第4話
「あれでいいのか?」
渦中の人物が部屋を出て行って数分後、今まで沈黙を貫いてきた古谷が言った。
「っ……。あれでいいっていうか…。省吾先輩からしたらそもそも女だから何って感じでしょ?……っていうかあんた集中してたんじゃないの?」
「さっき集中をやめたんだよ」
「屁理屈を…」
肩を大きく回して背伸びをする古谷。こうしてみると仲があまり良くないようにも見えるが、奇しくも二人は協力関係にある。お互いの利害関係が一致しているので、あくまでもプライベートは他人だということだろう。
「じゃあ何で女ってだけで省吾先輩に突っかかったりしたんだよ。お前のいう女の感が働いたからじゃないのかよ」
「……普段は自分の趣味にしか興味がないみたいな感じなのにそーゆーとこは無駄に鋭いのやめてよ。ていうかそこまで踏み込むのはルール違反でしょ」
古谷はじっと高峰を見つめると、あきれたようにため息をついて帰り支度を始め、
「じゃあ俺は帰るから戸締りよろしく」
とだけ言って早々と部室から出て行った。
「俺の気もしらないで」
ぼそぼそとつぶやくように言った古谷の本音は誰にも届くことはなかった。
あのあと2時間ほどで課題を終えて、そのまま二人を置いて学校をあとにした。
実をいうとまったり課題をすること以外にも、もう一人の部員、雨宮真紀先輩に用があったのだが、残念ながら今日も部室に現れることはなかった。先輩が部室に顔を出さなくなってかれこれ一か月。元々生徒長の仕事で忙しいことが多かったが、それでも週に2日ほどではあるが定期的に部室に訪れていた。ここまで長い期間は初めてである。あの先輩のことだから何か理由はあるんだろうけど。
そんなことを考えながら、家から来た道を歩いていると、おしゃれな街灯が目に入った。朝は明るくて気にも留めないが、夜になると幻想的な雰囲気で人の目を引き付ける。さすが高級住宅街である。
しかし、その景色の中には雰囲気に馴染めずにいたなんとも愛らしい小動物がベンチで横たわっているのが見えた。
正直別れ際のあの言い方で待っているのかもしれないと予想はしていたが、今度は爆睡してお出迎えとは。スースーと寝息をたててぷにぷにしてそうな手を胸の前で組んでいる。おおかた俺を待っていたら眠気が襲ってきて耐えられなかったのだろう。やわらかそうな頬をつついてみる。違和感を感じたのか寝返りをうとうとするが、そこはベンチの上。何度か挑戦していたが疲れたのか諦めてしまった。かわいい。このままずっと眺めていたくなったが、もう暗くなってきたためそういうわけにはいかず、あたりを見回してみる。桜木の姿はない。その代わりに明らかにこちらに向かって歩いている男がいた。薄いベージュのロングコートで体を覆っていて、目元はキリっと鋭い眼光を光らせている。40代~50代ほどだろうか。
「あの。すいません」
「…なんですか?」
「この辺りにはあまり詳しくなくてお聞きしたいのですが、桜木さんのお宅をご存じでしょうか」
やけに低姿勢で聞いてくる男。これといっておかしなところはないのだが、どうも胡散臭い雰囲気を感じる。
「いえ、知りませんね。僕もこの辺の住民ではないもので」
「そうでしたか、残念です。ところで……後ろのベンチで寝ている少女を見たことがある気がするんですが、どういった関係なんでしょう」
「妹みたいなものです」
やはりこの男は信用できない。根拠のないものは基本的に嫌いだが、自分の勘だけは今までも信じて生きてきた。この男に関わると何か不吉なことが起きると俺の中の何かが忠告をしてきている。
「そうですか。仲睦まじくていいですね」
頬をつついていたのを見られていたことに気づいて、なんだか恥ずかしくなって顔を逸らした。
「それでは私はこれで」
そう一言だけ残し、男は振り返ることなく足早で夜の闇に消えていった。
この時、俺はまだこの男が俺と桜木の人生を変えてしまうことを知る由もなかった。
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