十四日目
第103話 ガラスの心臓
日が高く昇る時間、アウダ平原にて。
はるか先には、まるで津波のように押し寄せる
その数、おおよそ十万体。
「まずは数を減らすぞ!」
俺が指を打ち鳴らすとモンスターの大群が一万体ほど無作為に弾け飛んだ。
爆発に巻き込まれたモンスターたちも消滅する。
今のは
その名のとおり千体以上の対象がいないと発動しないし、連発したときの魔力効率がいいとは言えないが、より上位の
あと十倍いてくれれば楽だったんだがな。
「さっすがご主人さま!」
戦技【ブランディッシュ】で突出したモンスターたちを一掃したウィスリーが喝采をあげる。
「また新魔法っ!? もうっ、覚えるの大変なんだから勘弁してよね!」
「ウィスリー! 現状のまま迎撃に専念してボスモンスターには近づくな! シエリもうっかり破壊魔法の範囲に入れないように!」
王都近くの高難易度ダンジョンで大規模モンスターパレードが発生した。
モンスターパレードは、ダンジョンの外にボスモンスターが出てきたときに起きる現象だ。
他のモンスターがボスモンスターの周囲に群がって行進していくところからモンスターパレードと呼ばれている。
その特徴を踏まえた上で、俺はさらに続けて指示を飛ばした。
「ダンジョンから出てきたボスモンスターを倒せばモンスターパレードは終わる。だが、散り散りになった雑魚モンスターたちは周囲に暮らす人々の脅威として残る。だからここで一匹残らず消滅させるぞ!」
「あいあい!」
「がってん!」
ふたりのやる気に満ち溢れた返事を耳にしながら、俺は立て続けてに指を打ち鳴らした。
◇ ◇ ◇
シエリにビンタされてから二日が経った。
自棄酒を飲み終わった後、俺は十三支部に戻ってきたウィスリーたちに謝罪した。
ふたりも短気を起こしたことを謝ってくれたし、無事に仲直りできたと思う。
ウィスリーもまた笑ってくれるようになったし、次の日には王都に迫っていた大規模モンスターパレードを無事に殲滅できた。
一仕事終えた後のメルルの料理はいつもどおり美味しかった。
本当にいいことづくしだ。
ただ、前とはあきらかな変化がある。
「うりうりー! ウィスリーはかわいいわねー!」
「むー……」
ウィスリーとシエリの絡みが増えたのだ。
というより、シエリが一方的にウィスリーに
抱きついたり、頭を撫でたり、頬ずりしたり。
今も天下の往来だというのに人目もはばからずイチャイチャしている。
もうすぐ夕方だから、少しずつ人が減ってきているとはいえ……。
「あー、シエリ。それくらいにしておいたらどうだ?」
一応注意してみるものの、シエリがジト目を向けてくる。
「何よハーレム願望賢者。あたしたちの間に入りたいの?」
「うっ、別にそういうわけでは……」
「それともウィスリーを取られたと思ってるのかしら? 別にそんなことないわよ? どうぞ間に入って。歓迎するから。ね? ウィスリー」
「ふええっ。ダメダメ、あちし今は『はつじょーき』だし」
「ああ、竜人族だもんね。じゃあ、女の子同士で仲良くしましょ♪」
シエリは昨日からずっとこんな調子だ。
「もー、あんまりベタベタすんなよなー」
ウィスリーも本気で嫌がっているわけではないようで、力ずくで振りほどいたりはしない。
今では観念したのか暴れるのをやめて、されるがままになっている。
「いいじゃないのいいじゃないの。減るものじゃないんだし!」
「ホントに何考えてるんだよおまえはー……」
赤面したウィスリーが背後から腕を回してくるシエリに「しょーがないやつだ」と
何がきっかけかはわからないが、ふたりが仲良くなったのは良かったと思う。
イッチーたちの言うとおりだ。自力でなんとかできなくても、なるようになったりするんだな。
とはいえ、少し寂しいのも確かだ。
無視されてはいないが放置されてる気分になる。
なんとか会話の仲間くらいには入れてもらいたい。
あ、そうだ!
「そういえば明日はウィスリーの新武器が完成するはずの日だぞ」
「あっ、そういえばそうだね!」
やや消沈していたウィスリーの表情がパァッと明るくなった。
「新武器ってなんの話?」
首を傾げるシエリにも二週間前の出来事を話した。
ドワーフ鍛治師のピケルにウィスリーの武器を注文したところ、鉄鉱石を一から打つので時間がかかると言われてしまったのだ。
「ずいぶんと時間がかかるのね。あたしも鍛冶には詳しくないけど炉に火を入れるところから始めるなら、そんなものなのかしら? でも、完成するっていうなら取りに行かなくっちゃね」
「そういうことだ。だから明日は三人でピケルの店……『太陽炉心』へ行かないか?」
「あちしの武器だしもちろん行くー!」
「いいわよ。じゃあ、明日のクエストはお休みね。そっか、新武器ねぇ……」
そこでシエリが何かに気が付いたように「あっ」と声をあげた。
「ウィスリー。このあと時間ある? ちょっと行きたいところがあるんだけど」
「なんだよー。あちしにはご主人さまを守る『しめー』が――」
何か言いかけたウィスリーに何やら耳打ちするシエリ。
顔を離してから悪戯っぽく笑う。
「来る?」
「行く!」
ウィスリーが目をキラキラさせながら満面の笑みを浮かべた。
「なんだなんだ、気になるぞ。そんな面白そうな場所なら俺も――」
「ご主人さまはついて来ちゃダメ!」
ウィスリーにそう告げられた瞬間。
俺のガラスの心臓がガシャーン! と砕け散る音が頭の中で響き渡った。
「そうそう、アーカンソーはついて来ないでね。ここから先は女の子同士の時間なんだから!」
「……そ、そうか。なら、ふたりで行ってくるといいんじゃないか?」
「さ、ウィスリー! 早く行かないと間に合わなくなるわよ!」
「それじゃご主人さま、いってきまーす!」
元気に手を振って走り去るふたりを見送った後。
俺はがっくりと膝を突いた。
「どういうことなんだ……何故、俺だけがノケモノに……」
もしかして俺……。
やっぱりふたりに嫌われてしまったのではっ!?
「に~へっへっへ!」
「きゃ〜はっはっはっ!」
脳内ウィスリーと脳内シエリが俺のことをあざ笑う。
「ハーレム好きのご主人さまなんて『ついほー』だよ!」
「無様ねアーカンソー! ウィスリーはいただいていくわよ!」
ふたりがそのまま去っていく姿を幻視してしまう。
「や、やめろ。やめてくれぇーっ!」
叫び声をあげながら大通りのど真ん中でのたうちまわってしまった。
すると――
「あ、あの。大丈夫っスか?」
誰かが心配そうに声をかけてきた。
顔を上げると見覚えのある少女が視界に入る。
「き、君は……」
スレンダーな体型。ほどほどの露出。緑色のツインテールと頭頂部から生える猫耳。
一度見たら忘れない特徴の組み合わせが記憶をよみがえらせる。
「あ、間違った。大丈夫かニャン?」
かつて十三支部に『賢者アーカンソー』を訪ねてきた猫耳少女は、おどけるように言い直した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます