第5話 辺見亜香里は戸惑う
文化祭は最初美乃里と回ろうと思っていた。
しかし、私はクラス優先で美乃里は委員会。おまけに誠也君と回る約束をしてしまったと聞いてちょっと驚いた。
美乃里もなんだかんだ言って誠也君をそれなりには意識してるのだろうか。
残された私はクラスの出し物に専念する。
まぁ専念すると言ってもすべての時間をそこに費やすわけではないし、他に友達がいないわけでもない。回ってみる時間は他の友人と見て回るとするか。
うちのクラスの出し物は遊園地に行ったときに遊んだ脱出ゲームを参考に、謎解きをしながら進む迷路になった。
文化祭のパンフレットをヒントにしながら進むので、終わった後には他のところにも行ってみたくなる、という寸法だ。
私は午後に受付担当となることになったので、午前中は友人と回る。
図書委員も見てみようかと思ったが、美乃里から去年はバタバタしていたと聞いていたので、余計なことはすまいとやめておいた。
新聞部の臨時新聞とパンフレットを眺めながらチョコバナナを食べて歩く。
「ねぇ亜香里、オカ研行こうよ。占いやってるって」
一緒に回っている友人の桂本に誘われる。
占いねぇ。あまり信じてないんだけど。
やることないし、いいか。
「ま、なんか統計的なものとか、知ってる人並べるんだろうけどね」
「夢がないなぁ」
桂本はあからさまなため息をつく。
「そんなんじゃ卒業までに彼氏できないよ」
「作るつもりないし」
っていうか恋愛系の占い前提なの? やっぱりそういう年頃だもんね。なんて思っちゃう私はおばさんなんだろうか。
当たるも八卦、当たらぬも八卦。行くだけ行こう。桂本の気も済むだろうし。
「ま、付き合うよ」
よっし行こう! とルンルン気分で桂本が歩く。
「終わったらチュロスね」
私の興味は占いより通り過ぎたチュロスにあった。
「はーいはい」
部室等にあるオカ研の部室に向かう。
それっぽい暗幕が張られており、ちょっと怖い。
占いとか言って実はお化け屋敷だったら泣くよ、ホント。
「案外並んでるね」
お客さんは部室前の廊下に椅子が並べられて座っているので、私たちもそれに倣って座る。
その間、何について占ってもらうか考える。
(うーん、勉強? は美乃里に教えてもらうし、部活の成績とか? でもそれも実力でとるものだしなぁ)
「次の方どうぞー」
眉間にしわを寄せていたところで呼ばれる。
「あ、はい」
結局決まらないまま中に入ってしまった。どうしよう。
占いをするのは暗幕をマント風にした女子生徒だ。
「どちらから占いますか?」
「じゃあ私から」
桂本がウキウキしながら正面に座り、占ってもらう。
ちらりと見るとどうやら星占いのようだ。
名前と生年月日を記入し、そこから占っている。
「私の恋愛運、どうですか?」
そんなにわかるものなのかなぁ?
「申し上げにくいのですが、、在学中には運命の人とは巡り合えないと思います」
ガーン! と音がするようにショックを受けている。わっかりやすいなー。
「しばらくは無いですが、努力を続けていればそれを見つけてくれる年上の方が現れるでしょう」
年上とかもわかるの? ほんとかなぁ。
「年上かぁ、どんな人かなー」
うっわ。わかりやす過ぎるくらい楽しそうになってる。桂本、年上好きだったんだ。
「隣の方どうぞ」
「あー、はい」
結局何も決めてないんだけど、と桂本を見る。
「この子も恋愛運をお願いします!」
「えええ!」
マジですか。
「よろしいですか?」
えーと、他に何にもないんだよなぁ。きっとこの後控えてる人もいるんだろうし、待たせたら悪い。しょうがない。
「はい、お願いします」
先ほどと同じように名前と生年月日を記入する。それを女子生徒に渡す。
「どうですか?」
桂本、それ私のセリフ。
「あなたには今少し気になる方がいらっしゃるんじゃないですか?」
「へ?」
思いもよらない言葉に驚く。
と同時に思い当たるのは一人。
「少し年下の方で、もう出会ってるんじゃないでしょうか?」
いやいやまさか。
「ちょっとずるい! 私より先になんて!」
「あの、静かにお願いします」
女子生徒に諭されて静かになった桂本はちょっと不満顔だ。
「これからどうなるかはあなた次第ですけど、とっても相性がいいと出ていますよ」
「はぁ」
オカ研の部室を出る。
「ずるいなぁ。亜香里は興味ないって言ってたのにもう出会ってるなんて」
向かう先はチュロス、の予定だったけど近くのたこ焼きによる。
「でも恋愛運見てって言ったのは桂本でしょ?」
私のせいじゃない、と言いたくなるが、ただの占いの結果だ。あんまり気にしちゃいけない。
気にしすぎちゃ、行けないよね?
