 けど、バスケじゃパスがうまく通らなかったりシュートは届かないし。

「はぁ~」

 次は混合バレーかぁ。

 誠也君と当たるなぁ。

「どしたの美乃里?」

 のほほんとした顔で亜香里が話しかけてくる。運動神経いいから羨ましいなぁ。

「次って混合バレーで誠也君とも当たるでしょ。見られると思うと憂鬱でさぁ」

 こういう形で見られるということに慣れていない分、好かれている相手からの視線は痛い。

「美乃里も誠也君の視線を気にするようになったんだ。ってことはそれなりに意識してるってこと?」

 どうだろう? 好かれているってことに対しては意識しているつもりだけど、自分から誠也君に対してそう思っているかと聞かれたら分からない。

 ただまぁ、普通の人よりは意識はしてるのかなぁ。振った人に対しては全然意識してないもんね。

「かもしれない」

 私の返事に亜香里はちょっとびっくりした顔をして一瞬止まったけど、すぐに笑顔になった。その一瞬は何?

「ならバレーで少しいいとこ見せないとね」

「無理だよー」

 ずっとベンチでもいいという私を亜香里は引っ張っていった。

 試合前の挨拶を済ませてベンチに座ると、試合開始の笛が鳴る。

 亜香里は運動神経がいい分後ろでリベロのように動いていたけど、前に行くと背が低いからアタックがうまくいかない。

 逆に誠也君に時間差で決められてしまった。

 何か二人で話してたけど、なんだろう。

 上手かった、とかそういうことかなぁ。

「美乃里―、交代」

 えぇ?

 亜香里と交代して入る。

 来たボールに目をつぶってレシーブしようとすると、まぁいろいろ起こるわけだよね。

 顔面ブロック、スルー。緩い球のレシーブこそできるが、トスは強さの加減がうまくいかない。

「ごめんなさいぃ」

 いいよいいよ、とクラスのみんなは言ってくれるが、結果はまぁ残念なことになってしまった。

 試合終了の挨拶の時に誠也君に話す。

「後は何か出るの?」

「サッカーですね」

 時間を聞いて応援しに行くかも、と伝える。

「応援楽しみにしてますね」

 じっと見られる。どうしたの?

「美乃里先輩のその姿、新鮮だなって」

 あぁ、そうか。誠也君にとっては初めてだったっけ。

「こういうときだけね。どうかな?」

「眼鏡では見通せない綺麗さがあります」

 そうなの? 振ってきてた相手もみんなそう思ったりするんだろうか。

 恥ずかしいので、話を区切って誠也君を見送った私はクラスメートにひたすら謝った。

「大丈夫、亜香里もアタック決めれなかったし、コンビネーションもうまくいってなかったから」

 クラスメートがフォローしてくれている。すごく助かる。

「それにしても美乃里って眼鏡外してポニテにすると随分変わるね」

 知らなかったみんなが私を見る。

 見られることには慣れてないのにぃ。

「今日は一日この姿で?」

「今日だけね」

「勿体ないー」

 昨年のことを知らない人はそう言うけど、私はもうこりごりだ。

「それじゃ私、亜香里と後輩応援しに行くから」

 もうちょっと話したそうな男子を置いて亜香里と小走りで抜け出す。

「誠也君からは何か言われた?」

「新鮮で、きれいだって」

 大げさに驚いて、にかっと笑う。

「良かったじゃーん。これで美乃里大好きポイント上がったね」

「何そのポイント」

 ポイントたまったらまた告白するとかそんなのじゃないよね?

 クラスマッチのサッカーでのポジションはあってないようなものになる。

 前に出てきたい人はディフェンダーでも出てくるし、何となくバランスを取ろうとしている人もいる。

 誠也君はもともと真ん中らへんのポジションにいたみたいだけど……あ、パスもらって前に出た。

 そのままシュート! と見せかけてフェイントして逆足で決めた! すごい!

