第89話 夜のご奉仕その3

 今日の夜のご奉仕マッサージはウィスリーが当番だ。

 発情期の対策のためにも欠かすわけにはいかない。

 メルルの指導も卒業だ。今夜からはふたりっきりである。


「ウィスリー。素朴な疑問なんだが」

「ハァ……ハァ……なーに?」


 発情しているウィスリーの息遣いが荒い。

 理性を失っているわけではないので、俺から手を出さなければ問題ない。


「前に俺が正体を隠したがっていたとき秘密にしてくれていただろう? あれはだったのか?」


 ウィスリーは秘密を話したくなってしまう。

 だからシエリの秘密を聞きたくないのだ、と癇癪かんしゃくを起していた。


 しかしウィスリーは、俺がアーカンソーであるという情報を暴露するどころか、正体を隠して第七支部を利用するアイデアまで出してくれている。

 今更ながら何故なんだろう、と思い立って聞いてみたのだ。


「……そーいえばそーだね。なんでだろ? 誰かに話したいって思わなかったし、考えたこともなかったかなー」


 どうやら自分でもわからないようだ。

 俺の秘密は大丈夫で、シエリの秘密は駄目……いったいどんな違いがあるのだろう?


「例えばの話なんだが、俺に『秘密を守れ』と命じられたら、秘密を話したくなくなるか?」

「どーだろ。ちょっとわかんないけど、たぶん……?」

「そうか」


 結果だけなら推測できる。

 おそらく秘密厳守を命じられたウィスリーは、口が裂けても秘密を言わない。


 ただし、心情的に言いたくなくなるかと言われると微妙だろう。

 俺の命令に従いたくなるのは奉仕竜族サービス・ドラゴンとしての本能であり、彼女の感情とはまた別だからだ。


 現に俺の命令を不満そうに聞き入れたりすることもあるし、服を脱ぐように言ったときも全裸になったあとに全力で恥ずかしがっていた。


 つまり、命令するだけでは根本的な解決にはならない。


 ウィスリーのトラウマの根本がわかれば解決法も見えそうだが、そのためには彼女の過去をしなくてはならない。


 さて、どうしたものか。


「ご主人さま、いっぱいあちしのこと考えてくれてる」


 ウィスリーが俺の背中に密着してきた。

 さすがに服をはだけるのは許可していないが頬ずりまでは許している。

 それだけでもウィスリーは満足できるようで声もなんだか嬉しそうだ。


「ほどほどにしておけよ?」

「わかってる。あちしがちゃんと大人になるまでは『お預け』なんだよね!」


 お預けという表現が正しいかは疑問だ。

 なにしろ俺がウィスリーとそういうことになる保証はない。

 しかし、さすがの俺もここで馬鹿正直に否定するのは不正解だと学習している。


「……そうだな。どちらにせよ身も心も大人になることが先決だ」

「あ、ご主人さまが言葉をちゃんと選ぼうとしてくれてる!」

「あんまりからかわないでくれ」


 ウィスリーがくすくすと笑った。


「さすがに『巣作り』が早いっていうのはわかるよ。それに、あちし自分の子供をちゃんと育てられる自信ないし……」


 確か本来なら主人との間にできた子供は、お屋敷のお世話係に預けるんだったな。


 しかしウィスリーは一族から追放されているから、子供を産んだら自力で育てなければならない。


 ここで「きっと立派な母親になれる」などと無責任な言葉をかけていいものか悩んでいると、ウィスリー側から特大の爆弾が投下された。


「そーいえば、ねーちゃは大人だから大丈夫のはずだよね? 『巣作り』しないの?」

「ブフッ!」


 思わずと吹き出してしまった。


「い、今のところそんな予定はない!」

「そっかぁ。ねーちゃ、ちょっとかわいそう」


 かわいそう?


奉仕竜族サービス・ドラゴンの感覚では、そういう認識になるのか?」

「そーだね。あちし的にはご主人さまがねーちゃと『巣作り』しないのはふしぎかな。ご主人さまが必死に我慢してるのもなんでかわかんない」

「こう、なんだ。嫉妬心とかはないのか? 仮に俺とメルルがそうなった場合の話だが……」

「なんであちしがねーちゃに嫉妬するの?」


 ウィスリーがあまりにも当然のように聞いてくるものだから、質問したこちらが呆気に取られてしまった。


 姉には嫉妬をしない……姉妹だからか?

 そういえば奉仕竜族サービス・ドラゴンの先祖は主人にハーレムを作らせていたそうだから、主人をシェアするのは彼女たちの感覚だと当たり前なのかもな。


「じゃあ、俺の相手が……例えばシエリだったらどうだ?」

「それはダメ!」


 ウィスリーが俺の背中からガバッと体を離した。


「あちしはあいつのこと、まだ認めてない! ご主人さまを狙う『あばずれ』だよ!」

「前々から気になっていたが、その阿婆擦あばずれという表現はあまりにも下品だし、相手にも極めて失礼だからやめなさい」

「わかった、やめる! じゃあ、今度からなんて言おう……?」


 同族は良くて人間だと駄目ということか?

 あるいは縄張り意識のようなものだろうか?


 待てよ。

 もしかして――


「シエリの秘密を聞きたくないのは、まだ彼女のことを認められていないからか?」


 ウィスリーが黙り込んでしまった。

 しばらくして、ぽつりと漏らす。


「……わかんない。ごめんなさい」

「わからないならしょうがないし、謝らなくていい。むしろ正直に言ってくれて嬉しいぞ、ウィスリー」

「あい!」


 ウィスリーにはできるだけ正直でいてもらいたい。

 隠し事をされたら、俺には看破かんぱできないからだ。 

 正直に話したことを褒めてあげれば、本当のことをすぐに言ってくれるようになるはずだ。


「あちし、幸せ者だなー」


 それはたぶん、ひとり言。


 俺の背中に寝そべるようにしたまま、ウィスリーが呟いたものだ。


「あちしのこと、いっぱい大切にしてくれるご主人さまと会えて、ホントによかった」


 ウィスリー……。


「あちしね、ご主人さまのこと大好きだよ」


 チュッという音とともに、背中に湿った何かが触れた気がした。



◆◆◆



 作者より



 ここまで読んでくださってくださってありがとうございます!


 こちらの章に関しては


「かわいいウィスリーが書きたい」


 と、ひたすら思いながら書いてました!


 ちょっとでもそう思っていただけたら嬉しいです。


 いつも応援してくださる方もありがとうございます。

 フォローや★評価も、とても嬉しくてやる気が出ます。


 今後もどうかお付き合いいただけると幸いです!

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