タコ焼きを食べながら桂本は通り過ぎるお客さんを眺める。
「この中に私の努力を認めてくれる運命の人がいたり?」
「どーだろねー。占いを信じるも信じないも自由だしね」
余裕ぶりおって、とタコ焼きをパクパク食べる。
「チュロス食べたら交代の時間じゃない?」
腕時計を見る。お昼頃だ。
「もうそんな時間かー。もっと見て回りたかったね」
「軽音部の男女で別れての対バンライブ見たかったねー」
それぞれに感想とかを言い合う。
タコ焼きを食べ終えてすぐ、チュロスを注文する。
「時間かけずに回ろうとしたら結局飲食店なんだよね」
「店内接客とかになると時間かかったから軽食が一番だよねー」
チュロスを食べ終えた二人は受付を交代する。
「なかなか評判だぞ」
交代した男子生徒から評判を聞く。上々のようだ。
「さ、交代したことだし頑張りますか」
「二年D組の脱出ゲームですよー。パンフレットがカギになります! どうぞ挑戦してみてくださーい!」
午前中までと言っていた美乃里と誠也君は来るのだろうか。
……誠也君ねぇ、気にはしてないわけではないけど勘違いだと思うから、もしかしたら別の後輩男子って可能性もあるよね。
部活の後輩だってコミュニケーションをとっていないわけじゃない。
しかし、そう考えるほど誠也君が気になってしまう。どうせあの遊園地の時のことだろうとはわかっているのだけど。
結果として美乃里と誠也君は来なかった。二人の友人としては残念だったのだけど、自分のクラスに行かないっていうのは意外だった。
二人に何かあったのかな?
結局この日は二人に会うことはなかった。
「誠也君とは楽しく回れた?」
翌々日。休日を挟んで登校してきた美乃里に声をかける。
「それがねー、迷子の子のお世話してたら殆ど回れなくて。お好み焼き屋さん行っただけだった」
苦笑しながら話す美乃里に嘘はないようだし、そんな嘘をつく子ではない。本当にそうなんだろう。そういえばそういうアナウンスを聞いた気もしないでもない。
「無事に親御さんには会えたの?」
「うん。クラスにも顔出したかったんだけどね」
ちょっと残念そうだった。クラスの出し物には出ていない人には秘密にして、同じように楽しんでもらおうという企画だっただけに、自分も少し残念ではある。
「いいよいいよ。親御さんに会えたんならそれが一番」
そっか。誠也君とはあまり回れなかったんだ。
なんだか複雑な気持ちになるな。安心したような、残念なような。
気持ちを切り替える。
「それよりさ、次のテストの範囲教えてよー」
美乃里はあきれた様子でため息をつく。
「しょうがないなぁ。自販機のジュース一本ね」
「ありがとうございます」
美乃里に拝む。美乃里様様。
「おはようございます、亜香里先輩」
「おはよう」
土曜日の朝、いつものように新聞を受け取る。
だけど何か誠也君の様子が違う。
何か楽しそうな感じだ。
「何かあった?」
聞いてみると誠也君は、すっと後ろのブツを見せてきた。
「バイクの免許取ったんですよ」
「おぉ」
見れば青いボディのスーパーカブが立ててあった。
「バイクも買ったの?」
「いえ、バイクは祖父が使っていたのを譲ってもらって。手入れの仕方も教えてもらったんです」
近くに行って一周眺める。
バイクを運転しようとか思ったことはないが、都会でもないためいずれは車の免許を取ったりとかはぼんやり考えていた。
「しかし、原付とは言えバイク持つなんてすごいね。登校もバイクで?」
「そうですね。遠いわけではないですけど、乗ってて楽しいですから」
楽しいんだ。うーん、いいなぁ。
「おっと、まだ配達途中だったね。またね」
「はい」
残りの新聞は少なそうだったけど、邪魔しちゃ悪い。
誠也君はバイクに跨って走っていった。
(バイク乘ったってだけでなんだかかっこよく見えちゃうなぁ)
車やバイクなんて大人の乗り物というイメージがあっただけに、誠也君が少し大人びて見えたのかもしれない。
私も走らなきゃな。
いつものペースで走ろうと思ったのだが、目の前の誠也君がバイクで速い。
別に競ってるわけでもないのだけどなんか悔しい。
ペースを少し上げて走っていく。
「お先―」