「亜香里、すごいよ誠也君!」

「おーい!」

 二人で誠也君に声をかけると照れていた。

 そのあとなんかもみくちゃにされ、次の試合では負けちゃった。

 試合後の誠也君に話しかける。

「いやー、誠也君すごくうまいよ。サッカー部とか考えなかったの?」

「テレビとか漫画で見ることはあるんですけど、実際は全然なんですよー。あれもまぐれです。俺がそんなことしないと思われたからできたことですって」

 油断を味方に付けれたってことかぁ。でもやっぱりすごいや。

「来年も期待してるからね」

「あはは、ご期待に応えれるよう頑張ります」

私たちのクラスも適当なところで負け、あとは何となく教室で友達と話していたりして、今年のクラスマッチは終了した。


 秋も深まり、と言うよりもう冬になったと言える十一月下旬。

 二年生は修学旅行を迎える。

 毎年この時期に関西地方へ行くのがこの高校の定番スタイルだ。

「お土産とか気にしなくていいですから」

 誠也君はそう言ったけど、お世話になったりしている分、お菓子でも買っていくのが筋じゃないかと思う。

 とはいえ友人としてのお土産程度。その友人としてのお土産ってどんなものがいいのだろう?

「ストラップとかは? お揃いのにすれば喜ぶんじゃない?」

 亜香里がニヤニヤしながら言ったけど、それはない。仲良くなってきたとはいえ男女のそれではないもの。

「無難にお菓子にしよう」

 生八つ橋でいいかな? 賞味期限大丈夫かな?

 家族には帰ってきてすぐ渡すから生八つ橋でもいいだろうし、なんだったら大阪の恋人とかそんなクッキー系でもいいだろうし。

 行く前からそんなに悩んでも仕方ないか。

 まずは旅行を楽しもう。


「おぅ」

 東海道新幹線で亜香里が変な声出した。

「どうしたの?」

 具合でも悪くなったのかと本から視線を向けると窓の外を見ていた。

 富士山だ。

「あぁ。新幹線からでもやっぱり富士山ってわかるもんだね」

窓に張り付いていた亜香里はこちらに視線を戻してだよね、と頷いた。

「いつか富士山に登ってみたいなぁ。やっぱり近くに行ったらもっとすごいんだろうなぁ」

 どことなく夢を語っている亜香里は楽しそう。

「あ、ちなみにその時は美乃里も一緒にね」

「お断りします」

 全く。私のような体には富士登山なんて無理だよ。眺めてるだけで十分です。

 あ、

「誠也君だったら行くんじゃない? 誘ってみたら?」

 いつの話になるのか分からないし、その時まで付き合いがあるかもわからない相手の名前が出る。

「興味あったら来てくれそうだよねー。彼は頼りになるからそんなときがあれば誘っちゃうかもね。でもいいの?」

 何が? 首をかしげてしまう。

「誠也君と仲良くなっちゃったりしたら私がとっちゃうよ?」

 んー、なんかむずむずする。

「仕方ないんだけどなんか引っかかるなぁ」

 見えなくなる富士山を横目にもやもやする。

 二年生一行は新幹線を下り、バスに乗り換える。今日は京都の宿で一泊する。

 早めの食事をしながら宿のイベントである舞を見せていただく。

「なんか、雰囲気あるね」

 亜香里が小声で言う。私も頷きながら舞に見惚れていた。

 あんな風に魅力のある事が出来たらいいなぁ。

 食事が終わったころ、舞妓さんから扇子の握りとかを何人か教えてもらっている中、私も混ぜてもらった。

「そうそう、花が舞い落ちるように」

 花の散り、落ちる様をイメージして緩やかに。

 舞妓さんから拍手をいただいた。恥ずかしい。

「興味があったら習いにいらしてくださいね」

「あ、はい」

 なんだか、少しでもできた気がして嬉しくなった。

「美乃里、動画撮っといたよ」

 いや頼んでないから。

 でも見せてもらう。自分が思ったよりかは出来ててなんだろう、むず痒い。

 食事と舞が終わると順番にお風呂に入る。

 亜香里とお風呂に入るのは初めてなんだけど。

 じっ。

「何?」

 亜香里の胸を見て自分のを見る。

「はぁ」

 ストンと落ちるわけでもないけど緩やかな自分の胸にがっかりする。

 そんな私に亜香里が抱き着いてくる。

「なーにがっかりしてんの! 女は胸じゃないよ! ほら誠也君だって亜香里のそんなとこで好きになったわけじゃないでしょー」

 スキンシップが激しいよ!

