第3話

 桜木はあのあと逃げるように顔を真っ赤にして帰っていった。俺も顔が赤くなっていた自覚があるので人のことはあまり言えないが。そのまま桜木妹を放っておくわけにもいかず、送ると申しでたのだが、家がすぐそこにあるらしく自分ひとりで帰れると自分を誇っていた。正直桜木と鉢合わせる可能性があったのでありがたい。今顔を合わせてもまともに話せないと断言できる。


「ねぇねぇお兄ちゃん!帰りもここ通るの!?」


ベンチに置いていた日で焼けたアツアツのカバンを肩にかけ、足を進めようとすると、先ほど別れを告げて帰っていったはずの桜木妹らしき叫び声が聞こえた。後ろを振り向くと案の定15mほど先に桜木妹が立っていた。

大声で返事をするわけにもいかず、腕を前に出していいね!のポーズをとる。すると桜木妹もその短い腕で元気よく俺と同じポーズをとる。年甲斐もなく若さを感じながらも、さすがに遅くなったので足早に高校に向かった。


俺が通っている高校はごく普通の、しいていうならちょっと平均よりも賢い高校である。本当は家から一番近くの高校が良かったのだが、いわゆるヤンキー高らしく、喧嘩なんて時間の無駄だと思っている俺の選択肢にはなかった。喧嘩も、昔空手みたいなのをちょっと習ったことがあるくらいなのでそれを生業としている奴には手も足もでないだろう。嫌いではないんだけどな。ボクシングの中継試合とかもたまに見るし。


そんなことを考えている間に、‘‘一尾高新聞部‘‘と年季の入った木製の看板の前まで来た。一尾とはこの地域の地名である。


「うぃーす」


ガラガラと無駄に音の鳴る扉を開けると、我が新聞部部長の古谷と、女子の後輩高峰がそれぞれ自由にくつろいでいた。


「おはよーございまーす」


透き通るようなブラウンの髪におとなしそうなイメージの可愛らしい顔立ち。学級用の椅子に座って儚い藍色の瞳を瞬きもめったにしないで本に熱中する姿は、物が散らかっている狭い部屋にも関わらず非常に絵になっている。

だが勘違いしてはいけない。おとなしそうに見えても、こいつは自分が男からモテることを自覚しているタイプである。


「というか先輩遅くないですかー?」


「あぁ。ちょっと用事を思い出してな」


「えぇー?その用事と私どっちが大事なんですかー?」


後ろで手を組んで前かがみになり、上目遣いでこちらを見てくる高峰。はちきれんばかりの果実が俺の目の自由を奪う。


「用事に決まってるだろ…」


「そっぽ向いて照れちゃってかわーいい。まぁ私は可愛いので照れるのは仕方ないですけどぉ」


純粋無垢な笑顔で喜ぶ高峰だが、この通り自分の身に着けている破壊力抜群の爆弾の存在には気づいていない。そのせいで一部の生徒からびっちだの何だの言われてしまっているが、実際は清廉潔白な女の子なのだ。注意というか、気づかせてやろうと思ったことはあったが、指摘したらそこから3日間は口も聞いてもらえなかった。そのうえ俺の顔をみた途端に顔を真っ赤にして逃げて行ってしまうのだからやりにくいったらありゃしない。このまま社会に出るのかいかがなものかと思うが、まぁ未来の高峰の彼氏が色々教えてくれることを願おう。


「古谷は何してんの?」


「さぁ?ここにきてからずっとあれだから……」


奥にある畳のスペースで黙々とパソコンをいじっているあいつは、古谷空。こいつはいわゆる小説オタクというやつで、一度だけ家に行ったことがあるが、本棚は人10人を並べたくらい大きく、しっかりと分野別で整理されていたのを覚えている。


こうしてみると本好きが集まっているかのように見えるのだが、俺は本をあまり読まないし、高峰が読んでいたのはラノベではなく少女漫画である。


さて、俺も溜まっていた課題を取り進めるとするか。そう思い鞄を開けると、身に覚えのない小さな紙がついたジュースがあった。


「あっ、それセンパイも好きなんですかー?」


「いや......俺もよく分からん」


「えーどういうことですかぁ。最近なんか流行ってるみたいで。なによりこれ!レモンアンドバナナ味なんですよ!?やばくないですか?」


レモンなんちゃら味のジュースを取り上げてロゴを指差す高峰だったが、俺はそんな流行りよりもロゴの下に貼ってあるメモ用紙に意識が向いていた。


『妹を宥めてくれてありがとう。せめてものお礼です』


と習字の手本のような綺麗な字で書かれてあった。差出人の名前は書いていなかったが、間違いなく桜木だろう。俺のみぞおちを殴ったことに負い目を感じたのか分からないが、なんとも律儀なやつだ。


「せんぱぁい!聞いてますかー!んむぅ......。ん?」


桜木の以外な礼儀に感心していると、俺が何かを見つめていることに気づき、メモ用紙をペットボトルから取った。


「妹を宥めてくれてありがとう......せめてものお礼、です...。......これ、女の子ですよね、?」


おっとりした優しそうな顔が瞬く間に怒りに満ちた顔になり、椅子から立ち上がって距離を詰められる。


「いや……そうだけど、何で高峰が怒ってんだよ」


「じゃあ私が他の男にたらされてても放っておくんですか?」


今まで見せたことのないような真剣な顔でじっと俺の目を見つめる。


「……それとこれとはまた別だろ」


「……………まぁ、そうですよねっ。…やっぱり聞かなかったことにしてください」


一瞬悲しそうな顔を見せたかと思えば、不器用な笑顔で誤魔化されてしまった。久しぶりに高峰の作り笑いを見た気がする。あんなに真剣に聞いてきたのだから、俺もはぐらかすようなことはしない方が良かっただろうか。そう思って高峰を見やるが、すでに当の本人は少女漫画に集中モードに入っていた。



今日はゆっくり喋りながら課題を進めようと思っていたのだが、古谷はいつもの五倍集中していて邪魔になりそうだし、高峰は時々目が合うものの、顔を背けられるしで、結局今日は無言で集中して残った課題を終わらせることにした。




★第一章終わるまでは見て!お願いします!

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