配達している間に追い越す。
(このペースなら誠也君が配達終わるより先にこっちが終わっちゃったりして)
なーんて、マウント取るような考えがいけなかったのかもしれない。
「ぅわっ」
側溝のふたが盛り上がってるところに躓いて思いっきり転んでしまった。
「ったー」
膝から血が出ている。でもこれくらいだったらすぐに帰って消毒すれば大丈夫。
と立ち上がろうとしたときに痛みが走る。
転んだ時に無理に態勢を立て直そうと踏ん張った左足首を痛めたみたいだ。
近くに大会はないからいいものの、これは良くない。
「亜香里先輩大丈夫、じゃないですよね」
配達中の誠也君がバイクを下りて駆けつける。
私は愛想笑いで大丈夫、と言う。
「起き上がれますか?」
「うん。ちょっとここで休んでから帰るから」
心配そうな顔をしながら誠也君はバイクに乗って配達に戻った。
さて、歩道と車道の境界ブロックに腰かけ休憩と足の状態を見る。
歩けないわけではなさそうだけど、ちょっと引きづる感じにはなってしまうだろうな。
幸い今日は土曜日で学校はない。部活はこの状態では休ませてもらうしかないけれど、まずは帰り道どうするか、だ。
早めに応急処置はしたいけど、歩いていくとそれなりに時間がかかりそうだ。
いつもの道がかなり遠くに見えた瞬間だった。
「良かった、まだいましたね」
誠也君が私の横に止まる。
「配達終わったの?」
「はい、速攻で」
もしかして私のことを心配してきてくれたのだろうか。
期待をしてはいけないと思いつつも誠也君の口から出てくる言葉が気になってしまう。
「亜香里先輩動けないんじゃないですか?」
「そんなことないよ?」
と、歩くそぶりを見せようとするが、やはり左足首をかばおうとしてしまう。
ふらつく私を、誠也君は支えてくれた。
「俺、配達終わったんで家まで送っていきますよ」
ニッコリ笑顔で言ってくれる、優しいなぁ。
でも、
「申し訳ないよ。それに私ヘルメット持ってないよ」
にっかりと笑って誠也君は言った。
「亜香里先輩。ファウルはバレなきゃファウルじゃないんですよ?」
(※ヘルメットは必ずつけましょう)
そう言うと誠也君は私をお姫様抱っこした。
「えっ、ぇっ!」
いやこんなの美乃里に悪いとかそんなことよりまず恥ずかしい!
私がバタつくので誠也君も戸惑う。
「落ち着いてください。荷台に乗せますから」
私は誠也君の後ろの荷台に跨り、腰に手を当てる。
「バイク、こうやって乗ったことありますか?」
「いや、バイク自体初めてで」
緊張する。どれだけスピード出るんだろう。
「五十㏄だから、そんなにスピードは出ないと思うんですけど、しっかりつかんでいてくださいね」
「う、うん」
絶叫マシンだったら大丈夫だ。私は誠也君の背中に密着する。
ビクッと誠也君が一度はねたが、落ち着いて出発する。
「そんなにスピード出ないね」
「排気量の問題もありますからね」
そういえば顔の位置もものすごく近い。誠也君の肩甲骨のあたりに顔をつける。
顔が赤くなってきた。こんなに男の人と密着するなんて、
バイクはゆっくりとカーブを曲がり、すぐに自宅へと付いた、
すぐに着いたこと、バイクに乗ってることが楽しかったこと、誠也君と何となくもう少しいたかったことが色々勿体なく思えてしまった。
「玄関まで送りますか?」
「いやいやいや大丈夫」
顔を赤くして遠慮している私は、きっと不思議にとらえられたかもしれない。でもなんかこれ以上一緒だとヤバい気がする。
「後でケガの様子聞かせてくださいね。あと、無理して走らないようにしてください」
「わかってる。今日はありがとう」
誠也君が走っていった後、私はすぐに応急処置をして病院へ行った。
早期の処置がよかったおかげで回復も早く、月曜日にはそこまで歩くのに痛みが伴うことはなかった。勿論完治までは休むけど。
「亜香里、ケガしたの?」
やっぱり歩き方でわかるよね。
「うん、朝のランニングでちょっとねー」
「えー、大丈夫なの?」
「うん、応急処置したからね」
誠也君の話はしないでおこう。なんか秘密が増えていくなぁ。
HRではクラスマッチの話題が出てきた。
運動部の私が楽しみな行事の一つが来た!