「別に誠也君に見せるってわけじゃないし! 女としての魅力がもうちょっとあってもいいかなって……」

「えー、でもねぇ美乃里。胸が大きいとそれだけで男子のいやらしい視線にさらされるんだよ? そんなの苦痛以外の何物でもないわ」

 確かに。好きでもない人にそんな風な視線向けられたくないし、好きな人でもそんな見方されたくない。誠也君は見た目で私のこと好きになったわけじゃないもんね。

「まぁ? 誠也君を体でもノックアウトしたいっていうならお手伝いするよ?」

 ワキワキと亜香里のいやらしい手がはいよる。

「いやーーーー!」

 うぅ、汚されたぁ。


二日目はお寺を巡る。

有名な東寺などを始め、清水寺などをガイドさんに案内してもらいながら眺める。

「清水寺の舞台から飛び降りるくらいの気持ちで、か」

 よく言われる言葉を反芻して手すりから眺める。こんな怖い思いをするくらいの決意、私にはなかなか出来そうな気はしない。

 誠也君はそれぐらいの気持ちで私に告白したんだろうか? 他の人たちはどうなんだろう? 目の前でいちゃついている同級生を眺めながらそう思う。

 音羽の瀧を巡る。何となく、無心になって祈る。祈るという言い方はおかしいかもしれない。何事もない日々を送れたら幸せだと、その中で思った。

 願い事はこの後の神社にしよう。

 バス移動をしていると、バスガイドさんが近畿地方ならではの方言でのジョークを繰り出す。よくテレビに出てくる芸能人の言ってたことらしいけど、私はあまりテレビを見ていないせいか素直に笑っちゃった。中には突っ込みいれてた同級生もいたけど。

 バスは八坂神社へと到着する。

「これから参拝する神社は八坂神社。地元の方からは祇園さん、と呼ばれ親しまれています。ここは舞妓さんなども参拝に来ています」

 とバスガイドさんが説明をしてくれる。

「ここは特に良縁祈願、美人祈願のパワースポットとして有名です。ただし、美人になるのはやっぱり自分の努力がないとなれませんので、努力をするという決意を改める場として考えたほうがいいかもしれませんね」

 確かに努力しないと……と、高校デビューの時を思い出す。

「あー……」

 あんまりいい思い出がないと努力しようと思えない。

「口半開きになってるよ。行こ?」

 亜香里に引っ張られ、神社に参拝する。

 良縁祈願かぁ。はて、今までの人生にあったかな? それともこれからなのかな? 誠也君は? 分かんないことばかり。この旅行ではいろいろ考えさせられてるかも。

 参拝しながら、せめて悪い人に引っかからない様にだけお願いをする。

 隣の亜香里は眉間にしわを寄せてる。何かお祈りすることがあったのかな。

 参拝が終わればおみくじを引く。亜香里とせーので開けた。

「末吉」の私。

「大吉」の亜香里。

 私のささやかな願いはだめなんですか神様。

恋愛の神様なのだからまずそこを見よう。

『良し。ただし自ら動くべし』

 自ら動く、かぁ。うーん、どうしたらいいんだろう?

「亜香里はなんて書いてあった?」

 微妙な顔で首をかしげる。

「願いはかなう、ってだけ。何かしろとかあったほうがよかったんだけどなー」

 アクティブな亜香里には難しかったのかな。

 大国さまと白うさぎを見て、説明文を読む。

「私、浮気性の男はやだな」

「同感」

 浮気ではないのだろうけど、色んな相手に気がある、と思うとあまりいい気がしないのは国民性かな。

 美容水を肌につける。

「下手な化粧よりきれいな水のほうがいいかもねー」

「そうかも」

 あまりメイクはしたことないが、社会人になるにつれて変わっていくのだろう。下手な化粧も、きっと変化していくんだろうなぁ。

 まだ楽しんでる女子たちより少し早くバスに戻る。

「明日は赤穂だね」

「亜香里、楽しみにしてたもんね」

「赤穂浪士の忠義、一途な思いがたまらんのですよ」

 明日は兵庫で自由行動なのだが、亜香里たっての願いで一時間だけ赤穂の資料館に行くことにしている。

「美乃里の口添えがあってこそ出来たことだよー」

普通なら移動に時間かかるからって断られるとこだけど、『修学』旅行って言葉と帰ってからの授業で発表しなければならないということで、他は遊ぶ前提で決めることができた。

