第104話 我欲

「とにかくこっちについてくるニャ」


 緑髪の猫耳少女にローブの裾を引っ張っぱられて喫茶店に入店した。

 されるがままにテーブル席へ着く。


「ドリンクふたつテキトーにお願いしますニャー!」


 手を上げて店員に注文すると、猫耳少女はそのまま向かいに着席した。

 だんだん冷静になってきた俺はニマニマと笑う猫耳少女に疑いの視線を向ける。


「……君は前に十三支部に来たことがあるな。また『賢者アーカンソー』について聞きに来たのか?」

「覚えてもらって光栄ニャン。だけど『アーカンソーが誰なのか』についてはもういいニャ」

「『本当』か?」


 嘘を吐けないよう言葉の中にキーワードを混ぜて真実語りトゥルースを発動する。

 少なくとも抵抗レジストはされていない。

 かかった本人も気づいてないはずだ。


「本当ニャ。嘘じゃないニャ」

「それなら、どうして俺をここに?」

「だって、あそこで暴れるの放っておいたらお兄さんが番兵にしょっぴかれちゃうニャ」

「うっ……」


 そういえば前にも似たようなことがあったような。


「大通りのど真ん中で錯乱するなんて、よっぽどのことがあったんニャろ? なんか愚痴とか人生相談があるなら聞くニャ」

「しかし君は俺と無関係じゃないか」


 猫耳少女はチチチッと、ひと差し指を左右に揺らした。


「お兄さん、それは逆ニャ。まったく無関係だからこそ何でも聞けるのニャ」

「しかし、君にメリットがない」

「ここをおごってくれればそれでいいニャ」

「そんなことでいいのか?」

「ミーはいっぱい食べるニャよ?」


 猫耳少女が口元を拭うような仕草を見せてからチロッと舌を出す。


「しかし……」

「何も遠慮しなくていいし、別に気に病まなくていいニャ。ミーは単にお兄さんのことをどうにも放っておけなかった。話を聞く理由はそれだけニャ」


 ふざけたような口調だが、ところどころに気遣いが見え隠れしている。

 しかも真実語りトゥルースがかかっているから、こちらの質問には本当のことしか話せていない。


 つまり、彼女は本気で俺を心配してくれていたのだ。


 前に出会ったときからので警戒していたんだが……。

 

「……君は優しい人だな」

「そんなことはないニャ~。ただの好奇心もあるニャンよ」


 この猫耳少女のことは不思議と信じられる気がした。

 もしかしたら、俺の現状に対する答えを持っているかもしれない。

 真実語りトゥルースを解除してから改めて少女に向き直った。


「わかった。ここは奢らせてもらおう。好きなものを好きなだけ頼んでくれ」



 ◇ ◇ ◇



 猫耳少女に顛末てんまつを話した。

 かしまし三人娘のクエストを手伝ってから、さっきに至るまでを可能な限り詳細に。


 ただ、ヤッターレ部屋については俺の秘密を話さなくてはならないのでダンジョンの罠にかかったことにした。


 聞いている間、猫耳少女はフンフンと頷いていたが……話が最後の方に差し掛かると思いっきり呆れた目を向けてきた。


「話は以上だ」

「フー。よく食べたニャ。ごちそうさまニャン」


 真実語りトゥルースで嘘ではないとわかってはいたが、本当に驚くほどの食いっぷりだった。

 妊婦かとみまごうほどに膨らんだお腹をぽんぽんと叩きながら、猫耳少女がこちらをジロッと見つめてくる。


「で、お兄さんはたぶん『わかるー』とか『それな!』みたいな共感が欲しいわけじゃなさそうだから、ここはちゃんとしたアドバイスを送るニャ」

「それでいい。率直な批評をくれ」

「じゃ、まず素直な感想として……お兄さんって意外とおバカニャンね?」

「うっ……!?」


 人が本当に気にしていることを!


「まずハーレムの話とかそれ以前に、お兄さんは人としてすっごく大事な前提をすっ飛ばしてるニャ」

「人としてすごく大事な前提!?」


『人の心』に続く人間条件があるというのかッ!?


「やっぱり無自覚ニャンね。もしかしたら本能的に避けてるのかもしれないニャ。言っていいのか迷うニャンけど……」

「そこまで引っ張っておいて言わないのはなしにしてくれ。思考ループにはまってしまう!」


 こちらが抗議すると猫耳少女がため息を吐いた。

 

「じゃあ言うニャ。お兄さんには『我欲がよく』がなさすぎるニャ」

「そんなことは――」


 反論しようと思って立ち上がろうとすると、猫耳少女が手を掲げて制止してくる。

 すべてわかってると言わんばかりのドヤ顔だった。


「確かにお兄さんがふたりのことを大事にしたいのはよーくわかったニャ。絶対に傷つけたくないのも。だけど、話を聞いてもお兄さん本位の欲望というか、心はさっぱり見えてこなかったのニャン」

「俺の心が、見えない……?」


 猫耳少女がうなずいた。

 テーブルに頬を突きながら、挑発的な笑みを浮かべる。


「お兄さんは、ふたりのことを友人として好き? 仲間として好き? 異性として好き? 家族として好き? 話を聞いてもなーんも見えてこないニャ。それはそう。だって、お兄さんの中には『ふたりのために自分がどうすればいいのか』っていう『思いやり』しかないニャ」


 俺は「それの何が問題なのか」という言葉をかろうじて飲み込んだ。

 猫耳少女に「だから今みたいなことになっている」と返されたら反論できないからだ。


「お兄さんは『我欲』がないというより、考えないようにしてそうニャ。もしかして自分の気持ちを知るのが怖いのかニャ?」

「いや、わからない……」


 猫耳少女がわざとらしくため息を吐いて肩をすくめる。


「だいぶ重症ニャンね。そんなんじゃ相手の気持ちがわかるはずないニャ」

「相手の気持ち……人の心……」

「ハーレムをどうするかなんて、相手の気持ちがわからないうちから出すような話題じゃないってことニャ」

「むう……」


 猫耳少女が真剣な目で俺の瞳を覗き込んできた。

 

「『我欲』を先にはっきりさせて初めて相手の気持ちを想像できるようになるのニャ。だけど、お兄さんはそこんとこを全部すっ飛ばして相手のことだけ考えてるのニャ。だから発言の前に自分の行動が正解かどうかすら判断できないんだニャ」


 つまり、同じ過ちを繰り返さないために自分の欲望に向き合うところからやり直せということか。


 しかし『我欲』を他人に押し付ける行為は

 だから俺はできるだけ『我欲』をいだかないように心がけて、極力他人を優先して動くようにしていた。


 それでも猫耳少女はあえて向き合えと言う。

 逃げたり見ないフリをせず、自らの心を知れと。


 まだ、納得できない部分も多いが――


「少しばかり理解したつもりでいたが、まだまだ人の心を学ばねばならんということだな……」


 試さないうちから無価値と断定するのは愚者のすること。

 仮にも賢者を名乗る俺の取る行動ではない。


 目の前の少女はおそらく。

 いや、ほぼ確実に……俺が必要とする情報に関して深い見識を持つ。


 ならば、この出会いはチャンスだ。

 取るべき選択肢はひとつしかない。


「微妙に納得してなさそうニャね。まぁ、あくまでミーの個人的な考えだから話半分で聞いてくれていいニャン」


 そのように話を締めくくった少女に対して、俺は決意ともに告げた。


「君を師匠と呼ばせてくれないか?」

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