男女混合バレー、卓球、バスケ、ソフトボール。男子はサッカーもある、
私と美乃里は混合バレー、バスケに出る。美乃里は運動神経があまり良くないので応援してることが多いかもしれないけど、しっかり試合に出すぞー。
……誠也君とかはどうなんだろう?
「ねぇ美乃里、誠也君は何に出るんだろうね?」
「さぁ。声大きいからソフトボールとかで外野やりそう」
あー、そうかも、ちょっと笑っちゃった。
「でも、誠也君のこと気にするなんてね。結構仲良くなったの?」
共通の友人が少ないとどうしても話したくなっちゃう、これがヤバいなぁ。
「まあ、新聞配達の時にちょっと話すからね」
ふぅん、そっかぁと納得してくれる美乃里に感謝する。
そして勘違いを呼び込む誠也君に当たらないように呪いをかけていた。
亜香里の呪いはさっぱりだった。
美乃里の軽い捻挫はすぐに良くなり、クラスマッチを迎える。
男女混合バレー。くじ運も悪く、誠也君と当たってしまうとは。
当たってしまったからには仕方がない。思いっきりやって鬱憤を晴らそう。
「せぃ!」
飛び上がってアタックする。
だが身長の低い亜香里のアタックはブロックが付くとしっかり止められてしまう。
「亜香里~、がんばれ~」
美乃里と早く交代したい!
今度は誠也君のアタックが来る!
と思いきやジャンプが遅くて時間差が来る!
「時間差とかなにー!」
「いや、普通にタイミング取れなかっただけでして」
ベンチの美乃里とバトンタッチする。
「くそー」
結局振り回されて一年生に負けてしまった。
「ねぇ亜香里」
終わった後に美乃里が声をかけてきた。楽しかった?
「午後誠也君サッカーなんだって。応援しにいかない?」
うーん、ケガでお世話にもなってるし、割と暇だからなぁ。
「いいよ」
なんだか私、行動が誠也君に引っ張られているような気がするなぁ。
自分の出る種目以外は自由応援なので誠也君のサッカーを見に行く。
他のクラスでは人気の男子、女子を応援することがあるけど、共通の友人の応援に行くことにした。
「わ、上手っ!」
「誠也くーん!」
見事なフェイントを見せてゴールした誠也君に声援を送ると、こちらに気づいて小さく手を振った。
それと同時に、おいあの女子誰だとクラスメートから問い詰められて、結果俺もいいとこ見せる、とあまりパスが回らなくなった。
結果的にはこの試合に勝ったものの、クラスの団結力にほころびが出てしまい、次の試合には負けてしまった。
「残念だったねー」
誠也君に労いの声をかける。
「いやー、さすがに上級生には敵わないですね」
またまた謙遜を。
「でも前の試合のシュート、素人目にも上手かったと思うよ」
誠也君は手をぶんぶん振って否定する。
「やってみたかったフェイントがうまくいっただけですよ。本当にたまたまで」
はー、本当に運動部はいればいいのに、勿体ない。
美乃里もあれはすごかったよーと褒めていて、誠也君も照れている。
うーん、なんだろうな、このもやもや感。楽しく話せているのになーんか違和感みたいなものが付きまとう。
この気持ちは一体何なんだろう
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