「遠いからダメかと思ったけどね」

 片道一時間半。他の自由時間は少なくなるけど、半日勉強してきました! と言える。

 他にも大阪に足を伸ばす班だっている。

「そして姫路城を眺めながらご飯。先生も文句ないでしょ」

「眺めるの外からだけどね」

 あれこれと言ってるうちにバスには全員そろって出発している。

 歩き疲れたのか、ちょっと転寝をしてしまった。


「うわ~、いっぱいある~!」

 テンションが上がっている亜香里を先頭に入っていったのだが、興味のある人ない人では観覧時間に差が出る。

 亜香里はどんどん遅れていく。

「ちょっと待って~」

「一時間なんだから重点絞って!」

 発表内容をメモしながら先に進む。

 刀や鎧もじっくり眺めたくなってしまうのだが、書簡の説明などあまり知られていない部分に目を通してメモを取る。

「私忠臣蔵がドラマや特集でやるときは必ず録画してみてるんだよね~」

 追いついた亜香里がテレビで特集を組まれたところなどをメモに捕捉する。

 一時間ギリギリになったところでメモを亜香里に確認してもらう。

「付け足したいことはいっぱいあるけど、この資料館で一時間ならこんな感じじゃないかな」

 OKをもらい、急いで電車に乗る。

 あとは神戸に戻ってご飯や散策を楽しもう。

「ぅぅん」

 眠たそうな亜香里に肩を貸してあげる。きっと楽しみであまり眠れなかったんだろうな。子どもみたい。笑っちゃいけないけど、ほほえましい寝顔は気持ちよくなってきちゃう。

 なんだか、自分もこの暖かい日差しで眠くな……

「次は神戸、次は神戸です」

「はっ」

 一瞬目をつむっただけのはずが寝てしまってた。

 みんなは? 大丈夫、いる。亜香里も隣で寝てる。

「亜香里~、次で降りるよ」

「ふぇ? あ、寝てたんだ。ごめんごめん」

 神戸に戻り、同級生がネットで調べていたカフェで昼食にする。

「神戸土産と言ったらなんだろう? 神戸プリンとか有名だけど日持ち大丈夫かな?」

「そういうのはちょっと不安だよねー」

 同級生と何気ない話をしつつ、もう明日で修学旅行が終わるということにちょっとしたさみしさも感じる。

「待ちに待った修学旅行なのに、あと半日くらいしか楽しめないのってなんだかおかしいよね」

 時間の感覚って、そんなものだよね。待ってる間は長いのに。

「そういえば亜香里って付き合ってる人いるの?」

 ふいに同級生からそんな話が出た。

「え、全然」

 亜香里、男っ気ないもんなぁ。

「クラスでも狙ってる人いるよ? 告られたりしてない?」

「あー……」

 言っていいのかなぁ、みたいな空気感だ。これは断ったってことなんだろうなぁ。

「私もさ、好きな人はいないけどそうだったらいいなと思うようなタイプはあるし」

 へぇ、それは初耳。

「どんな人?」

 私も混ざる。

「美乃里までー。そうだなぁ、頼りがいがあってギャップのある感じ?」

 知ってる同級生にはいただろうか?

「今んとこ告られた人出はそう言う人いなかったんだ?」

「まぁね。それによく知らない人もいた。そんな人に告られたって付き合うわけないよ」

 そこは同感だなぁ。実際私もそうだったし。

「じゃあさ、クラスの桂馬君、興味ある?」

「無いね」

 即答だなー。はっきりしてるのは魅力だけど、これって自分が狙ってるから手を出さないかってことなんじゃない?

「良かったぁ」

 不快に思わない子でよかった。場合によっては喧嘩になるよー?

 カフェを後にした私たちは神戸の街を散策し、ホテルへ帰っていった。


「あぁ、富士山またねー」

 来るときもみたけど帰りも富士山を眺める。

「卒業旅行は富士山とか?」

「気が早いなぁ。まずは進路決めないと」

 もうこんな季節なんだ、はっきりしないと。

 大学への進学とは決めてるけど、どこに行くとはまだはっきり決めてないんだよね。

「亜香里は進路いくらか決めてる?」

「三年の陸上の成績で決めたいけどなぁ」

 今までずっと走ってたもんね。これからも走るかってことも決めたいんだろうな。

 ぼんやりと過ごしながら、高校へと到着する。

「んんーーーー」

 バスを降りると大きく伸びをする。

「明日は休みで、月曜日から登校です。皆さん体調を崩さないようにしてくださいね」

 校長先生のちょっと長いお話を聞いて、解散する。

「それじゃ、また来週ね」

「ばいばーい」

 来週、放課後にでも誠也君にお土産を渡そう。

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