第3話 執行後の中休み
繁華街を抜け、タウシー乗り場へとむかう。まだ早い時間帯のせいか、タクシー乗り場には人の姿はなく、タクシーも一台だけが待機していた。ドライバーも暇そうにシートを倒して仮眠をとっている。
「いいかい?」
運転席のウィンドウを軽く叩きながら俺は言った。すると、いささかびっくりした様子でドライバーが飛び起きた。
「あぁ、どうぞ。どうぞ。今、ドアを開けますから」
寝ぼけた調子のたどたどしい声がし、後部座席のドアが開かれた。俺は後部座席に乗り込み、シートを起こしているドライバーに行き先を告げた。
「特別法務執行庁まで」
一瞬ドライバーは怪訝そうな表情を浮かべて俺を見たが、繁華街という場所にそぐわぬ俺の格好をみてすぐに察したらしく、
「はい、わかりました」
といって、タクシーを走らせ始めた。
繁華街のネオンが七色に変化しながらタクシーの窓に映るのを背景に、俺は後ろポケットから手帳をとりだして開いた。
次の予定はあっただろうか。予定表の今日の日付のところに目をはしらせてみたが、どうやら今日の執行はこれで終わりらしく、先ほどの目標の名前以外はそこに書かれていなかった。
やれやれ、珍しく今日はいくらかのんびりできるらしい。俺は安堵のため息を吐くと、そんな俺の様子を見たドライバーが、
「お疲れですか?」
と話しかけてきた。いつもならダンマリを決め込むところだが、今日はこのまま報告からの即帰宅ということになりそうだし、付き合ってやることにするか。
「まあね。法律が変わってもマヌケの数は減らないもんさ」
「確かにおっしゃるとおりかもしれませんね。変わらなきゃいけないのは法律じゃなくて、人間のほうかもしれませんね」
「まったくだぜ。おかげでこっちは寝る間もおしんでってやつさ。やってらんないねぇ」
「まあまあ、そうおっしゃらずに。お客さんのような方が頑張ってくださってるからこそ、わたしたち一般人も安心して生活ができるというものです。それに、あの新法のおかげで直接的にも、わたしたちの生活に潤いが与えられているわけですから」
「確かにな。だいぶ、税金が下がったんだろう?」
「ええ、そうなんですよ。おかげさまで、こんなしがないタクシードライバーのわたしも、やっとこさ憧れのマイホームというものを手に入れることができました」
そう話すドライバーの表情は喜びの色でらんらんと輝いていた。
「じゃあ、あんたはあの新法には賛成の立場ってことかい?」
「そりゃあ、そうですよ。わたしじゃないにしろ、善良な一市民なら誰だって大手を振って賛成すると思いますよ。だって、犯罪と関係のない人間には良いことづくめの法律ですからね」
「ま、確かにそうだ。これは愚問ってやつだったかもな」
「そうですよ。それに、お客さんはその法の執行者であらせられる。つまり、お客様こそ、あの新法の素晴らしさを一番よく理解しておいでなさるわけでしょう?」
「素晴らしさ、か……」
俺は少しの間をおいて答えた。
「確かに素晴らしいね。特に、俺のような人間にとっては、夢のような法律さ――」
そうでしょう、そうでしょうと呟きながら、何度もドライバーはうなずいた。
それから、ドライバーは会話の二の句が継げないらしく、車内は静寂に満ちた。五分ほどその状態が続き、やがてタクシーはゆっくりと目的地である特別法務執行庁の前で停車した。
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